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思考と技術の記録。besoft Blog

開発・設計・運用・プロダクトづくりのなかで得た知見を、読みやすくまとめて共有します。

記事一覧

投稿日が新しい順に表示しています。

夏の朝に三つの青い花と一輪の白い花を咲かせる朝顔

朝顔の花言葉を、開いた花の数だけでは決められなかった

朝顔の花言葉を思い出そうとして、開いた花を一つずつ数えた。朝の湿った空気の中で、青い花が三つ、少し離れたところに白い花が一つある。昨日まで見えていた蕾も残っていて、数え終わる前に目がそちらへ移った。

朝顔の花言葉には、愛情や結びつきのような意味があるらしい。けれど、三つの青い花を見て「これだ」と決めかけたところへ、白い花が入ってくる。白だけ別の意味にするのも変だし、全部まとめてしまうと、色を分けて見た自分の手間が余る。

花の数をもう一度確認しようとして、いちばん端の葉を持ち上げるように目を動かした。そこには開ききらない花が一つ隠れていた。咲いている花だけを数えたつもりなのに、明日開くものまで数に入れたくなり、僕の基準は朝からかなり頼りない。

結局、花言葉は決めず、四つの花が見える向きだけ覚えておくことにした。青い三つの間に白い一つがある。その並びを見ながら、蕾の先が少しだけほどけているのを確認して、数えるのをやめた。

夜の台所に置かれた麦茶ポットと外の雨

麦茶ポットの蓋を、縁の水滴を見てから閉めた

冷蔵庫から麦茶ポットを出して、蓋を閉め直そうとした。いつもなら上から押して終わるところなのに、今夜は縁の内側に細い水滴が残っているのが見えた。注いだあとに垂れたのか、出すときに少し揺れたのかは分からない。僕は蓋を持ったまま、閉める動作だけを保留した。

21時45分の台所は、外の軽い雨のせいか窓が暗く、麦茶ポットの側面に照明がぼんやり映っていた。水滴は汚れにも見えたが、わざわざ拭うほどではない。蓋を乗せれば縁が一周するはずで、その一周を確認しないまま押すのが嫌だった。ポットを少し回して正面を変え、同じ場所を二度見た。見る角度だけが増えていった。

布巾を取るために一歩横へずれると、蓋ではなくポットの底に貼られた小さな丸いシールの端が浮いているのに気づいた。僕はそちらを先に指で押さえた。必要なことより、目に入りやすいものを処理している。シールを平らにして戻ると、水滴は縁に残ったままだった。蓋を乗せ、最後まで押し切らず、少しだけ浮かせた状態で麦茶ポットを冷蔵庫へ戻した。

夕暮れの街角にある排気口と風の流れる舗道

排気口の風を、舗道の明るさで読んだ

排気口の前を通るとき、いつもなら頬に当たる風だけを頼りにしている。けれど今日は、顔を向ける前に足元を見た。街角の金属の格子から出た風が、舗道の細かなほこりをほんの少しだけ動かしている。線になった跡ではなく、灰色の面の一部だけが薄く明るく見えた。

暑さの残る八月の夕暮れで、空気は湿っている。風があるのかないのか、頬で確かめると自分の髪や服の具合まで混ざってしまう。舗道なら、動いたものの位置が残る。僕は排気口から少し離れたところに立ち、靴先を動かさず、その明るい部分が格子と同じ向きに伸びているかを見た。

一度、通り過ぎかけてから戻った。戻るほどのことではないのに、格子の端にたまった黒い汚れが、風の通り道だけ切れているように見えたからだ。実際には舗道の傷かもしれない。しゃがむ気にはならず、目の高さを変えないまま、少し首を傾けた。

近くを車が通ったので、明るい跡も一瞬わからなくなった。僕はそのまま進み、次の歩幅だけを小さくした。頬にはまだ風が来ていたが、顔を上げると判断が早すぎる気がして、排気口の格子を見たときの舗道の色を思い出そうとしていた。

庭の片隅にあるアンティーク調の立水栓とガーデンシンク

立水栓リメイクの記事を読んで、蛇口の足元を見た

立水栓をアンティーク調のガーデンシンクに変えた記事を読んで、僕は画面の完成写真より、蛇口の足元を長く見ていた。水を出すためだけなら見落とす場所なのに、台の縁や周囲とのつながりまで整うと、立水栓という名前の少し無愛想な感じが薄れている。夫妻で手を入れたという話も、作業そのものより、毎日目にする物をそのままにしなかったことに引っかかった。

午前の明るい光の中で自分の立水栓へ行くと、蛇口は相変わらず実用品の顔をしていた。僕は水を出す前に、足元の境目を靴先で避けるように見た。土が寄っている位置が左右で違い、片側だけ少し乾いている。そこを拭けばきれいになるのに、手をつけず、いちばん傾いて見える部分だけを何度も確かめた。

外は晴れていて、気温は二十九度近くある。立っているだけで首のあたりが暑いのに、記事の中の作業を真似するなら、まず蛇口を替えるのか、台を整えるのか、順番ばかり考えてしまう。リメイクという言葉から、塗装や飾りより先に、使うたびに目へ入る高さを想像していた。

結局、水を少しだけ流し、足元へはかからないようにした。流れた水が土の細い線を変えたので、僕はそれを見てから蛇口を閉めた。見栄えを変える話を読んだはずなのに、今日覚えているのは、変える前の立水栓の下にあった乾き方だった。

晴れた夏の朝の川辺にある白い石と流れる水

川の流れを、白い石の向きから見直した

川辺でしゃがんだとき、白い石の向きが先に目に入った。流れのそばにあるのだから、細い面を水に向けていると思っていたのに、実際は平たい面が少し斜めに上流を向いている。表面の乾いた白さと、下側の濡れて灰色になった部分の境目まで見ようとして、僕は水より石を長く見ていた。

朝の光は明るく、晴れているのに空気は湿っていた。水面には細かな反射が続いていて、石の向きを決めたものが流れなのか、たまたまそこへ転がった結果なのかは分からない。分からないままなのに、僕は石の横を通る水の筋を目で追い、同じ形の筋が次にも出てくるかを確かめた。

少し上流へ進むと、白い石の近くに細い枝が引っかかっていた。枝の先だけが水面から出ていて、そちらを見ているうちに、足元の石を見失った。戻って探すほどではないと思いながら、川幅を測るように対岸まで目を動かし、結局また石のあった場所へ視線を戻した。

僕は水の流れを見るつもりで来たのに、向きという一つのことに足を取られたらしい。白い石を動かす気はなく、写真を撮るほどでもないので、そのまま立ち上がった。靴の先に付いた細かな砂を払ってから、今度は石ではなく、石の脇を外れていく水だけを見ていた。

朝の窓辺に置かれた一輪のヒマワリ

ヒマワリの花言葉を、窓辺の一輪で決めきれなかった

花瓶の中で少しだけ首を傾けたヒマワリを見て、僕は花言葉を検索する前に、花の向きを直そうとした。窓のほうへ顔を向けているのに、茎の下はまっすぐで、動かしてよいのか判断がつかない。朝の光はもう明るいが、空気は湿っていて、花びらの端までくっきり見えた。

ヒマワリの花言葉には「あなたを見つめる」や「憧れ」があるらしい。どちらもこの一輪には合いそうで、片方に決めると、もう片方を雑に扱う気がした。花言葉は札のように一つだけ貼るものだと思っていたけれど、実際には見る角度で違う言葉が出てくる。

僕は花瓶を数センチだけ窓の中央からずらした。日差しを避けたかったわけではなく、ガラスに映った花のほうが少し大きく見えたからだ。そちらを見ていると、ヒマワリそのものより、反射の中で花びらが一枚だけ欠けているように見えることが気になった。

欠けているのではなく、後ろへ回っていただけだった。花瓶を戻すと、最初の向きに近くなったが、花言葉はまだ決まらない。僕は検索画面を閉じ、茎の水に触れないように、窓を少しだけ開けた。

夏の午後の歩道の端に置かれた白いケース

白いケースの落とし物を、拾う前に向きだけ見た

歩道の端で足を止めた。白いケースがひとつ、舗装の継ぎ目に半分だけかかっている。暑い午後で、地面からの照り返しが強く、白いものは余計に目に入った。落とし物だと思ったが、すぐには拾わず、まずケースの向きを見た。角のひとつが歩道の内側を向き、平らな面が車道側へ倒れている。

中身が見えるように開いているわけではない。傷も汚れもほとんどなく、誰かが置いたのか、落ちた勢いでそうなったのかも分からなかった。僕はしゃがみかけて、ケースの白さより、継ぎ目に沿った細い影を見ていた。影がケースの下へ入っているのを確かめてから、もう一度立った。必要のない確認なのに、向きを見ないと手を出してはいけない気がした。

その横を自転車が通り、風でケースの近くの小さな紙片だけが動いた。僕は紙片を拾わず、ケースから少し離れた位置に立ち直した。表面に文字があるか探したが、光が反射して何も読めない。結局、内側を向いた角を避けるようにして持ち上げ、近くの届け先へ向かうことにした。歩き出してからも、手の中ではなく、さっき見た影の細さが残っていた。

晴れた夏の昼にたたずむ南青山の新しいコンセプトストア

南青山の新ストアを知って、買う前の目線が止まった

ニュースの見出しを閉じようとしたところで、南青山の新ストアという言葉だけが画面に残った。晴れた東京の昼、気温は30度を超えていて、外へ出る用事もないのに、店の前まで歩く場合の靴底の熱さを先に考えていた。行ったことのない場所なのに、買い物の話になると、僕は店そのものより先に、そこへ向かう面倒を想像する。

DAFT about DRAFTが、建築家・デザイナーの山下泰樹さんによるライフスタイルブランドだと知り、さらにDRAFTを率いている人だと読んだ。肩書きが二つ並ぶと、商品を選ぶ前に、その店の空間まで含めて受け取るものなのだろうか、と少し構えてしまう。商品名も価格もまだ見ていないのに、僕の中ではすでに買うかどうかの会議が始まっていた。

新たなコンセプトストアだという説明を読み返して、コンセプトという言葉の手前で指が止まった。僕はこの言葉を見ると、買う理由を先に用意しなければならない気がする。気に入ったからで済ませたいのに、暮らしにどう置くか、長く使えるか、などと急に審査員のようになる。しかも実物を見ていないので、審査しているのは商品のない空白だった。

記事をもう一度開き、店名の綴りを確認してから、画面を閉じた。南青山の新ストアへ行きたいというより、買う前にこれほど目線が止まる店ができることを、いったん覚えておきたかったのだと思う。昼の明るさの中では、まだ財布を出す段階ではない。次に情報を見たとき、最初に見るのが価格か入口かは、僕にも分からないままだ。

夏の朝、壁に絡まるノウゼンカズラと地面に落ちた花

ノウゼンカズラの花言葉を、落ちた花の向きから読んだ

ノウゼンカズラの花を見上げていたら、下に一輪だけ落ちているのが見えた。咲いている花はみな上向きというわけでもなく、蔓の重なりに押されて横を向いたものもある。僕は花そのものより、落ちた花の口がどちらを向いているかを先に見ていた。

朝の光はまだ強すぎず、オレンジ色の花びらの縁に薄い影がついていた。地面の花は少しつぶれていたが、筒の奥まで見える形は残っている。拾うほどではないと思いながら、靴先で踏まない位置へ半歩ずれた。こういうときの判断だけは、いつも妙に慎重になる。

ノウゼンカズラの花言葉には「名誉」や「栄光」があるらしい。勢いよく伸びる蔓と、遠くからでも分かる花の色を見れば、そういう言葉が付くのも分からなくはない。ただ、今目の前にあるのは、絡まりの中で向きを失い、先に地面へ落ちた一輪だった。

花言葉を覚えるとき、僕は花のいちばん整った姿に言葉を合わせようとする。でも今日は、整っていないほうが先に残った。上の花をもう一度見ようとして首を動かしたら、葉の間に細い蔓が一本だけ外へ出ていて、その先のつぼみが壁に届かず止まっていた。

そのつぼみを咲く前から数えるのはやめて、落ちた花のそばを通り過ぎた。朝の道は乾いていて、昨夜の雨もなかったことのようだった。ノウゼンカズラの花言葉を考えていたはずなのに、帰るまで、つぼみの先端の向きばかり気にしていた。

夜の台所で音を止めた冷蔵庫とコップ

冷蔵庫の音が止まった夜、コップを置く場所を迷った

冷蔵庫の音が止まった夜、僕は台所へ戻る途中で足を止めた。いつもなら低い運転音が床や壁のどこかに混じっているのに、その部分だけ抜け落ちている。故障だと思うほどのことではないのに、冷蔵庫の音がないと、部屋の広さまで少し変わったように感じた。

扉を開ける理由はなかったが、僕は一度だけ取っ手に指をかけた。中の明かりがつき、棚に置いた調味料の瓶が並んでいるのを確認して、すぐ閉める。冷えているかどうかまで手で確かめる気にはならず、閉まる音が思ったより大きかったことだけ覚えている。

そのあと水を飲もうとして、コップを冷蔵庫の左側に置いた。いつも置く場所は右側なのに、なぜか床の継ぎ目を避けたくなったからだ。置いてから、継ぎ目を避けるなら反対のほうがよかったかもしれないと考え、コップを持ち上げかけてやめた。

部屋にはエアコンの風と、外から入る小さな音だけが残っていた。僕は冷蔵庫の表示を見ようと近づいたものの、数字を読む前に、扉の下にたまった細いほこりへ目が移った。音が戻るまで、そこを拭くかどうかで少し迷っていた。

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