
スーパーの袋、持ち手の結び目がひとつだけ緩かった
スーパーを出てすぐ、右手にぶら下げた袋の持ち手がいつもより長いことに気づいた。見ると、片方の結び目だけがゆるゆるで、今にもほどけそうになっている。なぜか反対側は固く結ばれたままだ。
珍しいな、と思う。レジの人は持ち手を結ぶとき、たいてい両方同じ力加減でぎゅっとするものだ。片方だけ手を抜いたのだろうか。それとも、何かの意思表示なのか。いや、そんなはずはない。ただ忙しかっただけだろう。僕はそう結論づけようとしたが、どうにもそのアンバランスさが気になってしまう。袋の中身は牛乳パックと豆腐、それに小松菜だけ。重さが偏っているわけでもないのに、緩んだ側だけが妙に存在を主張している。
結び直そうかと指をかけるが、なんとなくやめた。歩きながら、このままどこまで持つか試してみたくなったのだ。家まであと十分。信号待ちのたびにそっと持ち手を揺らすと、結び目はほんの少しずつほどけていく。完全にほどけたら、袋は傾いてしまうだろうか。でも、なぜかほどけない気もする。そんなことを考えている自分が、少し変だと思う。周りの人は、誰も僕の袋の結び目なんて見ていない。
途中、公園の前で小さな子供がシャボン玉を追いかけているのを横目に通り過ぎる。ふと、昔、弟とシャボン玉の液をこぼして叱られたことを思い出す。結び目のことは頭の隅に追いやられ、次に気づいたときには家の前に立っていた。袋の結び目は、まだ辛うじて形を保っている。僕は玄関の鍵を探しながら、あと数歩のところでそれがほどけるかどうか、やっぱり少し期待していた。








