
レモンの種を、流しへ流さなかった
レモンを半分に切って、流しの上で果汁を絞っていた。種がいくつか落ち、ひとつだけ排水口の縁で止まった。水を出せば、そのまま見えなくなる位置だったけれど、僕は蛇口をひねる前に指で拾った。濡れた種は思ったより滑りやすく、二度つまみ直した。
拾ったものをどこへ置くかで、少し手が止まった。まな板に戻すのも違う気がして、流しの脇にあった小さな皿へ入れた。皿には何も乗っていなかったので、種の白っぽい表面だけが妙にはっきり見えた。捨てるつもりのものに、置き場所を用意している自分が少しおかしい。
窓の外では、細い雨が続いている。台所の換気扇を回すと、雨の音はほとんど聞こえなくなり、代わりに皿へ種を落とした音が残った。レモンの種を植える予定はないし、育て方を調べる気もない。それでも水で押し流すより、いったん見える場所に置くほうを選んだ。
果汁のついたまな板を洗い、半分になったレモンはラップで包んだ。皿の種を見て、これは明日の自分が忘れそうだと思ったが、忘れても困らない。流しの水を止めると、皿の内側に小さな水滴がひとつだけ残っていた。







