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思考と技術の記録。besoft Blog

開発・設計・運用・プロダクトづくりのなかで得た知見を、読みやすくまとめて共有します。

記事一覧

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スーパーのレジ台に置かれた、少し破れたもやしの袋のミニチュア風イラスト

スーパーのレジで、もやしの袋が少しだけ破れていた

スーパーのレジで、かごからもやしを取り上げたとき、袋の端が少しだけ破れているのに気づいた。かごの底に、水滴がたまっていた。レジのおばさんは何も言わず、新しい袋に取り替えましょうかと手を伸ばした。僕は、いえ、これで、と言って、そのままカゴに戻した。

もやしの袋の破れ。それくらいで交換してもらうのは、なんだか申し訳なかった。というか、自分が破ったかもしれないし、そもそも破れていても、家に着くまでの数分だ。袋の端から、ほんの少し水分がにじんでいる。透明な袋の内側が、うっすら曇っていた。

会計を済ませ、レシートを受け取ると、かごの水滴でレシートの端が少し濡れていた。インクがにじんで、数字の一部がぼやけている。それを見て、なぜか、息子が小さかった頃、もやしを「白いひげみたい」と言っていたのを思い出した。あの頃は、買い物に行くたびに、もやしの袋をふりまわして、よく破らせたものだ。

レジ袋に商品を詰めながら、もやしを一番上に置いた。ぬれた指先を、持っていたハンカチで拭いた。ハンカチは昨日のものだ。薄い水色がくたびれている。

外に出ると、細かい雨が降り出していた。今日は一日、こんな天気が続くらしい。もやしの袋の小さな破れから、水滴がぽつりと落ちた。僕はそれを、なんだか大事なもののように、しばらく見ていた。

斜めに貼られた特売シールが目立つドラッグストアの棚

遅い朝のドラッグストアで、特売のシールが斜めに貼ってあった

金曜の遅い朝、曇りがちな空の下、近所のドラッグストアに寄った。今日は八月七日だが、店内はエアコンがよく効いていて、少し肌寒いくらいだ。

シャンプーの棚の前を通りかかると、特売の黄色いシールが貼られたボトルが目に入った。しかし、そのシールが微妙に斜めになっている。右の端が五ミリほど下がっていて、正面から見るとどうも落ち着かない。

僕はその場に立ち止まり、隣の同じ商品と見比べてしまった。他のボトルはまっすぐにシールが貼られているのに、それだけが傾いている。誰かが急いで貼ったのか、それともわざと目立つようにしたのかはわからないが、気になりだすともうダメだった。

商品自体は問題ないはずなのに、斜めのシールだけで買う気が少し削がれる。こんなことで判断が揺らぐ自分が少し変に思えた。けれど、スーパーで少し傷んだ野菜を避けるのと似ているかもしれない。見た目のほんの小さな違和感が、妙に頭に残る。

結局、そのシャンプーは手に取らず、いつもの無難なものをカゴに入れた。レジへ向かいながら、ふと外を見ると、さっきより雲が厚くなって、小雨がぱらつき始めていた。傘を持ってこなかったことを思い出し、急ぎ足で会計を済ませた。

小雨の降る遅い朝、草原に咲く一輪の花と、それを折ろうか迷う手のシーン

遅い朝の草原で、茎を折らずに一輪だけ持ち帰ろうとした

傘を差して歩くのがなんとなく面倒で、小雨の中をそのまま歩いた。シャツがじわじわと湿っていく。草原の真ん中あたりで、ぽつんと一輪、名前の分からない白い花が咲いていた。

周りには同じ花は見当たらなくて、その一輪だけが妙に背が高く、ゆっくり揺れていた。茎は細くて、ところどころに小さな棘があった。僕はなぜか、それを家に持ち帰ろうと思った。理由はない。ただ、今ここで見ているこの花を、もう少しだけ手元に置いておきたくなった。

茎の下の方に親指と人差し指をかけて、そっと折ろうとした。けれども、指に力を入れる直前に、自分の指が少し濡れているのが気になった。雨のせいか、それとも汗か。濡れた指で折ると、茎が滑って、思ったところとは違う場所で折れてしまうかもしれない。少しだけ指をシャツで拭こうかと思ったけれど、どっちみちシャツも湿っている。

僕は一度指を離し、花をもう一度見た。雨の粒が花びらにいくつか乗っている。葉っぱの裏側には、小さな虫が雨宿りをしていた。たぶんアブラムシの仲間だと思う。持ち帰ったら、この虫はどうなるんだろう。たぶん、家のどこかで乾いて死んでしまう。そんなことを考えると、茎を折る指にまた力が入らなくなった。

結局、花には触らず、そのまま丘の上の方へ歩いた。振り返ると花はまだ同じ場所で揺れていた。家に着いて、濡れたシャツを脱いでいると、あの花びらに乗っていた雨の粒の数を数えようとしていたことを思い出した。数え終わる前に、やめてしまったけれど。

雨上がりのベランダで咲く青い朝顔。ミニチュア風の素朴な質感で、羊毛フェルトのような柔らかさとパステル調の色彩。

早朝の雨上がり、朝顔の青を覚えている

ベランダのプランターで、朝顔が二つ咲いている。青い方が一つ、もう一つは白に近い水色。今朝は曇り空で、ついさっきまで小雨がぱらついていた。葉っぱの上に、まだ水滴が残っている。ジョウロを持ってきて、根元に水をやろうとした。でも、指で土を押してみると、けっこう湿っている。昨日の雨がしっかり染み込んだらしい。水やりはやめて、しゃがんだまま朝顔を見上げた。

そういえば、朝顔の花言葉って、前に調べたことがある。たしか「愛情」とか「儚い恋」とか、色によって違うらしい。青は何だろう。思い出せない。スマホをポケットから出して調べかけて、すぐにしまった。調べたところで、その言葉がこの朝顔にぴったりくるかというと、そうでもない気がしたからだ。目の前の花は、ただ青くて、雨に濡れて、少し重たそうにしているだけだ。

去年の夏も、同じ場所で朝顔を育てていた。あの時は紫の花がよく咲いて、花言葉は「冷静」だった気がする。紫の朝顔には、どこか落ち着いた雰囲気があった。今年のは、なんだかもっと軽やかだ。花の青が、曇り空の下で妙に明るく見える。僕は立ち上がって、ベランダの手すりに肘をついた。眼下の道路は、もうすっかり乾きかけている。さっきまでの雨が嘘みたいだ。

ふと、朝顔の花を裏側からのぞいてみた。ガクのあたりがほんのり黄緑で、産毛みたいな細かい毛が生えている。そんな部分まで見るのは久しぶりだ。子供の頃、朝顔の花を分解して遊んだ記憶がある。花びらを一枚ずつはがして、色水を作ろうとしたが、うまくいかなかった。あの時は、花言葉なんて知らなかった。ただ、青が好きだっただけだ。部屋に戻ろうとしたら、もう一つの水色の花が、ほんの少しだけ開きかけているのに気づいた。さっきまでは蕾だったのに。それだけ確認して、カーテンを閉めた。

早朝の台所の隅にあるトレイの上のリンゴ

早朝の台所で、トレイの上のリンゴを見ていた

今朝は六時前に目が覚めた。昨日の晩、友人と会ってつい食べ過ぎたせいで、まだ胃がもたれている。寝起きの体はだるく、しばらく布団の中で天井を眺めていた。外はもう明るい。カーテンの隙間から曇り空が見え、湿った空気が部屋に入ってくる。

台所へ行くと、昨夜の片づけが中途半端に残っていた。シンクにコップが二つ、テーブルの上には食べかけのスナックの袋。ゴミ箱は蓋が閉まらないほど膨らんでいる。なんとなく皿を洗う気になれず、冷蔵庫を開けてリンゴを取り出した。最近、朝にリンゴを食べるのが習慣になっている。よく冷えたそれをトレイに載せ、包丁を出す。

ところが、リンゴの赤い皮を見つめているうちに、手が止まった。別に嫌いになったわけじゃない。ただ、今の自分にはこのリンゴは必要ないと、体が言っている気がした。食べるという行為そのものが、まだ遠くにある。

包丁を置き、リンゴをそっとトレイに戻した。トレイは流しの隅にあり、その上にはいつも果物を置いている。リンゴは少し水滴がついていて、光を鈍く反射していた。こんなことで迷う自分が少しおかしかった。

結局、水だけ飲んでリビングへ戻る。テレビをつけると、朝のニュースが昨夜の雨のことを伝えていた。僕はソファに座り、まだ眠い目で画面をぼんやり見ていた。リンゴは台所でそのままだった。

深夜の部屋でスマホを眺めながら短パンのことを考えている男性

深夜に短パンの未来を考えていた

深夜0時を回った。クーラーを弱めた部屋でスマホを眺めていると、「短パンおじさん」という言葉が目に飛び込んできた。大人が洒落て見える夏コーデを紹介する記事らしい。僕は履き古した短パンでソファにだらりと座っている。まさに短パンおじさんだ。記事によれば、ミドルエイジの男性が夏に短パンを履くのは若い女性から不評らしい。パーカおじさんに続き、やり玉にあがっているらしい。パーカはともかく、短パンは夏の必需品だろうと僕は思う。確かに、街で見かける短パン姿の男性はお世辞にも洒落ているとは言いがたい。くたびれたTシャツにサンダル、みたいな組み合わせが多い。僕自身、今日もそんな格好でコンビニに行った。涼しさ最優先で、つい手が伸びるのだ。部屋着としての短パンは最高だ。動きやすいし、洗濯も楽だ。流行に疎い僕は、これまで深く考えたことがなかった。記事を読み進めると、素材や丈、合わせる靴で印象が変わると書いてある。ロングソックスを組み合わせると今風だとか。どうやら世の中は、短パン一つとっても進化しているらしい。暗い部屋で、自分の膝小僧を見下ろした。毛深くてみっともない。でも、これが僕の脚だ。明日、新しい短パンを買いに行こうか。いや、たぶんいつものやつを履く。スマホの画面を閉じると、部屋の静けさが戻った。クーラーの音だけがやけに大きく聞こえる。

夕暮れのベランダで鉢植えの土の乾き具合を確かめる様子

十九時半、ベランダで鉢植えの土が乾いているか指で確かめた

ベランダに出ると、まだ空は明るかったけど、西の方がうっすら橙色に染まり始めていた。時刻は十九時半。エアコンの室外機の横に置いてある鉢植えの前にしゃがみ込んで、土の表面を指でそっと押してみた。乾いているのか、湿っているのか、ぱっと見ではよくわからなかったからだ。

指先に感じたのは、さらさらとした感触で、少しだけひんやりしていた。午前中に降ったらしい雨の名残が、まだほんの少しだけ残っているようだった。でも、すぐに指を引っ込めると、指先には土がほとんどついてこない。表面だけじゃなくて、もう少し深いところはどうだろうと、今度はもう少し強く押してみる。同じだ。どうやら、今すぐ水をやらなくても大丈夫そうだ。

水やりは明日の朝でいいか、と決めて立ち上がろうとしたとき、隣の鉢の受け皿に溜まった水が目に入った。そういえば、昨日の夜中に少し雨が降ったんだった。受け皿の水は、透明ではなく、うっすらと緑色がかっている。藻でも生え始めたのかもしれない。排水溝の方も、最近掃除してなかったなと思い出し、ついでに覗き込んでみた。

やっぱり、溝の隅に少しだけ緑色のものが溜まっている。明日こそ掃除しよう、と思いながら、でも、明日になったらまた忘れてしまうんだろうな、とも思った。結局、土が乾いているかどうかの確認だけして、部屋に戻った。指先についたわずかな土を、キッチンのシンクで洗い流す。水は冷たくて気持ちよかった。

ずれたミシン目のレシートを持つ手元

十七時半のミシン目、ずれていた

コンビニを出ようとして、さっき受け取ったレシートのミシン目が、一箇所だけつながっていた。

いつもなら指先で力を入れて切れるのだが、今日はどうしてもそこだけ千切れない。湿気のせいか、紙の繊維の向きか。そんなどうでもいいことを考えながら、僕はレジ横の小さなはさみを探した。

店員さんに声をかければすぐ解決するのに、なぜか自分ではさみを見つけたくて、カウンターの隅やペン立ての陰をのぞき込む。ない。仕方なく、財布から小銭入れを取り出して、金属の縁で押し切ろうとした。うまくいかない。傷がついただけだった。

はさみは結局、レジの向こう側にあった。店員さんが「どうぞ」と差し出してくれたので、礼を言って受け取る。そして、つながっていた一点を丁寧に切り離した。切り口は少し白く毛羽立っていて、他の部分より太かった。

ふと、中学生の頃、家庭科の授業で布を切るテストがあったのを思い出した。ピンキングばさみで切り終えた布の端を、先生が指でなぞりながら「ここ、糸が出てる」と指摘したときの、妙に冷静な声が耳に残っている。そのときの減点が、通知表のどこかにまだ記録されているのかもしれないと、急に気になった。

はさみを返すと、店員さんが「ありがとうございます」と言った。僕のレシートはもう、普通に二つに折れる。ついでに隣のゴミ箱に捨てようかと思ったが、なんとなくポケットに入れた。

外に出ると、まだ空は明るいが風は少しぬるかった。もう一枚、別の店のレシートがポケットにあったのを思い出し、引き出してみる。そちらはミシン目がきれいに切れていた。どちらが先に捨てられるだろうか、と考えると、なぜか少しだけ、ずれていたほうに愛着がわいた。

軒下の排水溝に溜まった色とりどりの小石たち、フェルトのような柔らかな質感

昼下がりの軒下で、排水溝にたまった石を見ていた

軒下でちょっと立ち止まったら、排水溝のふたの隙間から覗く小石が目に入った。いつの間にか風で飛ばされてきたのか、薄茶色や灰色、濃い灰色と、色はまちまちだ。思わずしゃがみ込んでふたを持ち上げてみたら、予想以上にたくさん溜まっていて、どれも表面が少し湿っていた。午後の日差しがじりじりと背中に当たる。

手でかき集めて捨てようとしたんだけど、なぜか濃い灰色の石だけを先に選んで取り出し始めていた。別に理由はない。つい、色がはっきりしているものから片付けたくなる性分なのかもしれない。並べてみると、濃い灰色の石はどれも角が丸くて、川原にありそうな形をしていた。

このあたりに川はない。たぶん、ずっと前にどこかから運ばれてきたものが、こうして排水溝に落ち着いたんだろう。そう思いながら指で転がしていると、不意に子供の頃、祖父の家の庭にあった小さな池を思い出した。池の縁に、やっぱり似たような小石が敷き詰めてあって、僕はその中から平たい石ばかり拾っては並べていた。水面に跳ねさせるわけでもなく、ただ平たいというだけで集めていた。

手を止めて、改めて排水溝の中を覗き込む。まだ薄茶色の石が結構残っている。濃い灰色の石はもうほとんど取り除いたのに、何だか中途半端だ。でも、だからといって残りを全部きれいにする気にもなれず、ふたを元に戻した。

立ち上がって軒下から出ると、汗で額が湿っていることに気づいた。排水溝のことは、次の雨が降るまで忘れているだろう。

コンビニのカウンターに置かれた、二つ折りにされたレシート。周囲にはおにぎりとペットボトルがあり、ミニチュア風の柔らかな質感と温かな光が差し込んでいる。

昼下がりのコンビニで、レシートを二つ折りにした

会計を済ませて、トレイに置かれたレシートを手に取った。外は30度を超えているけど、店内の冷房がちょうどいい。おにぎりとアイスティーの組み合わせは、ここ数日の定番になっている。今日はツナマヨではなく、シャケにしてみた。

レジの店員さんは、いつもの若い男性ではなくて、今日は少し年配の女性だった。いつもより丁寧に「ありがとうございます」と言われた気がする。そんなことを考えながら、僕はレシートを二つ折りにした。理由は特にない。昔からの癖だ。

この癖、いつから始まったんだろう。たぶん、財布に入れるときに半分にしないと入らないからだと思うけど、実はちゃんと確認したことがない。今使っている財布はカード入れがメインで、紙幣を入れるスペースはあまり使っていない。レシートは大抵、そのままバッグのポケットに突っ込む。だから、二つ折りにする必要はないはずなのに、手が勝手に動く。

折り目をつけるとき、ほんの少しだけ、まっすぐに折れているか気になる。ズレていると、なんとなく落ち着かない。でも、誰かに見せるわけでもないし、すぐにポケットの中でくしゃっとなるのに。

今日のレシートには、シャケおにぎりとアイスティー、合計218円と印字されていた。端数が18円。消費税の計算が一瞬頭をよぎったけど、よく考えたらおにぎりは軽減税率の対象だ。どうでもいいことをつい考えてしまう。

折り終えたレシートを、胸ポケットに入れた。いつもはバッグのポケットなのに、今日はなぜかそうした。たぶん、店員さんの「ありがとうございます」がまだ耳に残っていて、少しきちんとしたくなったのかもしれない。自分でもよくわからない。

コンビニを出ると、むっとする暑さが体を包んだ。手に持ったアイスティーの冷たさだけが頼りだ。ポケットの中のレシートのことを、僕はきっと、家に着く頃には忘れている。

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