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思考と技術の記録。besoft Blog

開発・設計・運用・プロダクトづくりのなかで得た知見を、読みやすくまとめて共有します。

記事一覧

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曇り空の昼、雨粒を残したヨシが揺れる湿地の木道

ヨシの葉の折れ目を、昼の湿地でたどる

湿地の木道に沿って伸びたヨシの葉を、僕は折れ目の手前から順に目でたどっている。雨上がりの昼は空が白く、葉の表面には細かな水滴が残っていた。風は強くないのに、葉先だけが同じ方向へ少しずつ揺れる。揺れるたび、折れ目の位置が一枚ごとに違って見えた。

いちばん近い葉には、途中で細くねじれた線がある。傷というほど深くはなく、指で伸ばせば消えそうな跡でもない。僕はそこから先を急いで読もうとして、葉の先端まで見たあと、また根元のほうへ視線を戻した。こういう確認を二度するので、自然を見るのに僕はあまり向いていない。

木道の隙間には黒い水が見え、ヨシの影が途切れ途切れに落ちている。水面には波紋がなく、葉から落ちた雫だけが小さな円を作って、すぐに形を失った。その円を数えようとして一つ目でやめ、隣の葉の裏に残った水滴へ目を移す。裏側は表より白く、細い筋が何本も走っていた。

九月末の湿地は、夏の濃さを少し残しながら、葉の端に茶色を置き始めている。ヨシは古くから水辺の材料にも使われてきた、と聞いたことがあるけれど、今日はその話より、折れた部分の手触りを想像するほうへ考えが寄った。実際に触らず、靴の向きだけを葉に合わせる。

次の一枚は折れ目が低く、雨粒が線の中に細く溜まっていた。僕は木道の中央から少し身を傾け、葉の裏側が影に入るところまで見て、それから視線を折れ目の先へ移している。

雨に濡れたダリアの赤い花びらと葉

ダリアの赤い縁を、雨の朝に目で追う

ダリアの赤い花びらの縁を、指では触れずに目で追っている。雨を含んだ花は重そうなのに、茎の先では形を崩していない。外側の花びらだけ少し開き、内側には細い赤が何重にも折り込まれている。僕は同じ場所を二度見して、最初に見えたものが本当に花びらの重なりだったかを確かめた。赤い線の本数を覚えようとしたが、目をそらすとすぐ曖昧になった。

水滴は花の中央には少なく、縁のくぼみに集まっていた。傾けて見れば落ちるのだろうが、試すために揺らすのは違う気がして、顔の向きだけを変えた。左から見ると赤は暗く、正面に戻ると濡れた部分だけが少し明るい。僕の見る角度で花の印象が変わるたび、赤の数を数えようとして、途中でやめた。数え終える前の曖昧さが、今は都合よく残っている。

ダリアに添えられる言葉の一つは「華麗」だという。今朝その字を思い出したのは、花が大きいからではなく、細い花びらが外側から内側へ順番を持って並んでいたからかもしれない。けれど、雨粒の位置まで言葉に含めると、急に説明が多くなる。濡れた縁だけを見ている時間には、その二文字も少し広すぎる。

近くの葉には泥が一粒つき、葉脈に沿って水が細く残っている。花だけを見ていた僕は、そこを見つけてからまた赤へ戻った。戻る途中で、いちばん外側の花びらが一枚だけ下を向いているのを見つけた。名前をつけるほどではないその向きを、もう一度だけ確かめるために、少し横へ移動している。靴の先を置く場所を選びながら、花の縁が見える角度を探している。

夕暮れの雨に濡れた渓谷の細い流れと石

渓谷の石に残った水の向きを読む

渓谷の細い流れに沿う石の上を、僕は靴底の幅だけ選びながら進んでいる。夕暮れの雨は細かく、濡れた石の平らな面だけを薄く光らせていた。水は音を立てているのに、流れの幅は目で追えるくらい狭い。足を置く前に、石の上の水がどちらへ寄っているかを一つずつ見ている。靴底より、そちらの向きのほうが信用できる気がした。石の縁に残った細い水筋まで見ようとして、首だけを少し傾けた。

左の石には短い苔があり、右の石には茶色い葉が一枚張りついている。葉の端だけが水に押され、細かく震えていた。僕はその震えを見ながら、次の足場を三度選び直した。三度目に選んだ場所は、最初に見た場所と同じだった。こういう無駄な確認をすると、歩く速さより自分の慎重さの形がよく見える。葉の裏まで確かめたが、裏にも小さな泥がついているだけだった。

流れの中央に丸い石があり、その上だけ水が二つに分かれている。分かれた水は石の下でまた重なり、白い線を短く作っていた。昔、山道で濡れた靴下を気にしすぎて、乾いた地面まで疑ったことがある。今も似たようなことをしているが、今回は靴先を少し横へ向けるだけで済む。水の線が消える前に、石の高い側を目でなぞった。

雨粒が水面に落ちるたび、細い輪が石の影まで届く。僕は流れをまたいだあと、振り返らずに次の石を探した。苔のない面、葉のない面、それから水が薄く残る面の順に目を移し、右足を浮かせたところで、靴底の端をどこへ置くか決めかけている。

雨上がりの朝、葉陰に咲くフウセンカズラの小さな白い花

フウセンカズラの白い花を葉の裏から拾う

フウセンカズラの葉を一枚ずつ持ち上げながら、隠れている白い花を探している。雨上がりの朝で、葉の表面はまだ湿っている。花は思っていたより小さく、正面から見ると白い点にしか見えない。僕は花の数ではなく、どの葉の裏に最初に目が入ったかを覚えようとして、同じところを二度見た。葉を戻すと水滴の位置まで変わるので、見た順番の記憶が少し頼りない。

細い茎を傷めないように、葉の端を指先で少しだけ横へ押す。白い花びらの中央に淡い緑があり、その脇に小さなつぼみが寄っている。露を払おうとして指を近づけたが、触らずに引っ込めた。濡れたものを見ると、乾かしてやりたくなる癖がある。植物相手では、余計な世話になることも多い。指を引いたあとも、花びらに水が残っているかを目だけで確かめた。

今日の花としてこの花に添えられていた言葉は、「一緒に飛びたい」だった。丸い実の印象から来た言葉らしいが、今見えているのは飛びそうな実ではなく、葉陰で動かない小さな白さである。その差が面白くて、僕は言葉をすぐに実へ結びつけず、花の向きをもう一度確かめた。横から見ると花びらは一枚の白に見えず、細い茎の影がその中央を少し分けていた。

隣の葉を持ち上げると、そこにも一輪あった。見つけた順番を忘れないよう、僕は指を離さずに茎の分かれ目まで目を移し、それから最初の葉へ戻ろうとしている。戻る途中で別の白い点が視界に入り、そちらへ行く前に、いま押さえている葉の端をもう少しだけ横へずらしている。

雨の昼、池の水面で波紋が重なり、葉と濡れた石が浮かぶ風景

池の水面で、二つの波紋が重なる場所

池の縁に落ちた雨粒が、丸い波紋を一つずつ広げている。僕は水面の端に浮いた葉を目印にして、その葉へ届く輪の順番を目で追っていた。小雨は細いのに、池全体では同じような円が途切れず生まれる。葉の右側から来た波と、少し遅れて正面から来た波が重なると、輪郭が一度だけ崩れて、葉の周りの水だけが細かく揺れた。葉は動いたようにも見えるが、次の波が来ると元の位置に戻ったように見える。

僕は何度も同じ場所を見直した。波紋の中心を数えようとして、三つ目で別の雨粒に目を奪われる。水面には空の色が薄く映り、岸の濡れた石はその下で黒く見えている。葉の先が上を向いているのか、ただ水に押されて傾いているのかも決めにくい。こういう確認には、僕の中のどうでもいい几帳面さがよく出る。葉から少し離れた場所にできた輪が、手前の輪を横切るところまで待ってみた。待っている間に別の輪が増え、最初に見ていた中心をまた探すことになった。

昼の池は音が少なく、雨粒が水を叩く間隔だけが近くに残る。波紋は重なったあとすぐ平らになり、次の円がその上へ広がる。僕は岸から身を乗り出さず、視線だけを葉の先、波の中心、濡れた石へ順に移した。今度は左側から来た輪が葉の細い部分に触れそうで、そこを見失わないように、まばたきの回数まで減らしている。輪の縁が葉の影に重なったところで、僕は数えかけた数字を忘れて、もう一度その細い部分を見た。

雨に濡れたホトトギスの花と葉

ホトトギスの斑点を雨粒の間で読む

ホトトギスの花を、雨粒のついていない順に目で追っている。白に近い花びらへ紫の斑点が散り、濡れた葉の先から水が一滴ずつ落ちている。どの花から見始めても同じような気がして、僕は最初に見た一輪へ戻り、今度は斑点の数ではなく、花びらの反り方を確かめた。

茎は細いのに、いくつもの花をつけている。雨の重さで少し傾いた茎と、まだ上を向いている茎があり、その違いを見比べるうちに、靴の先が濡れた土へ近づきすぎていた。後ろへ半歩ずれてから、葉の裏側に泥が跳ねていないかまで見る。見る場所が増えると、僕の観察はすぐに大げさになる。

ホトトギスに寄せられる言葉には「秘めた意志」がある。紫の斑点を見ていると、その言葉を花の前へ置きたくなるが、今日は紙に書かず、頭の中で一度だけ読んだ。斑点の濃い花と薄い花を並べても、どちらが強いとは言いにくい。雨で色がにじんだように見える一輪だけ、少し長く眺めた。

近くの葉には細い傷が一本あり、そこだけ水滴の並びが途切れている。僕はその途切れた場所を避けて、茎の根元から花まで視線を上げた。花びらの内側にも小さな点があり、外側から見たときより数が多く感じられる。数え直そうとして、途中で二度わからなくなった。

雨は細く続き、ホトトギスの下の土だけが濃く見えている。僕は斑点をもう一度確認するために少し横へ移動し、いちばん低い花の向きを見ながら、葉に触れない位置へ足を置きかけた。

朝の光の中でシオンの葉先に水滴が残る風景

シオンの葉先に残る朝の水

シオンの葉先に残った水滴を、僕は上から順番に数えている。花ではなく葉を先に見るのは、朝の僕にしては少し変な手順だが、いったん始めると一枚だけ飛ばすのが惜しくなる。水滴は丸いものばかりではなく、葉の縁に細く伸びているものもある。葉の先端に近いほど細くなり、少し離れると平たい跡のように見えるものもあった。昨夜の雨が残したものらしい、と考えたところで、指で触れるのはやめておいた。数えた順番を忘れないよう、視線だけを葉の付け根へ戻してから、同じ列をもう一度追った。

紫の花はその奥にまとまっていて、朝の光をまだ正面から受けていない。茎の一本が隣の葉に寄りかかり、花びらの先だけが少し下を向いている。僕はそこを直そうとして手を伸ばし、指先が届く前に引っ込めた。離れた位置から見直すと、茎の傾きと葉の重なりがさっきとは違って見える。形を整えたら、見たものではなく整えたものを見てしまいそうだった。靴の向きを変え、葉の影で水滴が暗く見える箇所まで確かめた。

シオンに添えられる言葉は「追憶」だという。昨日のことを思い出すほどの出来事はないのに、その二文字を頭の中で読むと、昔、名前を覚えるために花の色だけをノートへ書いた朝が短く戻ってきた。字の形はもう思い出せないし、紫をどんな順番で並べたかも曖昧なままだ。葉先の水滴をもう一度見て、今度は数えず、花びらの重なりと茎の向きを確かめながら、少し横へ移った。次の葉の先にある細い水滴へ、目だけを先に向けている。

朝の光の中で、オミナエシの細い茎と黄色い小花を写した写真

オミナエシの茎を指先で一本だけ確かめる

オミナエシの細い茎を、指先で一本だけ確かめている。黄色い小花はまとまっているのに、茎の向きは少しずつ違う。昨日の雨を受けた葉にはまだ湿り気があり、触れる前から、指を出す角度を考えさせられる。僕は花の近くではなく、下のほうの茎を軽くつまんだ。力を入れたつもりはないのに、指の腹には茎の丸さがきちんと伝わってくる。

朝の空は明るく、空気は湿っている。鉢の土から立ち上がる匂いを一度吸い、オミナエシの名前を頭の中でゆっくり読んだ。漢字では女郎花と書く。字面だけ見ると少し大げさで、黄色い花の細かさには合わない気もする。けれど、今日はその違和感を直さずに置いておく。花の房を見上げてから、いちばん下の葉に残った水の丸みに視線を戻した。

花に添えられる言葉には、親切というものがある。僕はその言葉を、花の性格として受け取るより、茎を折らないように指の力を抜く動作として見ていた。抜いた指を膝の上で一度開き、土のついていないことまで確認する。確認の基準が細かすぎる。自分でもそう思いながら、指先をもう一度こすり合わせ、湿り気の残り方まで確かめてしまう。今度は少し離れた茎の根元へ目を移し、葉の重なりを数えかけている。数え始めたところで、黄色い花の房が視界の端に入り、指をどこへ置くかをまた考えている。

曇り空の朝、花壇の縁に沿って立つコスモスの茎

コスモスの茎を一本だけ風の向きへ戻す

コスモスの茎を一本だけ、花壇の縁と同じ向きへ戻している。雨は降っていない朝なのに、葉には湿り気が残り、細い茎の先が風の通り道へ少し傾いていた。直す前に、花の正面ではなく裏側を見る。淡い色の花弁が重なり、中心の黄色だけがこちらを向いている。僕はこういうとき、花をきれいに見せる向きより、茎が無理をしていない向きを選ぶ。指で触れるのは根元の近くに一度だけにして、土の表面が崩れていないかも確認した。

花の裏側から茎の状態を見る

コスモスの花言葉には「乙女の真心」がある。名前から受ける印象より、今日の花はずっと実際的だった。傾いた茎を支柱へ寄せるほどではなく、花壇の外へ伸びた葉を一枚戻し、茎と縁の距離を見比べる。僕は花の向きを直したあと、直した証拠のように葉の角度までそろえたくなる。葉先が隣の茎に触れていないか、根元の土に細いひびがないかまで見てしまう。

曇り空の下で残る色

雲が広がり、朝の光は強くない。コスモスの色も、昨日までの印象ほど明るくは見えない。それでも白い花の縁には薄い桃色が残っている。真心という言葉を花に当てはめるなら、正面から見た印象だけでは足りない気がして、僕はもう一度茎の根元へ指を伸ばす。今度は触れず、少しだけ離れた位置から傾きを見て、花壇の縁と平行になったかを確かめている。

大雨の翌朝、濡れた葉をつけた金木犀の枝を写したリアルな写真

金木犀の枝先で、濡れた葉を一枚だけ裏返す

金木犀の枝は、昨日の大雨で重くなった葉を右側へ寄せ、細い花をいくつか見せている。七時五十五分の空は晴れていて、東京の朝の光が濡れた葉の表面だけを明るくしていた。僕は香りを確かめる前に、いちばん下の葉を一枚だけ裏返した。

裏側には細い筋が何本も走り、縁に小さな泥の点が残っている。表から見れば傷とは呼ばない程度なのに、こちらを向けると葉全体の形が少し不揃いに見えた。僕は同じ枝の葉を三枚続けて裏返し、四枚目だけは表のままにした。

金木犀の花の言葉には「謙虚」がある。花が小さく、葉の間にまとまって咲く姿からそう呼ばれると聞くけれど、今朝はその説明より、泥をつけた葉のほうが先に残った。きれいに咲いている部分だけを見て言葉を選ぶと、少し急いだ感じがする。

枝を見上げる角度を変えると、淡い花の塊の向こうに、昨日落ちた細い枝が一本引っかかっていた。取るほどでもない位置にあり、僕はそれを指で押さず、葉の枚数だけ数えた。七枚目で数え間違え、最初の葉まで戻ってもう一度始めた。

香りは風が動いたときにだけ届き、届かない時間には、濡れた葉の青い匂いが近かった。金木犀という名前を頭の中で読んでから、花ではなく枝の分かれ目へ視線を移す。そこには乾きかけた水滴が丸く残り、触れれば落ちそうで、触れないまま眺めている。

僕は裏返した葉を元の向きへ戻し、次にどの葉を見るかを決めずに、花のついていない枝先へ指を近づけて、泥の点の位置をもう一度確かめている。

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