
夜の台所で、シンクの隅に指を置いた
台所の明かりをつけずに、シンクの前に立った。なんとなく、右の人さし指を伸ばして、シンクの角の、ボウルと縁のつなぎ目あたりに触れてみる。
金属の冷たさが指の腹に吸いつく感じ。そのまま、そっと押し当ててみると、表面はつるりとしているのに、目には見えない細かなざらつきが指紋にひっかかる。水垢だろうか。力を少しだけ込めて、円を描くように動かす。きゅ、というより、す、に近い摩擦音がかすかに聞こえた。
指を離して、今度は中指と薬指の二本で、同じ場所をなぞる。さっきより広い面積で触れると、ざらつきは均一じゃないことがわかる。部分的に、わずかに盛り上がったような箇所があって、そこだけ指が引っかかる。爪を立てて軽くこする。カリカリと音がして、小さな白い粉が爪の先にたまった。炭酸カルシウムか何かだろう。そういう話をどこかで読んだ気がする。
シンクの下の収納を開けて、タオルを取り出そうかと思ったが、やめた。もう一度、指の腹で、こすった場所を撫でてみる。さっきより滑らかになっている。でも、完全ではない。何度やっても、少しだけ跡が残るんだろうな。
そういえば、子供の頃、庭の水道の蛇口にこびりついた白い汚れを、同じように爪で削ったことがあった。あの時は、夏休みの自由研究みたいな気分で、熱心にやったけど、結局、中途半端に終わった。
蛇口から、水滴が一滴、シンクに落ちる。音が静かな台所に響いて、それからまた、エアコンの室外機の低い振動だけが聞こえる。指先はまだ、シンクの隅に置いたままだ。冷たさはもう感じない。








