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思考と技術の記録。besoft Blog

開発・設計・運用・プロダクトづくりのなかで得た知見を、読みやすくまとめて共有します。

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オフィスの机に置かれた缶コーヒーと書類

残業と腹時計

夕方のオフィスで、書類の端を折り曲げてから手を止めた。時計は六時半を少し回っていた。窓の外はまだ明るいけど、空は灰色っぽい雲で覆われている。湿度が高いのか、窓ガラスが少し曇っているように見えた。

同僚の田中はとっくに帰った。彼のデスクのモニターは消えていて、イスの背もたれに上着が掛かったままだった。忘れたんだろう。

パソコンの画面には、まだ半分も終わってない表が広がっている。明日の朝までには仕上げるって言ったのに、数字がうまく合わない。計算し直そうと思ったが、その前に腹が鳴った。低い、長い音だった。自分でも驚くくらいはっきり聞こえた。周りに人はいないけど、思わず腹に手を当てた。

この時間に帰れば、確かめるまでもなく中央線は混んでいるはずだ。でも残って仕事を続ける気にもなれない。弁当を買いに行くか、コンビニで何か食べてから戻るか。エレベーターホールの自販機で缶コーヒーだけ買って戻ったこともあったが、それだと胃がもっと鳴く。

窓の外を見ると、向かいのビルの窓に明かりが点き始めていた。一階の居酒屋の看板が、ちらつきながら光っている。椅子の背に体重を預けて、天井の蛍光灯を見上げた。目を細めると、光の周りに輪っかが見える。

エアコンの風が首の後ろに当たる。冷たいけど、肌にまとわりつく湿気が取れない。書類の紙の匂いと、床のワックスの匂いが混ざっている。

コーヒーの缶が机の隅に置いてある。まだ開けていない。プルトップに指をかけたまま、止まった。

夕方の街路樹の幹に触れる手

夕方の街路樹、手触りと匂い

夕方の街路樹

幹に手のひらを押し当てた。ざらついた樹皮が指の腹に引っかかる。日中の熱がまだ残っていて、皮膚にじんわりと伝わってくる。幹を巻く蔦の葉はひんやりしていて、触れた指先が一瞬冷えた。まだ温かい空気と混ざって、体温の境界がわからなくなる。指を離すと、樹皮の感触がまだ残っている。

足元に目をやると、根がアスファルトを持ち上げてひび割れを作っている。太い根の表面はつるつるした部分とざらざらした部分が混ざっていて、指でなぞると細かい粒が落ちた。乾いた土の匂いが立ち上がる。根の隣に小さな蟻が一匹、歩いている。足を止めて見ていると、蟻はひび割れの奥へ消えた。根の横に、小さな石が落ちていた。拾って地面に置いた。

顔を上げると、枝の隙間から雲が流れている。薄暗くなり始めた空の色が、葉の裏側に映っている。風が止まっていて、葉の揺れる音がしない。代わりに、遠くで車のエンジン音が聞こえた。その音が次第に近づき、通り過ぎて、また遠ざかる。一時的に排気ガスの匂いが混じったが、すぐに消えた。空の雲がゆっくりと動いているのがわかる。風が吹くたびに、葉の裏側が見える。

もう一度幹に耳を近づけてみた。何の音も聞こえない。樹皮のざらつきだけが頬に当たっている。しばらくそのまま動かずにいると、自分の呼吸の音だけが聞こえてくる。目を閉じてみた。何も変わらない。

夕方の公園のベンチの下に転がる空き缶と靴

夕方の公園、空き缶と靴

駅から歩いて十分ほどの公園に来た。ベンチに座る。足元に空き缶が一つ落ちている。

缶は少し潰れている。昨日の雨で表面に錆びたような茶色い跡がついている。ラベルは半分剥がれかけて、中の銀色が見えている。飲み口の周りに埃が溜まっていた。

夕方の陽射しが木の間から斜めに落ちて、缶の一部だけを照らしている。光が当たった部分は乾いていて、影の部分はまだ少し湿っているように見える。

靴で軽く蹴ると、缶は乾いた音を立てて転がり、数センチ先で止まった。また元の位置に戻す。風が吹いて、缶の横の落ち葉が動いた。遠くで子供の声がして、すぐに静かになる。

手を膝に置いたまま、缶を見ていた。

夕方の東京の歩道にある緑色の電話ボックス

電話ボックスの明かり

電話ボックスの明かり

歩道の端に電話ボックスが一台、設置されている。ボックスは緑色で、塗装が剥げているところがある。歩道側のガラスは曇りがついていて、内側がよく見えない。

中をのぞき込むと蛍光灯がついていた。まだ十七時半で外は明るいのに、あの白い光はもう夜のものだ。受話器がフックにかかっているのが見える。ダイヤルボタンの数字もはっきり見える。ダイヤルボタンの数字はかすれている。

戸を引いた。取っ手はそれほど熱くないが、少し温かかった。中に入ると、冷房はないが直射日光を避けられる分、外よりはましに感じる。受話器を取るとツーという音が続いている。耳に当てると何も聞こえないわけではないが、無音に近い。ボタンを押すかどうか迷って、結局受話器を戻した。受話器のプラスチックは少しべたつく。

案内板の紙は縁が黄ばんでいて、文字が薄くなっている。ボタンの隙間にほこりがたまっている。風はほとんどなく、湿度が高い。汗がにじむ。耳の後ろに汗がたまる。

外に出ると、ガラスの表面に自分の顔が逆さまに映った。ちょうどそのとき、サラリーマンらしい男が通り過ぎていった。スマートフォンを片手に見ている。誰も電話ボックスには近づかない。遠くで蝉の鳴き声が聞こえる。

しばらくその場に立っていた。足元にタイルの継ぎ目がある。左足でその線を踏んでみた。そして、振り返らずに歩き出した。交差点の信号が変わるのが見えた。足音が二つ聞こえた。空はまだ明るいが、西の空が少し赤くなっている。

夕方のガレージに置かれた工具と、半分閉じたシャッターから差し込む光

工場扇の風、夕方のガレージで

夕方、ガレージのシャッターを半分上げた。昨日の雨で地面がまだ濡れているところもある。空気は重く、動かない。温度計は28度だ。湿度が高く、肌にじっとりと貼りつく感じがする。

ネットで見たナカトミの工場扇、QZC-45がタイムセールになっていた。45センチの大きな羽根、キャスター付きで移動できるという。今ガレージにあるのは普通の扇風機で、風が届かない場所が何か所かある。エアコンはないので、夏の夕方はいつもこの重い空気と向き合うことになる。新品を買うかどうか、その値段を何度か見直した。ポイントを使えばもう少し安くなるが、まだ決めていない。画面を閉じて、ガレージの中を歩く。

隅の工具箱の上に、古い扇風機のリモコンが置いてあった。もう使えない。コードが切れている。プラスチックの部分が黄ばみ、ボタンの印字はほとんど消えている。夕方の光がシャッターの隙間から差し込んで、コンクリートの床に長い影を作っている。床には何かの油が垂れた跡がいくつかある。その染みをしばらく見ていた。

工場扇の風量はどれくらいなのだろう。商品ページには3段階の風速調節ができると書いてあった。45センチの羽根が回れば、この湿った空気も動き出すかもしれない。でもまだ買っていないので、想像だけが先にいく。表の道路を車が通る音が聞こえる。シャッターの下から少し風が入ってきたが、ぬるい。タイムセールはあと数時間らしい。もう一度スマホを見ようとして、やめた。ガレージのシャッターを半分閉めた。風が来るかどうかは、まだわからない。

セブン-イレブンの棚に並ぶちいかわコラボの赤魚の煮付のパッケージ

セブンのちいかわ赤魚の煮付、午後の棚で

午後4時を過ぎた頃、セブン-イレブンに立ち寄った。ガラス戸の隙間から冷房の風が漏れてくる。店内は夕方の薄暗さと蛍光灯の白い光が混ざっていた。靴底が床に引っかかるような感触がある。サッカー台の横の棚に、見慣れないパッケージがいくつか並んでいる。

近づいてみると、ちいかわのキャラクターが印刷された「赤魚の煮付」だった。昨日、SNSで「人の心はあるのか」なんて書き込みが話題になっていたのを思い出す。透明の容器から煮汁の色が透けて見える。蓋のシールが少し浮いていて、親指で押さえてみた。骨があるのかどうか、パッケージの裏の表示を確認しようとしたが、細かくてよく読めなかった。

横の棚には同じコラボのパンやお菓子が何種類か並んでいる。どれもキャラクターの大きなイラストがついていて、子どもの頃に好きだったシール付きのお菓子を思い出した。つい手を伸ばしたが、財布の中身を思い出して引っ込めた。

冷蔵ケースの前まで歩いてから振り返る。あの赤魚の煮付、買っておけばよかったかなという気持ちが一瞬よぎる。でも今日はやめにした。レジに向かう途中、もう一度棚を見た。紫色のパッケージが一つ、まだそこにあった。夕方の日差しが棚の端に当たって、プラスチックの蓋が少し光っている。店を出る前に、もう一度だけ横目で棚を見てからドアを押した。

午後の商店街の歩道、排水溝の金網に日差しが影を作る

歩道脇の排水溝、午後の陽射し

商店街の歩道を歩いていると、足元の排水溝に目が留まった。金網の格子が、斜めの日差しで影を作っている。網の目が長方形に伸びて、アスファルトに刻まれている。

昨日の雨がまだ少し溜まっているのか、網の下が暗く見える。表面は乾いているが、触ってみると少し湿っていた。指先に砂がついた。

向こうから自転車が来る。ベルを鳴らさずに、ゆっくりと通っていく。女性の後ろの荷台に、ビニール袋が二つぶら下がっている。何が入っているのか、考えてもわからない。

歩道の端に目をやると、タバコの吸い殻が一つ落ちている。フィルターの先が少し潰れている。昨日の雨で濡れたのか、色がにじんでいる。それを見てから、また排水溝に目を戻す。

金網の一部が少し浮いている。誰かが蹴ったのだろうか。つま先で軽く押してみると、カチッと音がした。そのままにしておく。

ふと、子どもの頃に使っていた将棋の駒を思い出す。木の表面がひび割れて、触るとざらざらしていた。あの感触が、指先に蘇る。なぜ今、そんなことを思い出したのかわからない。また歩き始める。

角を曲がると、自動販売機が二台並んでいる。缶コーヒーのボタンが一つ、押し凹んでいる。誰かが押したまま戻らなかったのだろうか。

振り返ると、さっきの排水溝の影がもう少し長くなっている。何分経ったのか。立ち止まっていた時間が、測れない。

午後の交差点で巻き上げられるシャッター

午後の交差点、巻き上げられたシャッター

午後の交差点。信号待ちで立ち止まると、向かいの店先でシャッターが巻き上がる音がした。金属の擦れる音が乾いた空気に吸い込まれていく。店主らしい男が腰をかがめて、手動のハンドルを回している。シャッターはゆっくりと上がり始めたが、途中で止まった。男がハンドルを逆に回し直す。もう一度巻き上げると、今度はスムーズに上がっていく。その様子を見て、口元が少し緩んだ。シャッターの下から店内の暗がりが広がる。床には細かな埃の跡が残っている。日光が斜めに差し込んで、金属面に反射する。まぶしくて目を細める。シャッターの下端が腰の高さに達したところで男は手を離した。中から冷房のない店の空気が流れ出してくる。生温かく、埃と紙の匂い。看板はまだ出ていない。内側に貼られた古いポスターが破れている。信号が変わった。歩き出そうとして、もう一度見る。男は奥へ消えていくところだった。足元に影が落ちる。アスファルトのひび割れに目が行く。歩き出した。

歩きながら、バッグのポケットに手を入れ鍵を触る。数日前この交差点で見かけた猫を思い出す。その猫はいなかった。信号機が歩行者用の点滅に変わる。渡り切ったところで振り返る。シャッターは完全に上がり、店内の蛍光灯がついている。男の姿はもう見えない。アスファルトのひび割れに沿って伸びる影。自分の影だ。額に汗がにじむ。手の甲で拭う。ふと、昔通っていた中学校の体育館のシャッターを思い出した。あれは手動ではなく電動だった。何の関係もない話だ。そのまま歩き続ける。

交差点のアスファルトに立つ陽炎の夏の正午

交差点のアスファルト、陽炎

信号が青に変わった。車が交差点を横切る。その先のアスファルトの表面で、空気がゆらゆらと立ち上がっている。陽炎だ。まぶしい。目を細めてしばらく見ていた。遠くの車の形がぼやけている。

道路のアスファルトはところどころひび割れている。ひび割れの縁は少し盛り上がっていて、色が濃い。日差しが真上から落ちているので、影はほとんどない。自分の足元の影だけが丸く縮んでいる。靴底から熱が伝わってくる。背中に汗をかいている。シャツが肌に張り付く。首の後ろが日焼けでひりひりする。

トラックが通りかかる。タイヤが路面を叩く音と、かすかな振動が足に伝わる。通り過ぎるときに排気の熱い風が一瞬顔をかすめた。熱い。また静かになる。アスファルトの切れ目に沿って細かい砂が溜まっている。その上に陽炎が揺れている。

道路を渡ろうかと思ったが、そのまま立ち止まっていた。コンクリートの縁石に手を触れる。熱い。手のひらに石のざらつきが残る。汗が首筋を流れている。目を拭った。指に汗がついた。その指をズボンで拭いた。

視線を戻すと、陽炎はまだ揺れていた。アスファルトの割れ目から生えた草の葉が茶色くなってしおれている。その隣に、もう一つ小さな芽が出ていた。どちらも動かない。そのまま立って、陽炎を見続けた。風がなく、動くものは陽炎だけだった。

頭の上で信号がかちかちと音を立てた。歩行者用の青が点滅し始めていた。点滅が終わると、また赤に変わった。車がまた通り始めた。陽炎は変わらず揺れている。

茶色い蝉の抜け殻が木の幹に張り付いている

蝉の抜け殻

正午の公園

正午の太陽が真上近くにある。木陰に入ると、汗が引くまで少し時間がかかる。幹の表面に、茶色い抜け殻が一つ張り付いていた。翅の先が少し欠けている。指でそっと触れると、乾いた感触が伝わる。中は空洞だ。足の先の部分が幹から剥がれかかっていた。引っ張るかどうか迷って、指を離した。

そのまましばらく立っている。耳に蝉の声が入ってくる。低い鳴き声と高い鳴き声が混ざっている。風がほとんどない。地面に目を落とすと、足元の草の葉が日差しで白っぽく光っている。枯れた葉が一枚、転がっていた。

また抜け殻に目を戻す。触ろうかと思ったが、もう触らない。手を引っ込めて、ポケットに突っ込んだ。靴の先で地面を軽く蹴った。砂埃が少し上がった。指先に乾いた感触が残っている。ズボンの腿に擦り付けた。首の後ろに汗がにじんでいる。手の甲で拭う。幹の陰になっている部分は、日向より少しひんやりする。抜け殻の脚の先は、細く曲がっていた。

もう一つ上の方に抜け殻がないか、目を細めて探す。見つからない。視線を下ろすと、根元の土の上に小さなアリが一匹歩いている。草の影と日向の境目を、行ったり来たりしている。目を閉じると、瞼の裏が赤く透ける。蝉の声が一段と大きく聞こえる。鼻の奥に、乾いた草の匂いがする。アスファルトの熱気が頬に当たる。目を開けると、すぐ近くの地面に、蝉の死骸が一匹落ちていた。仰向けで、足を縮めている。触る気にはならなかった。

自分の影を一瞬見る。ほとんど丸く、足元にしかない。時計は見なかった。また抜け殻を見る。背中の割れ目は、きれいな縦一文字だ。頭の部分の穴から、出てきた跡が分かる。

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