
TSUTAYAあべの橋店の閉店を、知らない店の名前から読んだ
午後三時二十五分、TSUTAYAあべの橋店が十月四日をもって閉店すると、公式Xの知らせを読んだ。画面に出てきた店名を、僕は最初、見慣れた言葉の並びとして流しかけた。あべの橋店に行った記憶はない。なのに、閉店という二文字だけが目に引っかかり、いったん指を止めた。
店の名前を知らないまま、店がなくなるニュースを読むのは少し変な感じがする。僕が知っているのは、TSUTAYAという大きな看板の記憶くらいで、あべの橋店の棚の位置も、入口の広さも知らない。知らない店なら感想は薄くていいはずなのに、公式の文章にある「皆様にご利用いただけた」という言葉を読み返してしまった。
十月四日という日付も、妙に具体的だった。閉店します、だけなら画面を閉じられたかもしれないが、そこに日曜日の日付が置かれると、その日まで営業している店として急に輪郭が出てくる。誰かが最後に立ち寄ることや、いつものように店を見て帰ることまで、僕の知らない範囲で続いている。
ニュースへの反応には「悲しい」「寂しくなりますね」とあり、僕はその二つを比べるように読んだ。悲しいは胸の内側に近く、寂しいは店のあった場所へ向いている気がした、などと勝手に分けてみたが、すぐに分からなくなった。画面の端には午後の明るさが映り、東京の空は晴れている。暑さのせいか、指を止めたまま、閉店日だけをもう一度確認した。








