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思考と技術の記録。besoft Blog

開発・設計・運用・プロダクトづくりのなかで得た知見を、読みやすくまとめて共有します。

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夕方の草原、雲の下で虫が止まった瞬間の風景

夕方の草原、虫の音が途切れる瞬間

今日は午後からずっと曇りだった。夕方になって少し風が出てきて、草のにおいが混ざった空気が流れてくる。あぜ道を歩いていると、あちこちから虫の音が聞こえる。コオロギなのか、ほかの虫なのか、よく分からない。

何の気なしに足を止めたら、近くの音が全部止まった。歩くのをやめると、虫たちは僕の存在に気づいたらしい。でも、五十メートル先の草むらからは、まだ音が聞こえている。距離によって反応が違うんだなと思って、しばらくそのまま立っていた。

日が落ちる前の光で、草の先がうっすら明るく見える。雲が厚くて、空の色はあまり変わらない。暑さはまだ残っているけど、風が吹くたびに少しだけ涼しい。

そういえば、子ども時代に同じような場所で虫を捕まえようとして、網も持たずに手で草をかき分けたことを思い出した。捕まえたのは、何の虫だったか覚えていない。ただ、指先に触れた感触だけが残っている。

しばらくすると、音が少しずつ戻ってきた。最初は遠く、次に近く。僕が動かないことを確認したみたいに、あちこちから鳴き出す。でも、さっきまで鳴いていた場所の一つだけは、ずっと静かなままだった。あの虫はどこへ行ったんだろう。別の場所に移ったのか、それとももう鳴くのをやめたのか。

風がもう一度吹いて、草がざわっと揺れた。音は戻ってきたけど、あの一箇所だけは、最後まで鳴き直すことはなかった。

夕方の台所で包丁を研ぐ男性の手元

夕方の包丁、研いだあとの切れ味

夕方、ずっと気になっていた包丁を研ぐことにした。切れ味が落ちて、トマトを切るときに皮を押しつぶしてしまう。最近は玉ねぎも涙が出るほど時間がかかる。妻には言っていないけど、料理のたびにちょっとストレスだった。

研ぎ石は実家からもらった中砥(なかと)と仕上げ砥の二枚。水に漬けて、滑り止めの台に乗せる。最初は中砥で、刃の角度を一定に保ちながらゆっくり引く。カシュン、カシュンという音が台所に響く。指先に石のざらつきが伝わる。角度を間違えると刃が欠けそうで、無意識に力が入る。

研ぎながら、ふと思い出した。去年の秋、実家の台所で母が同じ包丁を研いでいた。研ぎ終わったあと、母は刃先を親指の腹でそっと確かめていた。そのときの母の真剣な表情を、なぜか鮮明に覚えている。

十分ほど研いで、仕上げ砥に切り替える。今度は音がより澄んで、手応えも滑らかだ。終わって包丁を洗い、布で拭く。切れ味を確かめるため、トマトを半分に切ってみた。すっと刃が通る。押しつぶす感じがなかった。

満足して片づけようとしたら、砥石の台に水の跡が残っていることに気づいた。目地の汚れが浮き出ている。そのままにしておくのは嫌で、古い歯ブラシでこすった。結局、砥石を片づけたのはそれからさらに十分後。包丁の切れ味より、目地のほうが気になってしまった。

今夜の味噌汁の具は何にしよう。切れ味が戻ったし、少し薄めに切ってみようか。

洗濯物をたたむ男性と、ハンガーの跡がついたシャツ

夕方の洗濯物、ハンガーの跡がまだ残っている

夕方になって、やっと洗濯物を取り込んだ。朝のうちに干したのに、今日は一日曇りがちで、生乾きのまま時間だけが過ぎていった。夕方になってから風が強くなって、少しは乾いたけど、どこかしっとりしている。

取り込んだシャツをたたんでいると、肩のところにハンガーの跡がくっきり残っていた。二本の細い線が、布に折り目としてついている。この跡を見るたびに、なんとなく失敗した気分になる。アイロンをかければ消えるのは分かっているけど、今夜はもうその気になれない。

部屋に戻って、畳んだ服をタンスに入れようとしたら、タンスの前に段ボール箱が置いてあった。先週、押し入れの整理をして、そのまま放置してあるやつだ。中をのぞくと、子供の頃の体操着が出てきた。白地に紅白帽みたいな色のゼッケンが縫いつけてある。サイズは130。小学生の頃のものだ。

つい手に取って、肩のハンガー跡を探してしまった。さすがに古いから、跡はもう分からない。けど、ゼッケンの縫い目の端っこがほどけて、糸が一本垂れていた。洗濯のたびに、母が直してくれていたのを思い出す。アイロン台の上で、母が缶入りの粉せっけんを使って、このゼッケンを洗っていた姿は覚えていない。ただ、ほどけた糸だけが残っている。

体操着を箱の底に戻して、タンスの引き出しを開けた。畳んだシャツを入れようとして、また肩の跡を見てしまった。今度は、そのまま入れた。明日、天気が良ければもう一度干そうと思いながら、引き出しを閉じた。

羊毛フェルトのエアコンとリモコン

夕方のエアコン、送風の音が止まらない

夕方の五時を過ぎても、部屋のエアコンは送風のままだ。冷房のボタンを押したはずなのに、風だけが出ている。リモコンを見ると設定温度が二十六度で、外気温と変わらないから、コンプレッサーが動いていないのだ。

この時間になると、窓から入る風がぬるい。曇り空が一日中続いて、太陽の位置が分からない。昨日は小雨が降ったのに、今日は路面が乾いていて、カラッとしている。湿度は高めなのに、風があるから蒸し暑さは感じない。

エアコンのリモコンを何度も押して、温度を二十四度に下げてみた。でも、風の音は同じままだ。室外機の音が聞こえない。もしかしたら、フィルターが詰まっているのかもしれない。網戸の掃除をしたときに、フィルターも外して掃除機をかけた気がするが、確かではない。

去年の夏、エアコンから変な音がした。修理の人に見てもらったら、ファンの軸にほこりが溜まっていた。その人が「たまに手で回してあげてください」と言った。でも、どうやって手で回すのか、聞き忘れた。

いつの間にか、送風のまま三十分が過ぎていた。リビングの温度計は二十八度を指している。風が当たっている場所に立つと、まだ涼しい。洗濯物を取り込むのを忘れていた。バルコニーに干したまま、この風なら乾いているだろうか。触ってみないと分からない。エアコンの風を背に、洗濯物を取り込みに行く。

午後の東京の街路を歩く男性の横顔と、水たまりに映るネオンの光、傘と自販機の前景

午後の東京で見つけた小さな景色

午後の東京、16時45分の歩幅

今日は16時45分、東京の街路は夏の湿気をまとっている。風は頬をかすめ、街灯の影が水たまりに揺れる。僕は急がず緩く歩幅を合わせ、前の人の影と自分の影を見比べた。

第一の観察

自販機の青い光が路面を濡らし、紙コップが風でころがる音が響く。路地の奥では子どもが笑い、傘の縁が水をはじく。パン屋の焼ける匂いがつんと鼻を刺し、店主の「いらっしゃい」が風に流れた。路上には小さな音楽も混ざっていて、通りの真ん中で人の吐息が止まり、車の音だけが遠くに残る。路上には通りの音楽が混ざっていた。

第二の考え

信号のたびに体の重心が移動する。買い物袋の結び目を直し、路面の匂いを嗅いで心の窓を開ける。遠くのビルの影が、夏の空気の層として胸の奥にたまっていく。近くの路地から子犬の鳴き声が絡んできて、耳の奥がくすぐられる。

第三のつながり

露店のおじさんが「今日は暑いね」と言い、僕は「うん」と返す。その短い会話の間に、街と自分の距離がほんの少し縮んだ気がする。歩くたびに靴の裏の湿り気が指の先まで伝わる。僕の影はビルの隙間で二重に伸びていた。僕はペットボトルを少し冷やす方法をひそかに考えた。

結びは、帰路の静かなリズム。窓から漏れる光と風の匂いが、今日の色を少しだけ濃くしていく。僕はそれを胸に刻み、次の角へと足を向けた。今日はそんな小さな景色の連続だった。それだけのことが、今日の僕を少しだけ軽くした。

曇りの日に消えかかった白線のある横断歩道

曇りの昼前、横断歩道の白線が消えかけていた

コンビニに行く途中、横断歩道の白線が消えかけていた。いや、消えかけているというより、剥がれかかっているという感じだった。

線の端がところどころ欠けて、アスファルトの灰色が斑に覗いている。特に真ん中あたりがひどくて、よく見ると線の輪郭が波打っていた。誰かが消しゴムで消そうとしてやめたみたいな形だ。

僕は立ち止まって、その剥がれ方を見ていた。線の欠けている部分が、なぜか地図上の島の形に見える。大きな島の南側が少し凹んでいて、その下に小さな島が二つ並んでいる。信号が青に変わるまで、そんなことを考えていた。

ふと、この白線は誰が塗っているんだろうと思った。夜中にやっている気がするけど、見たことはない。昔ベランダの柵を塗ったとき、はみ出したペンキをシンナーで拭いたら、布についてきた色がこんな風にまだらだったのを思い出した。

横断歩道を渡りきってから、もう一度振り返った。遠くから見ると白線はちゃんと白い線として見える。近づかないと欠けているのが分からない。渡ってきた歩行者も、みんな普通に歩いていた。

コンビニでお茶と、ついでに小さなチョコレートを買った。レジの女性が袋に「お箸つけますか」と聞いて、いらないですと答えた。このやりとりはいつも変だと思う。チョコレートにお箸は出ない。

帰り道、また同じ横断歩道を通った。信号待ちの間に、さっき見た欠け方をもう一度確認しようとしたけど、場所が分からなくなっていた。

昼前のデスクの上で、消しゴムの横にクリップが転がっているようす

昼前のデスク、消しゴムの横で転がっていたクリップ

朝のうちにやろうと思っていたことが、まだ手つかずのまま十時を過ぎた。窓の外は曇っていて、東京の八月とは思えないくらい涼しい。エアコンをつけずに座っていると、机の上で目が覚めたような気分になる。

ペン立ての横を見ると、消しゴムのすぐそばにクリップが一つ転がっていた。昨日の夜、書類をまとめたときに落としたのかもしれない。拾おうとして指でつまもうとしたが、うまくつかめず、反対側に転がっていった。

その拍子に、手が小さなシャープペンシルに当たった。ペン立てが少し傾き、中の鉛筆が一本、机の上に転がり出た。鉛筆はもうずいぶん短くて、消しゴムが付いていないものだった。なぜこの短い鉛筆をまだ捨てずに置いてあるのか、自分でも不思議だが、何となくもったいない気がして残している。

クリップを拾おうとして、今度はクリップと鉛筆の間に入り込んでしまった。指が太いのか、クリップが小さいのか。結局、鉛筆を動かしてからクリップをつまんだ。クリップは買ってきたときのままの銀色で、曲がりもなく、きれいだった。

そのクリップをどこに戻そうか考えたが、もともとどこにあったのか思い出せない。書類に挟むほどでもないので、とりあえずペン立ての中に戻した。ペン立てにクリップを入れても仕方がない気もするが、机の上に置いたままだとまた足に当たりそうだった。

窓の外でツバメが鳴いている声が聞こえた。昼前のこの時間にツバメの声を聞くのは、いつものことだが、今日は少し高く聞こえた。短い鉛筆を手に取って、ある絵のことを思い出していた。

曇り空の朝、玄関先の植木鉢とアサガオの葉

朝の玄関、開けたらまだ曇り空だった

今朝は八時半を過ぎても、外はまだどんよりとしていた。八月に入ったのに、梅雨が戻ったみたいな空だった。玄関のドアを開けると、ひんやりした風が入ってきた。

昨日の夜から降っていた小雨が朝方に上がったらしく、玄関の前の植木鉢はまだ湿っていた。アサガオの葉が水滴で重そうで、手でそっと触れてみたら、石畳のところへぽとりと落ちた。その石畳には、アサガオの葉っぱが一枚、裏向きに張り付いていた。いつ落ちたのか分からないけど、昨日の雨で飛んできたのだろう。

そういえば、この前の朝も似たような曇り空だった。あの日は傘を持たずに家を出て、途中で降られてしまった。今日は他のことを考えていたから、また傘を忘れそうになった。家の中に戻って、玄関に吊るしてある傘を一本手に取った。

傘を持って外に出ると、道を掃いているおばあさんがいた。挨拶をしたら、「今日は雨が降るかもしれないね」と言った。曇っているけど、雨が降るかどうかは確かには分からない。でも、その言葉を聞いて、傘を持ってきたのは正解だったかもしれないと思った。

アサガオの葉が裏向きに張り付いたままなのが、なんだか気になっていた。

朝の縁側で朝顔の鉢を眺める男性

朝の縁側、触ったら落ちた朝顔の葉

今朝はいつもの朝顔の鉢の前にしゃがみ込んだ。昨日の夜に降った雨で、葉っぱが濡れていた。触ってみたら、ぽろりと一枚、指先に葉が落ちてきた。枯れているわけでもないのに、まだ青々とした葉だった。朝顔の葉は、こうやってよく落ちる。触ったからか、それとも昨日の雨のせいか、分からない。

前の晩から喉が痛くて、起き抜けに水を飲んでから縁側に出た。だから余計に、手元がおぼつかなかったのかもしれない。落ちた葉を拾って、裏返してみた。表も裏も、特に変わりはない。ただ、付け根のところが少し折れていた。それだけで、さっきまでついていた葉が、もう元に戻らない。

そのまま葉を置いて、朝顔の蔓をたどってみた。手を離すと、葉は土の上に落ちたままだった。しばらく見ていたけれど、拾い上げようとは思わなかった。土に返るなら、それでいいような気がした。

朝の光がまだ低くて、縁側の半分だけが明るい。その境界線のところに、朝顔の鉢が並んでいる。どの鉢も、つい最近まで咲いていた花が終わって、種ができかけている。葉が落ちるのも、そういう時期なのかもしれない。でも、まだ青い葉を落としたのは、ちょっと早い気がした。

結局そのまま、落ちた葉は土の上に置いておいた。朝顔の花はまだ一つか二つ咲いている。その花だけ見て、縁側から戻った。

夜のベランダでゴーヤのプランターに水をやる手元のイラスト

夜のキッチン、まだ咲かないゴーヤの花

夜の八時過ぎ、キッチンの窓を開けて、ベランダのゴーヤに水をやった。昼間はあんなに暑かったのに、夜になると風が涼しくて、肌に触れると少し冷たいくらいだ。

プランターのゴーヤは、まだ花が咲かない。つるは伸びてネットに絡まり、葉っぱは大きくなっている。でも、花芽らしきものは見当たらない。去年は確か、もっと早くに咲いていた気がする。記憶はあいまいだけど。

水をやりながら、葉っぱの裏をめくってみた。アブラムシが付いていないか確認したかった。付いていなかった。それだけのことなのに、何だか安心して、そのまま葉っぱを何枚か触った。

窓の明かりがプランターに届いて、ゴーヤの影が壁に映っていた。その影を見ながら、ゴーヤは夜にも成長しているんだろうか、と考えた。ネットで調べればすぐに分かることだけど、今はこのまま分からないでいいやと思った。

水やりを終えて、ホースを片付けようとしたら、足元に小さな蛾が落ちていた。羽は茶色っぽくて、細かい模様があった。死んでいるのかと思って、そっと指でつついたら、突然飛び立って、夜の闇に消えた。

その拍子に、蛾はどこから来たんだろうと考えた。窓の隙間から入ってきたのかもしれないし、最初からベランダにいたのかもしれない。どちらにせよ、ゴーヤではなく虫が気になって、結局ホースを片付けるのを忘れて、まだしばらくベランダに立っていた。

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