
千葉大雨速報を閉じる指が、雨の音で止まった
「千葉大雨速報」の画面を閉じようとして、指先が画面の端で止まった。特別警報から危険警報や警報などに切り替わった、という見出しを読んだ直後だった。閉じるための小さな印は見えているのに、そこへ触れる動作だけが急に雑に思えた。
窓の外では、東京の朝の細い雨が続いている。昨日から雨音を聞いているせいか、記事の中の線状降水帯という言葉より、ガラスに当たる音のほうが近く感じられた。千葉の状況を見ている僕の部屋まで同じ雨が来ているわけではないのに、音だけは簡単に境目を越えてくる。
画面を少し下へ動かすと、上空から撮影した映像の見出しが現れた。映像を再生するつもりはなかったが、再生ボタンの三角形を親指で一度なぞった。ニュースを知りたいのか、知ったあとに閉じる理由を探しているのか、自分でも分からない。こういうとき僕は、必要な情報より画面の余白を長く見てしまう。
8時45分になっても指は閉じる印へ戻らず、被害の続報がないかをもう一度だけ確かめた。警報の切り替えは安心そのものではないと分かっている。それでも見出しが更新されるたび、読む側は何かできるような気分になって、結局は指を止めたまま雨の音を聞いている。







