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思考と技術の記録。besoft Blog

開発・設計・運用・プロダクトづくりのなかで得た知見を、読みやすくまとめて共有します。

記事一覧

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夜の台所で開いた冷蔵庫のドアポケットとほどきかけの輪ゴムの束

冷蔵庫のドアポケットで、輪ゴムの束をほどいた

冷蔵庫のドアポケットから輪ゴムの束をつまみ上げた。夕食の片づけを終えたあと、飲み物を戻そうとして、奥にある小さな絡まりが目に入った。外では細い雨が続いていて、台所の換気扇を止めたあとも、窓の向こうの音だけが残っている。輪ゴムは何本あるのか分からないまま、ひとつの塊になっていた。

爪で端を探すと、赤茶色の一本が少しだけ動いた。そこを引けば早いはずなのに、切れそうで手を止める。輪ゴムをほどく作業に「早いはず」という言い方をするのも変だが、僕はこういう小さなものほど順番を決めたがる。まず外側、次にその内側、と決めたところで、どれが外側かまた分からなくなった。

束の下には、ドアポケットの底に細かな白い粉がたまっていた。輪ゴムの汚れだと思い、指でこする代わりに、束をいったんポケットの縁へ寄せて、見える範囲だけ布巾で拭いた。拭き終えてから、今はほどく途中なのに掃除を挟んだことが少し可笑しくなる。冷蔵庫の明かりが消えるたび、手元の順番まで消えたようだった。

一本ずつ外していくと、太さの違う輪ゴムが混じっているのが分かった。短いものは伸びきって、輪というより折れた線に近い。使えるかどうかを確かめるため、引っ張るのはやめておく。ほどけた分だけをポケットの手前に並べ、残った束の結び目に爪を入れたところで、また一本だけが動いた。

雨に濡れた森林の葉の裏に残る一滴

森林の雨で、葉の裏の一滴を落とさずにいた

葉の裏に残った一滴を見つけて、僕は歩く足を止めた。森林の雨は葉の表面から先に落ちていくのに、その一滴だけは縁の少し内側で丸くなっている。落ちそうで落ちない、と書くと簡単だけれど、実際には落ちる気配があるのかどうかもよく分からなかった。

正午の雨は細く続いていて、上の葉から時々まとまった水が落ちてくる。そのたびに周囲の葉が揺れ、目当ての一滴も消えたように見える。僕は一度、別の葉に移った水滴を同じものだと思いかけて、葉の形を見比べた。見分け方としてはかなり頼りない。

近づきすぎると、自分の動きで葉が揺れそうだった。そこで道の端から半歩だけ下がり、首を少し傾けて見る。水滴は透明なので、背景の緑が中に小さく歪んでいた。そこだけ景色が縮んでいるように見えたが、そういう言い方をすると大げさになる。

雨具の表面を叩く音が一定に続いている。僕は水滴が落ちる瞬間を待つつもりで、数を数え始めたものの、途中で上から落ちた水の音に気を取られて、何まで数えたのか分からなくなった。こういう場面で記録を取ろうとすると、記録する行為のほうが目立ってしまう。

葉の付け根には細い傷があり、その線に沿って水が少しだけ集まっていた。最初は一滴だけだと思ったが、よく見ると小さな水の筋が隣から近づいている。合流するのか、途中で葉の外へ流れるのか、僕には判断できない。分からないまま見ているしかなかった。

足元では、落ちた葉の上に水が薄くたまり、踏まれていない部分だけが乾いた色を残していた。僕はそちらを避けようとして歩幅を変えた。葉の裏の一滴を見ていたはずなのに、今度は靴先を置く場所のほうを慎重に選んでいる。森林では視線が低くなると、見るものがすぐ増える。

もう一度、目を上げると、一滴はまだ葉の裏にあった。正確には少し横へずれていて、重さで縁へ向かっているようにも見えた。僕は落ちる前に歩き出すか、落ちるまで待つかで迷い、結局、雨具の袖についた水を一度払ってから、同じ姿勢に戻った。

その動作のせいで葉が見えなくなり、慌てて立つ位置を探した。右へ寄ると枝が重なり、左へ寄ると雨の筋が光を隠す。さっき見えた角度を思い出そうとしたが、僕が覚えていたのは一滴の場所ではなく、葉の縁の小さな欠けだけだった。

端に一個だけ氷が残った製氷皿と冷凍庫の内部

製氷皿の端の一個で、家事の手順が止まった

製氷皿を引き出しから出したところで、手が止まった。六つのくぼみのうち、端に一個だけ氷が残っている。昼の雨で窓の外は明るさが鈍く、冷凍庫の白い内側だけが妙にはっきり見えた。水を足して全部作り直すつもりだったのに、その一個を先に落とすのが惜しいというより、端の位置を崩すのが嫌になった。

氷は透明ではなく、中央に白い筋が一本入っていた。指でつまめばすぐ取れる大きさなのに、僕は製氷皿を傾け、端の壁に当ててから戻した。ころんと鳴るはずの音がしなかったので、氷が本当に残っているか、目だけで二度確認した。こういう確認は必要ないと分かっているが、見えないまま流しへ持っていく方が落ち着かなかった。

製氷皿を流しへ運ぼうとして、冷凍庫の奥に薄く張った霜へ目が移った。霜の縁が少しだけ盛り上がり、棚の角に白い粉のようなものが溜まっている。拭くなら今だと思ったが、濡れた布を取りに行く動作まで考えると、氷一個の話ではなくなる。結局、皿を持ったまま、奥行きだけ測るように顔を近づけた。

水を入れ直すため、蛇口の下で製氷皿を裏返した。残った一個は外れず、端のくぼみに薄い水の膜だけが広がった。皿を振ると今度は小さく音がして、僕はその音を聞いてから蛇口を閉めた。水をどこまで入れるかでまた迷い、線の少し下までにするか、いっぱいまでにするかを、まだ決めずにいる。

朝の小雨に濡れたケイトウの花先

ケイトウの花言葉を、雨粒のついた花先で考えた

雨粒がいくつか残ったケイトウの花先を、出かける前に少し長く見ていた。水滴は花の表面を流れ落ちるというより、細かく盛り上がった部分の間に引っかかっている。近づいて見ても、どこが花びらの端なのか、最初からよく分からない形をしている。

ケイトウの花言葉を思い浮かべると、「おしゃれ」や「個性」という言葉が出てくる。以前なら、赤や橙の目立つ色から付いたのだろうと簡単に考えていた。でも今朝は、色よりも花先の不揃いさが目についた。きれいに平らにならされていないのに、全体としては崩れて見えない。

水滴の一つが重さに負けて落ちたあと、その跡だけ少し暗くなった。僕はそれを見て、花言葉の「個性」は、変わった形をしているという意味だけではないのかもしれないと思った。均一でない部分を隠さず、そのまま花の輪郭にしているところが、ケイトウらしい。

ただ、「おしゃれ」という言葉を花に当てはめると、少し人間の都合が混じる感じもする。服の襟や髪型なら、整える手を止めれば形が変わるけれど、この花先は誰かが選んだ飾りではない。雨に濡れても、乾いても、たぶん同じようには戻らない。そのあたりを考えているうち、僕は水滴の数を数えようとして、三つ目でやめた。

葉の付け根にたまった水を見てから、また花先へ視線を戻した。朝の小雨で少し重たそうに見えるのに、花の形そのものは判断できるほど残っている。ケイトウの花言葉を一つに決めるなら、僕は「個性」と書く。ただ、メモを取るほどのことでもないので、濡れた先端をもう一度だけ見ていた。

夕暮れの湖畔にある平たい石と水際の草

湖畔の石を動かさないまま、足元の水を見ていた

湖畔の石を見つけたところから。

湖畔の石の横で、僕はしゃがんだまま動けなくなった。動けないというほど大げさなことではなく、立ち上がる理由をいったん後回しにした、というほうが近い。石は平たく、灰色の表面に薄い傷が一本だけ入っていた。拾って裏側を見れば、別の形が分かるはずなのに、手を伸ばすところまでは進まなかった。

夕暮れの湖畔は、昼間より輪郭が少なく見える。草の先と水の境目が少し曖昧になっていて、石の周りだけが妙にはっきりしていた。昨日の雨が残っているのか、近くの地面には暗い部分があり、靴底をどこへ置くかを先に選んだ。石を踏まないようにしたのではなく、踏んだ場合に傷が増えるかを考えていた。

裏側を確かめるのをやめた。

僕はこういうとき、対象そのものより、確認しなかったことを覚えている。石の裏に小さな虫がいるか、水に接していた面が白くなっているか、見ればすぐ分かることなのに、見ないままにしておく。知らない状態を大切にしているわけではない。ただ、今ここで石をひっくり返すと、元の位置へ戻す作業まで発生するのが面倒だった。

水面へ目を移すと、岸に近いところだけ細い波が伸びていた。風が強い感じはないのに、石の脇の水だけが何度も同じ場所へ寄ってくる。そのたびに暗い地面の色が変わり、傷の一本も少し見えにくくなった。僕は石を見ていたはずなのに、次は水が戻る速さを数えかけて、三回目でやめた。

遠くの景色を眺めるために来たわけでもなかったので、立ち上がって湖全体を見る必要はなかった。それでも一度だけ首を上げ、空の明るさがまだ水面に残っているかを確かめた。残っているようにも、草の間からそう見えているだけのようにも思えた。こういう判定は、僕にはいつも少し甘い。

石の右側には、細い草が一本だけ寝ていた。踏まれたのか、雨で倒れたのかは分からない。指で起こすほどではないが、その向きのせいで石の形がわずかに欠けて見える。僕は草を避けるために足をずらし、ずらしたあとで、最初の位置のほうがよかったかもしれないと足元を見直した。

水際から小さな音がして、また石の表面へ注意が戻った。音の正体を探すほどではなく、波が当たっただけだと思っている。思っているのに、傷の端へ水が届いたかどうかだけは見た。届いていなかったので、僕はそこから少し離れた場所にしゃがみ直した。

立てば済むことを、まだ済ませずにいる。石を持ち上げないまま、周囲の草を踏まない足場だけを選び直しているうちに、湖畔の色がまた一段暗くなった。僕は膝に力を入れたが、完全には伸ばさず、石の表面に残る傷をもう一度見ようとしている。

午後の湿地で乾いた土と草の境目を見つめる水際の風景

湿地の水際で、足を置く場所を選んだ午後

湿地の水際で、足元を見た

草の間から出たところで、僕は足を止めた。湿地の水際は、道のように見える部分が続いているのに、土の色が少しずつ違っていた。乾いて白っぽい場所の隣に、靴底を受け止めそうで受け止めない暗い土がある。先に進むだけなら、どこでも踏めそうだった。

昨日の雨が残っているのか、水面に近い草は根元から寝ていた。水は濁ってはいないが、岸との境目がはっきりしない。僕は靴先を浮かせたまま、まず細い草の倒れ方を見た。踏まれた跡に見えるものもあったけれど、人のものか、ただ風で押されたものかは分からない。

乾いた土の隣で迷う

右足を置く候補を三つに絞った。白い土の上は固そうで、少し先の平らな草は沈みそうだった。その間にある細長い場所には、折れた茎が一本横たわっている。こういうとき僕は、進みやすさより、戻るときに見失わないかを先に考えてしまう。自分でも面倒な基準だと思う。

試しに靴の先だけを乾いた場所へ出し、体重は移さずに引いた。土は崩れなかったが、安心できるほどの確認でもない。湿地の縁では、固いところが広いとは限らないらしい。分かったようなことを考えた直後、僕は水面に浮いた小さな葉の向きを見ていた。足場とは関係がないのに、同じ方向へそろっているのが気になった。

そのあいだに、背中へ回った日差しでシャツが少し張りついた。午後の湿地は明るく、草の影が水際へ細く伸びている。遠くまで見渡せるせいで、目の前の十数センチだけを選ぶ自分が余計に細かく感じられた。けれど、広さを見て歩けるわけではない。

一歩だけ、土の上へ

折れた茎を避け、白っぽい土の中央へ足を置いた。靴底の下で小石が二つ動いたので、すぐには次の足を出さなかった。沈まないことを確かめるというより、動いた小石の位置を覚えようとしていた。覚えても仕方がないのに、そういう細部だけは残る。

水際から離れる方向には、草の間にもう少し乾いた帯が続いている。僕はそちらへ向きを変えたが、二歩目の前でまた止まった。先ほどより平らに見える場所の端が、薄く割れている。そこを避けるために足を横へずらし、折れた茎の先だけを靴で押さえないようにした。まだ進んだとは言いにくいところで、文章を閉じることにする。

午後の光を受ける赤いサルビアの鉢植え

サルビアの花言葉は、咲き方のばらつきから考えた

サルビアの花言葉を考えた午後

赤いサルビアの前で、僕は花の名前を確認するように、同じ列を二度見た。午後四時三十六分の光はまだ強く、花びらの赤が濃く見える。最初は、その色だけでサルビアの花言葉を決めてしまいそうになった。赤なら情熱、という短い連想がすぐ出てきたからだ。

けれど、手前の一輪は鮮やかな赤なのに、隣の花は少し黒みを含んでいた。茎の上のほうだけ咲いているものもあれば、下側の花を残したまま先端が細くなっているものもある。同じ株の中でここまで揃わないと、色を代表者にするのが急に雑な気がしてきた。

赤の濃さ以外に見えたもの

僕は花びらではなく、花の向きを見ていた。まっすぐ上を向く花の横で、ひとつだけ重さに負けたように斜めへ傾いている。葉には昨日の雨の名残らしい小さな土の粒があり、乾いた縁が少し丸まっていた。花言葉を調べるなら、こういう部分は邪魔になるのだろうが、僕にはこちらのほうが目から離れなかった。

以前、赤い花を見て「強そう」と書いたことがある。そのときも、花の強さを色に押しつけただけだった気がする。今回も同じことをしそうになり、スマートフォンを取り出す前に、咲いていないつぼみの数を数えた。数は途中で分からなくなり、三つ目あたりでやめた。

サルビアの花言葉には、燃えるような印象に近い言葉が並ぶことがあるらしい。そういう由来を一文だけ読んでから、また目の前の株へ戻った。赤い花が並んでいても、開く順番も傾きもばらばらで、ひとつの意味に押し込めるには少し細部が多い。

結局、僕の中のサルビアの花言葉は、濃い赤そのものではなく、赤いまま揃いきらずに咲いていることになった。そう書きかけて、鉢の端に落ちた花びらを拾うかどうか迷い、指を伸ばしかけたところで止めた。

午後の歩道に続く点字ブロックと継ぎ目の前で止まる靴

点字ブロックの継ぎ目で、靴先を止めた午後

歩道を進んでいた靴先が、点字ブロックの継ぎ目の手前で止まった。止めるつもりはなかったので、右足だけが少し前に出た格好になり、左足の置き場が妙に中途半端だった。昨日の雨が乾いた歩道には薄い汚れが残り、黄色いブロックの端にも細かな砂が寄っている。継ぎ目は大きくずれているわけではないのに、靴底から伝わる感触が一度途切れた。

僕はそのまままたげばよかったのだが、靴先を数センチ戻した。点字ブロックの上を歩いていたわけではない。横を通るつもりで、たまたま端に近づいただけだ。それでも、足を出す順番を決め直すまで動けなかった。こういうとき、僕は段差の高さより、段差を見たあとに自分がどちらへ避けるかを先に考えてしまう。

顔を上げると、少し先のブロックが建物の前で折れていた。曲がり角の部分だけ、直線の黄色が短く切れている。そこを目で追っていたら、横から自転車が通り過ぎ、僕は歩道の外側へ半歩寄った。自転車が去ったあとも、足はすぐ元の位置へ戻らず、靴のかかとが舗装の小さなざらつきを拾っていた。

継ぎ目を避けるなら、右へ寄るほうが簡単だった。けれど右側には植え込みの縁があり、左へ寄れば歩道の中央に近くなる。迷うほどのことではないのに、僕はブロックの幅を目で測るように見ていた。正確に測れるわけでもなく、黄色い四角が靴の横に何枚並ぶかを数えかけて、二枚目でやめた。

結局、靴先を少し左へ向けて継ぎ目を越えた。越えたあとに振り返ることはしなかったが、足裏には段差の形が残っていた。午後の明るさで路面はよく見えていたのに、見えているから歩きやすいとは限らないらしい、などと考えながら、次の角まで歩いたところで、今度はブロックの外側にある小さな砂の筋を避けた。

夏の朝の光を受けるサルスベリの咲き残った一房

サルスベリの花言葉を、咲き残った一房で考えた

サルスベリの枝を見上げたところで、咲き残った一房だけが目に入った。周りの花はもう少なく、葉の緑のほうが広く見える。その一房も、花びらが全部そろっているわけではなく、薄い紙を小さく丸めたような部分がいくつか残っているだけだった。朝の七時半は雲が切れたり戻ったりしていて、夜明け前の雨を含んだ葉がまだ乾ききっていない。僕は出かける支度の途中だったのに、靴を履く前の中途半端な姿勢で、しばらく枝の先を見ていた。

サルスベリの花言葉を思い浮かべると、最初に出てくるのは「雄弁」だった。花が長く咲くことから「愛嬌」や「不滅」と書かれているのも見たことがある。ただ、今日の一房に雄弁という言葉を置くのは少し大げさに感じた。盛んに咲いている時期なら、枝いっぱいの花に押されて何も考えなかったかもしれない。残った数輪だけを見ていると、言葉のほうが先に立って、花を隠してしまうようだった。

近くまで寄る代わりに、僕は首を少し傾けた。正面から見ると花房の隙間が目立つのに、横から見ると細い枝と葉の間にまだ色がある。花言葉を調べ直そうとして、画面を開きかけたが、候補を増やすだけになりそうでやめた。以前なら、いちばんきれいに聞こえる言葉を選んで記事の題にしていたと思う。今回は「雄弁」と書いてから、すぐに消した。花が話しているというより、僕が勝手に言わせようとしている感じがしたからだ。

それでも何も決めずに離れるのも落ち着かず、結局、メモには「サルスベリの花言葉、保留」とだけ書いた。保留という字が花の名前の横に並ぶと、記録というより買い物の忘れ物に近い。葉の先から水滴が一つ落ち、足元ではなく少し離れたところに当たった音を聞いた。僕はその音の場所を探してから、玄関のほうへ体を向けた。途中でまた花房を見ようとして、首だけが戻りかけたところで、靴ひもがほどけているのに気づいた。

雨の夜、窓辺に置かれたスマートフォンと外の暗い景色

離岸流のニュースを読んで、海に入る前の判断を考えた

ニュース欄で、離岸流に流されたときの対処を扱った記事を開いた。海の映像より先に、画面に出てきた「戻ろうとして泳ぎ続けない」という趣旨の言葉で指が止まった。短い説明なのに、僕はそこを二度読んだ。海へ行く予定があるわけでもないのに、泳げるかどうかより、やめる判断のほうが難しそうだと思った。

20時05分の東京は湿った空気で、窓の外では細い雨が続いている。記事を読みながら、夏の海を頭に浮かべたが、きれいな水面ではなく、沖へ向かう流れを見分けられずに立っている自分が出てきた。波が穏やかに見えたら、たぶん「少しくらい」と言って入ってしまう。そういう自分の軽さを、記事の文章に先回りされている気がした。

ライフセーバーが救助に向かう場面にも触れられていた。助けを呼ぶ人がいると分かっていても、そこへ任せるまでには声を出し、浮いて待つ必要がある。僕なら岸へ戻ろうとして、余計に体力を使いそうだ。泳ぎの練習をしていた頃も、苦しくなると水を強くかいてしまった。力を抜くという言葉だけ、妙に実行しにくい。

スマートフォンを伏せて、海水浴の予定がないことを確認した。確認してから、そんな確認をする必要はなかったと少し笑った。それでも、遊びに行った先で周りが水に入っていたら、自分も断りにくい場面はありそうだ。泳がないと決めるのは、臆病さを隠すことではなく、流れを見た人の指示を聞くことまで含めておきたい。雨音が途切れたので、記事の画面をもう一度だけ開いた。

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