
残業と腹時計
夕方のオフィスで、書類の端を折り曲げてから手を止めた。時計は六時半を少し回っていた。窓の外はまだ明るいけど、空は灰色っぽい雲で覆われている。湿度が高いのか、窓ガラスが少し曇っているように見えた。
同僚の田中はとっくに帰った。彼のデスクのモニターは消えていて、イスの背もたれに上着が掛かったままだった。忘れたんだろう。
パソコンの画面には、まだ半分も終わってない表が広がっている。明日の朝までには仕上げるって言ったのに、数字がうまく合わない。計算し直そうと思ったが、その前に腹が鳴った。低い、長い音だった。自分でも驚くくらいはっきり聞こえた。周りに人はいないけど、思わず腹に手を当てた。
この時間に帰れば、確かめるまでもなく中央線は混んでいるはずだ。でも残って仕事を続ける気にもなれない。弁当を買いに行くか、コンビニで何か食べてから戻るか。エレベーターホールの自販機で缶コーヒーだけ買って戻ったこともあったが、それだと胃がもっと鳴く。
窓の外を見ると、向かいのビルの窓に明かりが点き始めていた。一階の居酒屋の看板が、ちらつきながら光っている。椅子の背に体重を預けて、天井の蛍光灯を見上げた。目を細めると、光の周りに輪っかが見える。
エアコンの風が首の後ろに当たる。冷たいけど、肌にまとわりつく湿気が取れない。書類の紙の匂いと、床のワックスの匂いが混ざっている。
コーヒーの缶が机の隅に置いてある。まだ開けていない。プルトップに指をかけたまま、止まった。








