Blog

思考と技術の記録。besoft Blog

開発・設計・運用・プロダクトづくりのなかで得た知見を、読みやすくまとめて共有します。

記事一覧

投稿日が新しい順に表示しています。

夜の台所に置かれた半分のレモンと小皿に拾われた種

レモンの種を、流しへ流さなかった

レモンを半分に切って、流しの上で果汁を絞っていた。種がいくつか落ち、ひとつだけ排水口の縁で止まった。水を出せば、そのまま見えなくなる位置だったけれど、僕は蛇口をひねる前に指で拾った。濡れた種は思ったより滑りやすく、二度つまみ直した。

拾ったものをどこへ置くかで、少し手が止まった。まな板に戻すのも違う気がして、流しの脇にあった小さな皿へ入れた。皿には何も乗っていなかったので、種の白っぽい表面だけが妙にはっきり見えた。捨てるつもりのものに、置き場所を用意している自分が少しおかしい。

窓の外では、細い雨が続いている。台所の換気扇を回すと、雨の音はほとんど聞こえなくなり、代わりに皿へ種を落とした音が残った。レモンの種を植える予定はないし、育て方を調べる気もない。それでも水で押し流すより、いったん見える場所に置くほうを選んだ。

果汁のついたまな板を洗い、半分になったレモンはラップで包んだ。皿の種を見て、これは明日の自分が忘れそうだと思ったが、忘れても困らない。流しの水を止めると、皿の内側に小さな水滴がひとつだけ残っていた。

窓のレールの葉を、掃除機で吸う前に止まった

掃除機の先を窓のレールへ向けたところで、僕はスイッチを入れずに止まった。細い溝の端に、茶色くなった葉が一枚だけ入り込んでいる。外から飛んできたのか、窓を開けたときに室内へ落ちたのかは分からない。19時の空は曇っていて、ガラスの向こうがいつもより近く見えた。

その葉は乾いているようで、角だけ少し湿っていた。掃除機なら音を立ててすぐ消せるのに、吸い込まれたあと何も残らないと思うと、先を近づけるのが妙に雑な作業に感じられた。僕は一度、レールの奥行きを目で測るように見た。測ったところで数字は出ない。

掃除を始めた理由は、葉よりも溝にたまった細かな砂だった。そちらを吸うつもりで窓際へ来たのに、葉の周りだけ避けるのも変な話だと思う。けれど、吸う前に窓を少し動かしたらどうなるかを試し、数センチだけ横へ滑らせた。葉は動かず、代わりにレールの黒い汚れが伸びて見えた。

僕は掃除機の先を戻し、床に置いたまま、ティッシュを細く折って溝へ差し込んだ。葉をつまむほど深くは入らず、端が軽く触れただけで折れた。折れた部分を見ているうち、葉を残す理由も、取る理由も薄くなってきた。窓の外から湿った空気が入り、カーテンの裾が少し揺れた。

結局、折れた葉の片側だけをティッシュで拾い、残った小さな欠片に掃除機の先を近づけた。今度はスイッチを入れたが、音が思ったより大きく、僕はすぐに窓を閉めることにした。

夏の朝に咲くホウセンカと、まだ弾けずに残る実

ホウセンカの花言葉を、触れずに読んだ朝

花のすぐそばまで顔を寄せたのに、指は伸ばさなかった。ホウセンカの花言葉を調べようとして、画面を見たまま、葉の間にある細い実を避けるように立っていた。八月の朝はもう明るく、空気は湿っている。風はほとんどなく、葉の先に残った水気が落ちる気配もなかった。

ホウセンカの花言葉として、真っ先に出てきたのは「私に触れないで」だった。少し強い言い方に見えたので、検索結果を閉じてから、もう一度同じ言葉を読んだ。花ではなく、弾ける実の性質から来たものらしい。そこまで分かると、赤い花よりも、その下に隠れた実のほうへ目が移った。

実は細長く、葉の影に紛れていた。見つけたからといって、触って確かめる必要はないのに、僕は一度だけ、どれがいちばん弾けそうかを目で選ぼうとした。表面の張りも、熟しているかどうかも、遠くからでは判断できない。判断できないまま見ているのが、少し落ち着かなかった。

以前なら、花言葉を読んだあとに、花びらの色と意味を結びつけようとしていたと思う。赤なら情熱、白なら純粋、といった具合に、こちらで花を分類してしまう。けれど今日は、赤い花の横に薄い桃色があり、そのどちらにも同じ実が付いていることのほうが気になった。色で決める話ではないらしい。

葉をめくれば実が見えるかもしれない。そう考えて、実際に少し身をかがめたところでやめた。見えないものを見える位置まで動かすと、観察というより確認の作業になる気がしたからだ。僕は花の名前を覚えるために来たわけでもないのに、検索画面の綴りまで頭の中で確かめていた。

ホウセンカの花言葉を、花そのものへの感想として読むと、ずいぶん拒まれているように感じる。でも、今朝の僕は拒まれたというより、近づき方を指定されたようだった。実に触れない距離のまま、花の重なりと葉の隙間を見ている。駅へ向かう前なので、そろそろ画面を閉じることにした。

夜の台所に置かれた電子レンジと温めた皿

電子レンジの終了音が、台所に残っている間

電子レンジの終了音が鳴ったあとも、僕はすぐに台所へ行かなかった。夜の八月は窓を開けていても空気が重く、冷蔵庫の低い音に、さっきの電子音だけが細く重なって聞こえた。温めたものを忘れたわけではない。皿を出すだけなのに、音が消えるまでの数秒を確かめるように、椅子の横で立ったままになった。

台所へ向かう途中、床に落ちた米粒が目に入った。拾うほどではないと思いながら、電子レンジの前を通り過ぎてから戻り、つま先で避ける位置を変えた。こういうとき僕は用事よりも、用事の周りにある小さな乱れのほうを先に処理してしまう。米粒は指で拾わず、ティッシュの角に押しつけた。

ようやく扉を開けると、皿の縁だけが少し熱かった。中身を混ぜるために箸を入れ、中央がまだ冷たいかどうかを、必要以上に一度だけ確かめた。電子レンジの庫内灯が消えると、扉の黒い面に台所の明かりがぼんやり映った。そこに自分の顔が出ない角度を選んで、皿を手前へ引いた。

食べる場所へ戻る前に、床のティッシュを捨てようとして、ゴミ箱の蓋を足で押した。思ったより音が大きく、さっきの終了音の残りを自分で追い払ったような感じがした。窓の外から車の音が一度だけ入り、僕は皿を持ったまま、冷めないうちに戻るか、もう少し台所にいるかで迷った。結局、箸を置く向きだけ直してから歩いた。

戻ったあとも、電子レンジの終了音が聞こえた気がして、テレビの音量を上げる代わりに一度だけ振り返った。庫内の扉は閉じていて、床の米粒も見えない。箸の先が皿の端に触れ、僕は最初に何を温めたのかを思い出せないまま、ひと口目を口に運んだ。

夜の台所で開いた引き出しと計量スプーン、奥にたまった粉

計量スプーンの柄を戻す前、引き出しの粉を払った

計量スプーンを洗って、いつもの引き出しへ戻そうとした。柄をつまんだまま、奥の角に白っぽい粉が細くたまっているのが見えた。料理の途中なら見なかったことにする量なのに、もう片づけるだけのつもりだったので、そこだけ妙に目についた。

引き出しを全部抜くほどではないと思い、手前の道具を少しずつ横へ寄せた。小さな泡立て器の先が計量カップに当たり、金属の音が夜の台所で一度だけ響く。音を立てたことより、カップを先に戻すべきか、スプーンを先に置くべきかで迷っている自分のほうが面倒だった。

粉は固まっておらず、乾いた布を折った端でなぞると、引き出しの木目に沿ってまとまった。布を往復させると奥からもう少し出てきたので、最初に見えた分だけで終わらせなくてよかったと思う。とはいえ、掃除を始めた理由を大げさに考えるほどのことでもない。

寄せた道具を戻すとき、計量スプーンだけ置き場所の手前に残った。そこへ戻すと次に取りやすい気もしたが、普段の位置からずれるのが落ち着かず、結局いちばん奥の細い隙間へ柄を向けた。粉の付いた布は流しの脇に置いたまま、引き出しを閉めた。

水を止めたあと、布を捨てるか洗うかを決める前に、さっき鳴ったカップの音がまだ耳に残っていた。

朝の台所に置かれた炊飯器と蓋の内側に残った米粒

炊飯器の蓋の米粒を、朝の支度の途中で見逃した

炊飯器の蓋を閉めようとして、内側に米粒が一つ残っているのを見つけた。朝の八時十四分で、窓から入る光はもう白く、炊きたての湯気だけが蓋の縁に薄くたまっていた。指で取れば終わるのに、僕は閉じる動作をいったん止めたまま、米粒の位置を確認した。中央ではなく、蒸気の通り道らしい細い溝の横に張りついている。

しゃもじでよけたつもりが、最後の一粒だけ逃げたのだと思う。昨夜ならすぐに布巾を持ってきたはずなのに、朝はこういう小さな残り方を後回しにする。蓋を開けたままにして、先に茶碗を流しへ運んだ。蛇口の水音が始まると、米粒のことより、茶碗の底に残った薄いご飯の膜のほうが気になって、そこを親指でこすっていた。

戻ってきたとき、蓋の内側は少し乾いていた。米粒も白いというより、端だけ半透明になっている。僕は炊飯器の説明書に書いてあった手入れの順番を思い出そうとしたが、毎回そこまで正しくできているわけではない。結局、濡らした布巾を流しの端に置き、蓋を閉めずに朝の支度を続けた。

冷たい水で布巾を絞ると、米粒は思ったより簡単に外れた。布巾の上へ落ちたものを見て、取ったことより、取る前に何度も場所を見たことのほうを覚えている。炊飯器の蓋を閉める音を小さく聞いてから、僕はまだ片づけていない茶碗を一つ手にした。

夏の朝に開きかけた青い朝顔の鉢

朝顔の花言葉を、開ききる前の青で決めた

朝顔の花言葉を、開ききる前の青で決めた

朝顔の花びらを指で開こうとして、途中でやめた。七時四十分の東京はもう暑く、空気は湿っているのに、朝顔の青だけはまだ朝の顔をしていた。輪郭が少し折れたまま、花の中心が細く見えている。開いているかと聞かれたら、たぶん開いている。でも、僕の中ではまだ途中だった。

今日の花として朝顔の花言葉を調べるつもりで、画面に文字を入れかけた。よく知られているのは「愛情」や「結束」らしい。そこで手が止まった。朝顔はつるが伸びて支えに絡むから結束、という説明を見た覚えがあるが、今見えている花にまで、そんな立派な言葉を背負わせてよいのか分からなくなった。

青い花の前で、言葉を一つに絞る

僕は花言葉をいくつも並べて安心する癖がある。愛情、固い絆、はかない恋。どれも朝顔に似ているようで、どれも少し遠い。特に「はかない」と書かれると、花が咲いている時間より先に終わりを見ている感じがして、今日は採用したくなかった。

朝顔の花言葉を一つにするなら、僕は「愛情」にした。大げさな気持ちを言いたいわけではない。花びらの端を直さず、開ききるのを待つでもなく、ただそのまま見ている時間に、名前をつけるならそれだった。支えに絡んだ細いつるを見ていると、結束という言葉も捨てにくいのだが、そちらは少し説明が上手すぎる。

そのあと、花の向きを確かめるために鉢の反対側へ回った。青い面が少しだけ広く見えたので、さっきより開いたと思ったが、たぶん僕の立つ位置が変わっただけだ。こういう確認を何度もするから、朝の用事がなかなか進まない。葉の裏に小さな土がついているのを見つけ、花言葉よりそちらを先に覚えてしまいそうになった。

スマートフォンの画面には、まだ検索欄が残っていた。消すほどでもないので、そのまま伏せた。朝顔の花言葉を決めたというより、青い花の前で、今日はこれ以上増やさないと決めただけだと思う。開きかけの花は、見る角度を変えるたびに少し違って見えた。

鉢のそばを離れる前に、つるの先が支えの外へ出ていないかだけ確認した。戻すほどではなかったので、指を近づけて、やはり触らずに引っ込めた。花はまだ途中の形で、僕は検索欄を閉じるところまでしか進まなかった。

夜の部屋のテーブルに置かれたグラスとコースターの水滴

コースターの端の水滴を、すぐ拭かなかった

グラスを持ち上げたあと、コースターの水滴が端に一つ残っているのが見えた。八月の夜は部屋にも暑さが残り、表面は乾いているように見えたのに、そこだけ透明だった。僕はすぐ布を取らず、グラスを置いた位置を少し横から見た。水滴が底から流れたのか、最初から端にあったのか、見ても分からないことを確認していた。

布はテーブルの脇にあった。端へ寄せると簡単に消えそうだったが、コースターの表面まで擦ってしまいそうで、まず乾いた角を水滴の隣に置いた。押さえるだけでよいのに、僕は一度離し、濡れた跡が広がっていないかを見た。広がってはいなかった。こういうときだけ、拭くという動作に妙な順番を求めてしまう。

その間、グラスの中の水が少し揺れて、底に細い光が動いた。水滴よりそちらを見てしまい、飲むつもりだったことを思い出した。けれど口をつける前に、コースターの下へ染みていないか確かめたくなった。端を持ち上げるほどではないと決め、平らなまま、布の角だけをもう一度近づけた。

水滴は布に吸われ、丸い跡だけが薄く残った。消えたと言い切るには近づいて見なければならず、僕は距離を取ったまま、端の繊維が一本だけ立っているのに気づいた。そこを寝かせようとして布を裏返し、ついでにグラスの水を一口飲んだ。コースターはテーブルの上で、少しだけ乾き方が違っていた。

夏の夜の歩道橋と手すり

夜の歩道橋で、手すりの冷たさを確かめた

歩道橋の階段を上りきる前に、僕は手すりへ手を伸ばした。夜になっても暑さは残っていて、風もほとんどない。触れる前から、金属はまだ昼の熱を持っているだろうと思っていたのに、指先に来たのは思ったよりはっきりした冷たさだった。驚くほどではないが、予想と違うと一度離してしまう程度には冷たい。

そのまま通り過ぎればよかったのに、僕は二、三段戻って、同じ場所をもう一度触った。手のひら全体ではなく、指先だけを置いて、すぐに離す。確認としてはずいぶん頼りないやり方だけれど、長く触っていると、自分の手の熱で冷たさを消してしまいそうだった。手すりの表面には細かなざらつきがあり、指を横へ動かすと、塗装の継ぎ目らしい段差に引っかかった。

階段の脇には、靴底で運ばれた細かな砂が線になっていた。僕はそれを踏まないように歩こうとして、かえって足の置き場を狭くした。避けるほどのものでもないのに、白っぽい粒が一か所に寄っているのが見えると、そこだけ外したくなる。手すりを確かめていたはずが、今度は階段の端ばかり見ていた。

上からは車の音が続いていた。歩道橋の下を通るたび、音が少し膨らんで、遠ざかると薄くなる。僕はその変化を数えようとしたが、三台目で分からなくなった。代わりに、手すりの支柱が階段の線ときちんと重なっているかを見ていた。わざわざ確認することではないのに、一本だけ少し曲がって見えたからだ。

上りきったところで、もう一度だけ手すりを握った。さっきより冷たく感じたのは、手を離していた時間があったからかもしれない。そう思いながら、今度は確かめるために指を置く場所を選んでいた。選び終わる前に、足元の砂を避けた歩幅のまま、階段の先へ進んだ。

真夏の昼の渓谷で水音を返す石と浅い流れ

渓谷の水音を、石の裏側で確かめた

石の横を通り過ぎかけて、僕は足を戻した。渓谷の水音が、流れの見えている場所からではなく、少し外れたところで返ってきたからだ。音だけなら、上流から落ちてくる水が岩に当たっているだけにも聞こえる。けれど、耳を向けるたびに位置がずれるので、歩く方向を決められないまま立っていた。

13時05分の光は水面に強く当たっていて、石の表側だけが白く明るい。裏側は同じ石なのに、急に色が薄く見えた。僕は靴底が濡れない場所を選び、しゃがまずに体を少し横へずらして、石と岸の隙間をのぞいた。最初に見えたのは水ではなく、細い枝と、丸くなった茶色の葉だった。

音はそこで消えなかった。石の下をくぐった流れが、目に入らない狭い溝へ回り、別の面から出ているらしい。らしい、と書くのは、実際には水の通り道を最後まで見つけていないからだ。僕は一度だけ石の反対側へ回ったが、そちらでは音が低くなり、聞こえたことを確かめるための場所としては、かえって頼りなかった。

戻る途中、石の上に残った小さな砂の筋が目に入った。水が増えたときの跡なのか、誰かが靴でこすっただけなのか、見分けはつかない。指で触るほどのことでもないと思いながら、僕は靴先でその筋を避けた。避けたせいで、今度は流れの端にある白い小石を踏みそうになり、足を置く場所のほうへ注意が移った。

結局、石を動かすことはしなかった。動かせば水音の正体は分かるかもしれないが、分かったあとに置き場所を戻す自信がなかった。耳を近づける代わりに、少し離れて音の返る側を見た。渓谷の水音は、見えない流れの位置を教えるというより、僕が立つ場所を何度も選び直させていた。

1 4 5 6 7 8 164