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思考と技術の記録。besoft Blog

開発・設計・運用・プロダクトづくりのなかで得た知見を、読みやすくまとめて共有します。

記事一覧

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深夜の部屋でスマホを眺めながら短パンのことを考えている男性

深夜に短パンの未来を考えていた

深夜0時を回った。クーラーを弱めた部屋でスマホを眺めていると、「短パンおじさん」という言葉が目に飛び込んできた。大人が洒落て見える夏コーデを紹介する記事らしい。僕は履き古した短パンでソファにだらりと座っている。まさに短パンおじさんだ。記事によれば、ミドルエイジの男性が夏に短パンを履くのは若い女性から不評らしい。パーカおじさんに続き、やり玉にあがっているらしい。パーカはともかく、短パンは夏の必需品だろうと僕は思う。確かに、街で見かける短パン姿の男性はお世辞にも洒落ているとは言いがたい。くたびれたTシャツにサンダル、みたいな組み合わせが多い。僕自身、今日もそんな格好でコンビニに行った。涼しさ最優先で、つい手が伸びるのだ。部屋着としての短パンは最高だ。動きやすいし、洗濯も楽だ。流行に疎い僕は、これまで深く考えたことがなかった。記事を読み進めると、素材や丈、合わせる靴で印象が変わると書いてある。ロングソックスを組み合わせると今風だとか。どうやら世の中は、短パン一つとっても進化しているらしい。暗い部屋で、自分の膝小僧を見下ろした。毛深くてみっともない。でも、これが僕の脚だ。明日、新しい短パンを買いに行こうか。いや、たぶんいつものやつを履く。スマホの画面を閉じると、部屋の静けさが戻った。クーラーの音だけがやけに大きく聞こえる。

夕暮れのベランダで鉢植えの土の乾き具合を確かめる様子

十九時半、ベランダで鉢植えの土が乾いているか指で確かめた

ベランダに出ると、まだ空は明るかったけど、西の方がうっすら橙色に染まり始めていた。時刻は十九時半。エアコンの室外機の横に置いてある鉢植えの前にしゃがみ込んで、土の表面を指でそっと押してみた。乾いているのか、湿っているのか、ぱっと見ではよくわからなかったからだ。

指先に感じたのは、さらさらとした感触で、少しだけひんやりしていた。午前中に降ったらしい雨の名残が、まだほんの少しだけ残っているようだった。でも、すぐに指を引っ込めると、指先には土がほとんどついてこない。表面だけじゃなくて、もう少し深いところはどうだろうと、今度はもう少し強く押してみる。同じだ。どうやら、今すぐ水をやらなくても大丈夫そうだ。

水やりは明日の朝でいいか、と決めて立ち上がろうとしたとき、隣の鉢の受け皿に溜まった水が目に入った。そういえば、昨日の夜中に少し雨が降ったんだった。受け皿の水は、透明ではなく、うっすらと緑色がかっている。藻でも生え始めたのかもしれない。排水溝の方も、最近掃除してなかったなと思い出し、ついでに覗き込んでみた。

やっぱり、溝の隅に少しだけ緑色のものが溜まっている。明日こそ掃除しよう、と思いながら、でも、明日になったらまた忘れてしまうんだろうな、とも思った。結局、土が乾いているかどうかの確認だけして、部屋に戻った。指先についたわずかな土を、キッチンのシンクで洗い流す。水は冷たくて気持ちよかった。

ずれたミシン目のレシートを持つ手元

十七時半のミシン目、ずれていた

コンビニを出ようとして、さっき受け取ったレシートのミシン目が、一箇所だけつながっていた。

いつもなら指先で力を入れて切れるのだが、今日はどうしてもそこだけ千切れない。湿気のせいか、紙の繊維の向きか。そんなどうでもいいことを考えながら、僕はレジ横の小さなはさみを探した。

店員さんに声をかければすぐ解決するのに、なぜか自分ではさみを見つけたくて、カウンターの隅やペン立ての陰をのぞき込む。ない。仕方なく、財布から小銭入れを取り出して、金属の縁で押し切ろうとした。うまくいかない。傷がついただけだった。

はさみは結局、レジの向こう側にあった。店員さんが「どうぞ」と差し出してくれたので、礼を言って受け取る。そして、つながっていた一点を丁寧に切り離した。切り口は少し白く毛羽立っていて、他の部分より太かった。

ふと、中学生の頃、家庭科の授業で布を切るテストがあったのを思い出した。ピンキングばさみで切り終えた布の端を、先生が指でなぞりながら「ここ、糸が出てる」と指摘したときの、妙に冷静な声が耳に残っている。そのときの減点が、通知表のどこかにまだ記録されているのかもしれないと、急に気になった。

はさみを返すと、店員さんが「ありがとうございます」と言った。僕のレシートはもう、普通に二つに折れる。ついでに隣のゴミ箱に捨てようかと思ったが、なんとなくポケットに入れた。

外に出ると、まだ空は明るいが風は少しぬるかった。もう一枚、別の店のレシートがポケットにあったのを思い出し、引き出してみる。そちらはミシン目がきれいに切れていた。どちらが先に捨てられるだろうか、と考えると、なぜか少しだけ、ずれていたほうに愛着がわいた。

軒下の排水溝に溜まった色とりどりの小石たち、フェルトのような柔らかな質感

昼下がりの軒下で、排水溝にたまった石を見ていた

軒下でちょっと立ち止まったら、排水溝のふたの隙間から覗く小石が目に入った。いつの間にか風で飛ばされてきたのか、薄茶色や灰色、濃い灰色と、色はまちまちだ。思わずしゃがみ込んでふたを持ち上げてみたら、予想以上にたくさん溜まっていて、どれも表面が少し湿っていた。午後の日差しがじりじりと背中に当たる。

手でかき集めて捨てようとしたんだけど、なぜか濃い灰色の石だけを先に選んで取り出し始めていた。別に理由はない。つい、色がはっきりしているものから片付けたくなる性分なのかもしれない。並べてみると、濃い灰色の石はどれも角が丸くて、川原にありそうな形をしていた。

このあたりに川はない。たぶん、ずっと前にどこかから運ばれてきたものが、こうして排水溝に落ち着いたんだろう。そう思いながら指で転がしていると、不意に子供の頃、祖父の家の庭にあった小さな池を思い出した。池の縁に、やっぱり似たような小石が敷き詰めてあって、僕はその中から平たい石ばかり拾っては並べていた。水面に跳ねさせるわけでもなく、ただ平たいというだけで集めていた。

手を止めて、改めて排水溝の中を覗き込む。まだ薄茶色の石が結構残っている。濃い灰色の石はもうほとんど取り除いたのに、何だか中途半端だ。でも、だからといって残りを全部きれいにする気にもなれず、ふたを元に戻した。

立ち上がって軒下から出ると、汗で額が湿っていることに気づいた。排水溝のことは、次の雨が降るまで忘れているだろう。

コンビニのカウンターに置かれた、二つ折りにされたレシート。周囲にはおにぎりとペットボトルがあり、ミニチュア風の柔らかな質感と温かな光が差し込んでいる。

昼下がりのコンビニで、レシートを二つ折りにした

会計を済ませて、トレイに置かれたレシートを手に取った。外は30度を超えているけど、店内の冷房がちょうどいい。おにぎりとアイスティーの組み合わせは、ここ数日の定番になっている。今日はツナマヨではなく、シャケにしてみた。

レジの店員さんは、いつもの若い男性ではなくて、今日は少し年配の女性だった。いつもより丁寧に「ありがとうございます」と言われた気がする。そんなことを考えながら、僕はレシートを二つ折りにした。理由は特にない。昔からの癖だ。

この癖、いつから始まったんだろう。たぶん、財布に入れるときに半分にしないと入らないからだと思うけど、実はちゃんと確認したことがない。今使っている財布はカード入れがメインで、紙幣を入れるスペースはあまり使っていない。レシートは大抵、そのままバッグのポケットに突っ込む。だから、二つ折りにする必要はないはずなのに、手が勝手に動く。

折り目をつけるとき、ほんの少しだけ、まっすぐに折れているか気になる。ズレていると、なんとなく落ち着かない。でも、誰かに見せるわけでもないし、すぐにポケットの中でくしゃっとなるのに。

今日のレシートには、シャケおにぎりとアイスティー、合計218円と印字されていた。端数が18円。消費税の計算が一瞬頭をよぎったけど、よく考えたらおにぎりは軽減税率の対象だ。どうでもいいことをつい考えてしまう。

折り終えたレシートを、胸ポケットに入れた。いつもはバッグのポケットなのに、今日はなぜかそうした。たぶん、店員さんの「ありがとうございます」がまだ耳に残っていて、少しきちんとしたくなったのかもしれない。自分でもよくわからない。

コンビニを出ると、むっとする暑さが体を包んだ。手に持ったアイスティーの冷たさだけが頼りだ。ポケットの中のレシートのことを、僕はきっと、家に着く頃には忘れている。

遅い朝の渓谷、川沿いの岩場に立つ男性の後ろ姿

遅い朝の渓谷で、水の冷たさを確かめなかった

11時を少し回ったところで家を出た。朝方まで小雨が降っていたらしく、アスファルトはまだ黒く湿っている。気温は27度を超えたあたり。Tシャツ一枚で歩き始めた。

近所の渓谷までは徒歩15分ほど。いつもなら通り過ぎるだけの遊歩道の入り口で、今日はなんとなく足を止めた。水の音が聞こえる。雨上がりのせいか、いつもより水量が多い気がした。

遊歩道を少し下ると、川に近づける岩場がある。誰もいなかった。大きな岩がいくつも重なっていて、その隙間を水が縫うように流れている。僕は一番平らな岩の上に立って、しばらく水面を眺めていた。足元の岩には苔がついていて、少し滑りやすい。左手の岩のくぼみに、前の人が置き忘れたのか、折れた枝が一本引っかかっていた。

いつもならここでしゃがみ込んで、手を水に浸してみるところだ。冷たさを確かめるというより、ただの癖のようなもの。でも今日は、どうもその気になれなかった。ズボンの裾が濡れるのが面倒だったのかもしれないし、あるいは、このあとすぐにスマホを触る用事を思い出したからかもしれない。とにかく、僕は立ったままだった。

代わりに、流れの速さを目で追った。葉っぱの切れ端がくるくると回りながら下流へ消えていく。それを二つ、三つと見送ってから、岩を降りた。結局、水には触らなかった。

家に戻る道すがら、ふと、手を洗っていないことに気づいた。いつもならあの水で指先を濡らすのだが、今日はそのままポケットに手を入れて歩いている。ポケットの中の小銭が少し湿った指に触れる感触を、なんとなく想像した。それだけの散歩だった。

川原で手に取った丸みのある石のイラスト

遅い朝の川辺で、石を一つ拾った

午前10時を過ぎた頃、散歩がてら近くの川辺に下りてみた。もう日は高くて、朝の涼しさはすっかり消えている。水際の石はまだ少し湿っていて、触るとひんやりした。

何となく足元の石をひっくり返してみたくなって、近くにあった握りこぶし大の石を持ち上げる。裏側は色が濃くて、細かい砂が張り付いていた。川の流れが作ったのか、表面にうっすらと白い筋が何本か走っている。特に珍しい石ではない。でも、その筋の模様が妙に気になって、しばらく手のひらで転がしていた。

そういえば、小学生の頃、図工の時間に石を拾ってきて絵の具を塗ったことがある。あの時は川原で平たい石ばかり探したっけ。理由は単純で、平たいほうが塗りやすいからだ。今手にしている石は丸みがあって、絵を描くには不向きだろう。そんなことをふと思う。

足元では、小さな魚が影から影へと泳いでいる。水は思っていたより澄んでいて、底の小石まで見えた。手に持った石をそっと水に浸してみると、途端に色が変わり、白い筋がくっきり浮かぶ。濡れたほうが模様がはっきりするらしい。面白いなと思いながら、石を元の場所には戻さず、もう少しだけ上流側の浅瀬に置いた。なぜか、さっきとは違う場所に置きたくなったのだ。

結局、その石は持って帰らずに、その場を離れた。ただ、手のひらに残った冷たい感触と、濡れた時に浮かんだ白い筋のことを、しばらく思い出しそうだ。

机に置かれたグラジオラスの花と日記帳、花言葉の札

朝のグラジオラス、花言葉をめくる

机の隅に、昨日のうちに差しておいたグラジオラスが、朝の光の中で静かに燃えていた。オレンジの花が下から順に咲いていて、一番上の蕾はまだ閉じたまま。窓の外は厚い雲に覆われていて、今にも雨が落ちてきそうな気配だった。

スマホで花言葉を調べてみる。画面に「強さ」「勝利」と出てきた。なるほど、剣のようにまっすぐ伸びた茎を見れば、たしかにそんな言葉が似合う。けれど、僕の前に立つこの花は、ただひたすらに直立しているだけで、勝ち負けとは無縁に見えた。

さらにスクロールすると、「忘却」「密会」という言葉も見つけた。忘却。あの尖った葉っぱのどこに、そんなあいまいな記憶が潜んでいるのか。密会にいたっては、まっすぐすぎて隠しごとができそうにない。

去年の夏、本屋でもらったグラジオラスの栞を思い出す。花の写真に花言葉が並んだもので、しばらく使っていたら、いつのまにか本の隙間から消えていた。あのときは「勝利」だと思っていたけれど、今見ると違う言葉が目につく。記憶はあてにならない。

花言葉のページを閉じて、もう一度グラジオラスを見る。蕾の先が少し茶色く枯れ込んでいる。この花は誰にも見られずに、ここで咲いて、そのまま終わるのだろう。机の上の日記帳を開き、日付の横に「グラジオラス、花言葉をめくる」とだけ書いた。

エアコンのフィルターを外そうと手を伸ばす場面

朝のクーラーフィルター、取り外し忘れた年

クーラーのリモコンを見て、そういえば去年のフィルターを外してなかったな、と思い出した。八月に入って蒸し暑い朝、外はどんより曇っていて、窓ガラスがうっすら湿っている。エアコンをつけようとリモコンを手に取った瞬間、去年の夏の終わりに「そのうち掃除しよう」と思ったまま放っておいたことを思い出した。

脚立を出してきて、カバーを開ける。フィルターには細かい埃がうっすら積もっている。確か去年の秋に一度外そうとして、ネジの一つが固くて、ドライバーを取りに行くのが面倒でやめてしまったんだ。あのときの小さな挫折が、そのまま一年近く経っていた。

フィルターを引き抜く。手に持つと、思ったより軽くて、なんだか拍子抜けした。埃はあるけど、目立って汚いわけでもない。こんなことなら早くやればよかった、と心の中でつぶやく。でも、去年の自分は確かに面倒だと感じていた。その感覚はもう思い出せないけれど、この小さな遅れの積み重ねが、いつの間にか一年分の埃になっている。

水で洗い流すと、埃が黒い筋になって流れていった。手を止めて、カレンダーを見る。八月六日。去年の同じ日は何をしていただろう。多分、同じように暑くて、何かを後回しにしていた気がする。フィルターを戻しながら、次こそはちゃんと掃除しよう、と思うが、たぶんまた来年の夏も同じことを考えているんだろうな、とぼんやり想像する。天気予報では明日は雨らしい。

夜のソファに置かれた本とタブレット、遠くの棚のぼんやりしたシルエット

夜のソファ、取り残した本の重さ

夜のソファに座ろうとして、手に本を二冊持っていることに気づいた。タブレットで調べものをしながら本棚へ向かったのに、なぜか一冊多く抱えている。左手に文庫本、右手にハードカバー。どちらも今夜読む予定じゃなかった。

文庫本は昨日の続きで、栞が挟まっている。ハードカバーは先週買ったまま積んであったやつだ。ソファに腰を下ろして、二冊を膝の上に並べてみる。どちらから読むか、ではなく、なぜ二冊もあるのか。

タブレットで読みたい記事があったはずなのに、画面はもう暗くなっている。本棚の前で、ついでに何か手に取ろうとしたのか。それとも、記事を探す途中で本の背表紙が目に入ったのか。自分でもよくわからない。

文庫本をぱらぱらとめくると、昨夜読んだ場面が出てきた。主人公が雨の駅で立ち尽くしている。ハードカバーの方は、まだカバーがぴったりしていて、開くと新刊特有の紙の匂いがする。どちらも読みたいけれど、今夜はもう遅い。

そう思って本を閉じると、ふと母が昔、枕元に本を何冊も積んでいたのを思い出した。寝る前にあれもこれも読みたくて、結局一ページも読まずに寝てしまうと言っていた。あの時は不思議だったけど、今はわかる気がする。

テーブルの上に二冊を戻す。タブレットはそのまま。結局どれも読まずに、ソファで少しだけ目を閉じた。

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