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思考と技術の記録。besoft Blog

開発・設計・運用・プロダクトづくりのなかで得た知見を、読みやすくまとめて共有します。

記事一覧

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夜の自動販売機の返却口に残った十円玉

返却口の奥で光っていた十円玉

自動販売機の返却口に、十円玉が一枚残っていた。夜の歩道は人の気配が薄く、雲に覆われた空の下で、機械の明かりだけが妙にまっすぐ立っている。少し涼しい空気には湿り気があり、シャツの袖が肌に軽く触れ続けた。硬貨は奥の暗がりに半分隠れ、表の数字だけが小さく光っていた。周囲が暗いせいか、十円玉の丸さだけが妙に整って見える。

誰かが取り忘れたのか、入れたつもりで戻ってきたのか、それとも返却口へ落ちたまま気づかれなかったのか。十円玉一枚から想像できる事情は、意外に多い。どれも確かめようがないのに、硬貨の向きだけは妙にはっきり覚えている。拾って届けるほどの場所もなく、見なかったことにするには、そこだけがきちんと見えてしまう。手を近づける前に、返却口の縁を指で二度なぞった。なぜ二度なのかは分からないが、一度では確認した感じがしなかった。

指先に残った薄いざらつきを確かめてから硬貨を取り出すと、冷たさよりも、金属の薄い重みが掌の端に残った。自動販売機のボタンを押す予定はなかったのに、戻すためだけに前へ立つと、選ばれていない飲み物の列まで眺めてしまう。明かりの下では、どのボタンも押されるのを待っているようで、十円玉だけがそこから外れていた。返却口の底をもう一度確かめ、十円玉を掌の端へ寄せた。

歩き出そうとしたところで、機械の下に細い影があることに気づき、膝を少し曲げて、その形を見ようとした。

秋の昼、ノートパソコンでAIサービスを使う机

モデル選択欄のいちばん下にあるもの

ノートパソコンの画面に並ぶAIのモデル名は、家電売り場の札よりも静かに序列を知らせてくる。個人向けGeminiでは、無料ユーザーが使えるモデルをFlash-Liteに限り、FlashはAI Plus以上、ProはAI Pro以上の契約が必要になるという。順次適用という言葉も、画面の端に置かれた小さな注意書きのようで、便利さの入口が少しずつ狭くなる感じがある。

昼の机でこの話を考えると、性能の違いより先に「選べる」という感覚が浮かぶ。実際には、毎回いちばん強いモデルを使いたいわけではない。短い確認なら軽いモデルで足りるし、重い処理を頼む場面だけ上位を選ぶ。その使い分け自体が、これまで無料で触れていた人にも、AIを道具として覚えるきっかけになっていた。

モデル名を眺めるとき、なぜか一番下の選択肢を二度確認してしまう。性能表を読むためではなく、そこに残された余地を確かめるためだ。無料枠がなくなるわけではないとしても、選択肢の数が契約プランと結びつけば、使い始める前から「これは自分の範囲内か」と考えることになる。

もちろん、計算資源にも費用がかかり、すべてを無制限に開くのが難しいことは分かる。それでも、AIが身近な道具として広がるほど、入口の仕様は料金表以上の意味を持つ。画面に残ったモデル名を指でなぞるように見比べて、まず短い質問をどれに渡すか、まだ決めきれずにいる。

昼前の東京の横断歩道で少し細くなった白線を見つめる風景

横断歩道の白線が少しだけ細い場所

横断歩道の白線を、端から順番に見ていた。東京の通りは昼前の光を受けて明るく、車が通るたびに白線の上だけが一瞬ずつ途切れる。ほとんど同じ幅に見えるのに、ひとつだけ少し細い線があり、そこへ視線が戻ってしまう。消えかけているというほどではない。薄い、と言うには十分で、残っている、と言うにも十分だった。線と線の間の黒い舗装まで、妙に整った模様に見えてくる。

信号が変わると、人の靴がその線を横切っていく。革靴、白い運動靴、底の厚い靴。靴底が白を隠す時間は短く、隠れた部分を覚えておくほどのことでもないのに、通過する順番だけは妙に残る。歩く人は誰も線の太さを確認しないので、確認している側だけが妙に取り残された気分になる。白線は道路を区切るためのものなのに、実際には歩幅の下で何度も踏まれ、少しずつ形を失っていく。塗料の減り方に、通り過ぎた足の数が隠れているようでもあった。

近づいて見ると、細い線の縁には小さな砂が集まり、白と灰色の境目がぼやけている。砂の粒をひとつずつ数えようとして、三つ目あたりで線の幅へ戻った。指で触れる理由はないのに、手袋をしていたら確かめてしまいそうだと思った。次の青信号を待ちながら、線の中央ではなく端のほうを見た。端にはまだ白い部分が残り、そこから先の欠け方を目で追おうとして、また靴が一足、視界を横切った。

昼前の自宅の机と、引き出しの奥でほどけた輪ゴム

引き出しの奥で、輪ゴムの輪だけがほどけていた

引き出しの奥で、輪ゴムの輪だけがほどけていた。昼前の明るさに誘われて机の引き出しを少し開けると、手前に置いたはずの小さな道具より先に、薄い輪が目に入った。何かを束ねていた形跡はあるのに、束ねる相手はもういない。輪ゴムというものは、役目を終えると急に所在がなくなる。

つまみ上げると、まだ伸びる。指先で二度ほど引いてみたところ、切れる気配はなかったので、捨てる理由も保管する理由も同じくらい弱くなった。こういう中途半端な物を前にすると、引き出しの中まで小さな会議を始める。必要か不要かではなく、次に使う場面を想像できるかどうかで決めようとして、結局どちらにも決められない。

窓の外はよく晴れ、十月らしい涼しさが残っている。机の表面には白い光が広がり、輪ゴムの影だけが細く曲がっていた。その影を見ていると、物の形は本体より先に変わることがあるらしい、と妙なことを考えた。輪ゴムは伸び、紙は折れ、鉛筆は短くなる。使った時間が、物の輪郭に少しずつ記録されていく。

元の場所へ戻す前に、引き出しの奥に溜まった細かな埃を指で寄せた。輪ゴムはその脇でまた丸くなり、さっきよりきちんとした顔をしている。戻す位置を手前にするか奥にするかで迷い、いったん引き出しを閉じかけてから、もう一度だけ底面を見ようと手を伸ばした。

朝の光を受けるホトトギスの花と葉

ホトトギスの斑点を数え終わらない朝

ホトトギスの花を近くで見ると、白と紫のあいだに細かな斑点が散っている。十月の朝らしい空気は少し冷たく、晴れた光が葉の先まで届いていた。斑点は模様というより、誰かが筆先を何度も置いた跡のようで、ひとつ見るたびに次の花へ目が移る。花びらの白は完全な白ではなく、中心へ近づくほど紫を抱えている。その境目まで見ようとすると、顔の位置まで妙に忙しくなる。

今日の花として伝えられるホトトギスの花言葉には、「永遠にあなたのもの」という意味がある。ずいぶん強い言葉なのに、花の姿は騒がしくない。細い茎が少し傾き、重なった葉のすき間から花を見せるだけで、約束を大声で主張する感じとは遠い。長く残るものほど、静かな顔をしているのかもしれない。

斑点の数を数えてみようとして、三つ目あたりで別の花の中心にある紫色へ気を取られた。正確さには向かない眺め方だが、植物を観察するときの目は、定規よりも寄り道に近い。花びらの縁が少し反り返っていること、朝の光を受けた部分だけ薄く透けていること、葉の影が花弁に細くかかっていることにも気づく。数えるための目なのに、すぐ別の箇所を拾ってしまう。

「永遠」という言葉を鉢のそばに置くなら、立派な札より、毎日ほんの少し見ることのほうが似合う。水の具合を確かめ、倒れかけた茎には触れず、次に咲きそうなつぼみの向きを眺める。そうしているうち、また斑点を一つ見落とし、指を伸ばしかけたところで朝の光が葉に移った。

秋の朝、AI関連の記事を表示したノートパソコンを前に考え込む机

期待の頂点で、AIの画面を閉じる

ノートパソコンの画面に、AIとクラウドに関する記事を開いたまま、窓の外の明るさを一度だけ確かめた。十月の朝らしく空気は少し冷たく、机の端に置いたペンを持ち上げては戻す。記事には、Gartnerが発表した日本のハイプ・サイクルで、31の先端技術のうち五つが「過度な期待」のピークにあると書かれている。

この言葉を見ると、技術そのものより、周囲の熱の上がり方に目が向く。便利そうだという話が続き、導入した企業の名前が並び、使わない理由を探すほうが難しくなる。けれど、期待が高い場所では、実際に何ができるかより、できそうな雰囲気が先に広がることがある。AIについても、文章を作る、画像を扱う、業務を補助するという機能の隣に、まだ輪郭のない期待が重なっている。

以前、生成AIに短い文章の言い換えを頼み、返ってきた文の「自然です」という感じだけを信じてしまった。読み直すと、意味は合っているのに、こちらが書きたかった妙な引っかかりまで消えていた。性能の問題というより、任せる範囲を決める側の雑さが出たのだと思う。

画面を閉じる前に、記事の数字をもう一度見た。ピークという言葉は到着を知らせるものではなく、これから評価が揺れる位置を示している。ペン先でノートの余白を二度なぞり、使いたい機能と、期待しているだけの機能を分ける欄を作りかけている。

秋の朝、葉の間に小さな花を咲かせる金木犀

金木犀の香りを三度だけ確かめる朝

金木犀の枝先を、葉の間から一つずつ見ている。小さな花がまとまって付いているので、最初は花の数を数えるつもりだったのに、三つ目で香りの濃さを確かめる順番に変わった。朝の空気は冷たく、湿り気が残っている。晴れた空の下では、香りだけが少し先に届く。

今日の花に金木犀を選ぶと、花言葉は「謙虚」になる。花の大きさを見れば、その言葉が選ばれたことにも頷けるが、香りの存在感まで控えめに扱うのは難しい。近づく前から分かるのに、枝の前では小さな花を探して目を細める。見つけたあとも、見つけたと言い切るには花が細かすぎる。

葉の表面には昨夜の湿りが少し残り、指で触れずに見ると、緑の濃淡だけが増えていく。香りを一度、二度、三度と確かめ、三度目だけ数え直した。二度目のあとに一度深く息を吸った記憶が入り、数の扱いが急に面倒になったからだ。

「気高い人」という別の言葉も、枝の前で思い浮かべた。立派な姿を探すと花から離れてしまうので、足元に落ちた花を拾わず、靴先で避けるだけにする。小さな橙色がいくつか土の上にあり、拾うほどではないが、そのまま踏むのも嫌で、歩幅だけが妙に細かくなる。

もう一度だけ香りを確かめようとして、枝の下へ少し身を寄せた。花の房ではなく、隣の葉の裏に細い茎が見え、そこにも開きかけの花が付いている。数え直しはやめて、枝の下へ指先を伸ばして、葉の裏側を一枚ずつ見ていく。

秋の朝、机の上でAIと相談窓口について考えるスマートフォン

AIへの相談に、まず窓口を置くということ

スマートフォンの画面を指で下へ送って、僕は生成AIへの相談が増えているという記事の一文を読み返した。秋の朝は窓の外が明るく、机の上の水もまだ飲んでいない。Appleに自殺防止機能の搭載を要請したというニュースである。僕は記事を閉じる前に、見出しの「機能」という言葉だけをもう一度読んだ。

相談に応じる文章が、相手の孤立を深めないようにする。その役割をスマートフォンの中へ置く発想には、便利さより先に戸惑いが来る。AIがどれほど自然な返事をしても、返事を受け取った人の状態まで画面から確認できるわけではない。僕なら、返事の最後に支援窓口への案内が出たとき、邪魔だと思うか、残っていて助かると思うかを決められないまま画面を眺めるだろう。

記事では、支援窓口への誘導を進め、日本政府との連携にも前向きだという。ここで僕が引っかかったのは、AIの賢さではなく、相談の途中に別の入口を用意することだった。会話を終わらせるための出口ではなく、画面の外へつながる細い通路のようなもの、と書きかけて、比喩が大げさなので消した。

窓口の名前や連絡先が表示されるだけで十分なのか、地域によって違う案内になるのか、僕にはまだ分からない。ただ、AIに何かを打ち込んだ人が、返ってきた文章だけを抱えて取り残されないようにする設計は必要だと思う。必要という言葉も少し硬い。朝の机でそんな言葉を削ったり戻したりしているうち、スマートフォンの画面が暗くなった。

僕はもう一度画面をつけ、記事の続きを開いた。相談する側ではなく、相談を受ける側の仕組みを読むつもりだったのに、まず自分ならどこまで案内を読めるかを考えてしまう。指を画面の端に置いたまま、支援窓口という文字の位置を確かめようとしている。

夕暮れの食卓で一つだけ洗われる白い箸置き

食卓の箸置きを一つだけ洗う

食卓の箸置きを一つだけ流しに運び、蛇口の下で水を細く出している。ほかの食器はもう片づいているのに、それだけが卓上に残っていた。白い陶器の表面には、茶色い線が一本ついている。汚れと呼ぶほどではないが、照明をつける前の薄い明るさでは、その線だけが妙に目立った。持ち上げたとき、底が食卓に触れていた丸い跡まで確かめてしまう。

指でこすれば取れると思い、親指の腹を水に濡らしてなぞった。線は消えず、指先に水が回っただけだった。スポンジを使う前に、裏側も見た。裏には丸い浅いくぼみがあり、そこに水滴が一つ残っていた。僕はこういう小さな水滴を見つけると、なぜか一度、皿を傾ける向きを変えてしまう。右へ傾けてから、左へ戻し、水滴の位置をもう一度見た。

箸置きをスポンジの柔らかい面で二度こすり、もう一度水をかけた。茶色い線は薄くなったが、完全には消えなかった。乾いた布で拭けば見えなくなる程度だったので、布巾を広げ、中央ではなく端の部分で押さえた。布巾の織り目が陶器に触れる音は、食器を重ねる音より小さかった。拭いたあとも表面を斜めから見て、線の端だけが残っていないか、蛇口の水を止める前に確かめた。

窓の外は、夕暮れの空がまだ明るく、部屋の中の白い皿だけが先に灰色へ変わっている。箸置きを元の場所へ戻すと、さっきより少しだけ右に寄った。僕は椅子を引かずに体を横へ伸ばし、指一本分のずれを直そうとして、いったん端をつまみ直す。置く角度をほんの少し変え、線のあった面を手前に向けたところで、指先をまだ離さずにいる。

朝の窓辺で右へ寄せられるリンドウの鉢

リンドウの鉢を右へ寄せる朝

リンドウの鉢を、僕は窓辺の右へ少し寄せている。朝の光はよく晴れていて、昨日の雨が残した湿り気も、ガラスの向こうではもう目立たない。青い花は一つずつ開き方が違い、いちばん手前のものだけが、こちらへ口を向けているように見える。向けている、という言い方は少し大げさなので、僕は一度その表現を頭の中で取り消した。鉢の底が窓枠の線に対してまっすぐかどうかまで見てしまい、花を見る順番が少しおかしくなった。

リンドウに添えられる言葉は「誠実」らしい。鉢のそばに小さな札があるわけではなく、僕が覚えていたものを朝の光の中で確かめただけだ。その言葉を花に重ねると、青の濃さまできちんとして見える。けれど、葉の一枚には端がわずかに折れた跡があり、花の付け根には土の細かな粒がついている。整いすぎていないところを見つけると、札のないことがかえって助かる。花の内側の暗さも、光が当たる場所とは別の青として残っている。

鉢を右へ動かす前に、僕は左側の葉を数えかけ、途中でやめた。数える理由がないのに、こういう確認だけはしてしまう。指先を鉢の縁に置くと、表面のざらつきが乾いた感触で返ってくる。花を触らないように腕を引き、鉢底の受け皿が窓枠の線から外れていないかを見る。いったん視線を下げて、受け皿の縁に残った細い土の跡も確かめ、それからまた花へ戻った。

青い花の影が、さっきより少しだけ葉の上にかかった。僕は鉢の縁に指をかけ、右へ寄せる量を測るように、指先だけを少し動かした。

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