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思考と技術の記録。besoft Blog

開発・設計・運用・プロダクトづくりのなかで得た知見を、読みやすくまとめて共有します。

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真昼の川辺に積まれた小石と水の流れ

真昼の川辺で、小石の温度を確かめる

昼過ぎの川辺に寄り道した。用事の途中、橋のたもとから階段を下りると、思ったより水の音が近かった。きのうの小雨で少し増水しているのだろう、よどみに枯れ枝が何本か引っかかっていた。

日差しが強くて、川原の石が白く光っている。靴を脱ぐまでもなく、手を伸ばせば届く場所に、掌サイズの平たい小石があった。拾い上げてみると、驚くほど熱い。乾いた表面はざらついていて、指先で押すとすぐに温度が伝わる。太陽が近いせいか、持っているうちに手のひらが汗ばんできた。

それをそのまま水の浅いところへ浸けてみた。水は思いのほか冷たく、石の熱が引いていくのが分かったような気がした。数秒で取り出して、今度はさっきより少しだけ冷たい石を握り直す。濡れた石は色が濃くなっていて、乾いた時と同じ石だとは思えなかった。

何度か水に入れたり出したりしているうちに、指先がくしゃくしゃになってきた。ふと足元を見ると、水際の砂に自分の影が落ちていた。時刻は正午を少し過ぎたところで、影はほとんど自分の足の下に縮こまっていた。そんなことは当たり前なのに、改めて見ると夏の日差しの角度を実感する。

小石は結局、乾いた場所に戻して置いた。あとで誰かが拾っても、それがさっきまで水に浸かっていたとは分からないだろう。それでいいのかもしれないと思いながら、階段を上がった。

早朝の露草と水滴を撮影した手作りフェルトのミニチュア風景

朝の露草、花言葉を数える

七時を過ぎたばかりの庭で、露草が一輪だけ咲いているのに気づいた。昨日の夕方にはなかった場所で、茎が伸びるのも咲くのも一晩の出来事らしい。隣の株はまだ蕾で、この一輪だけが朝の光を受けて青く透けていた。

露草の花言葉は「尊敬」と「小夜曲」と聞いたことがある。露草は朝に咲いて昼にはしぼむ儚い花として知られるのに、「尊敬」という言葉は少し硬い気がして、何度か記憶の隅で引っかかっていた。そのうち「小夜曲」のほうは本当かどうか分からなくなり、結局どちらも確かめないままにしている。

花びらを見ると、上の二枚は青が濃くて大きいのに、下の一枚だけ小さくて白い。青色が浅いところを取り出したような白で、それがどこか中途半端な感じを残していた。触ると紙みたいに薄く、それでいて水を含んでいて、指先にわずかな重みが張り付いた。

風が止んだ隙に、花びらの先に溜まった露を傾けてみた。丸い水滴がゆっくり横へ流れて、花の裏側に落ちる。もう一度同じように動かしても、新しい露は溜まっていなかった。朝の空気が少しずつ乾き始めている証拠らしい。

しばらくしゃがんで花を眺めていたら、シャツの背中がじんわり暑くなってきた。今日は晴れそうな空で、早朝の涼しさも長くは続かない。そのうち蟻が茎を昇ってきて、花びらの中に入ったので、僕は立ち上がって家の中へ戻ることにした。

早朝の自宅駐車場に停めた車と、後部座席に置かれたコンビニの袋とクーラーボックス

桃狩りとBBQの連休初日、早朝の出発

連休初日の早朝、まだ外は薄暗かった。時計は六時過ぎを指していて、カーテンの隙間から白っぽい光が差し込んでいる。高速道路の渋滞を考えて、早めに出ようと決めていたのに、起きてからも布団の上でだらだらしてしまった。

今日は桃狩りに行って、そのあと川原でBBQをする予定だ。前日の夜に肉を買って、クーラーボックスの中に氷と一緒に放り込んだ。野菜を切るのを忘れていて、今朝になってから包丁を出して、にんじんとピーマンを乱切りにした。形は不揃いだけど、焼けば分からないだろう。

桃狩りという言葉を聞くと、去年のことを思い出す。あのときは、もぎたての桃をその場でかじったら、果汁が手首まで伝ってきた。甘いだけじゃなくて、皮の近くが少し酸っぱくて、それがよかった。今年も同じ園に行く。丸ごと一つ、どこを選べばいいのか、僕はまだよく分かっていない。

台所で水を二本、ペットボトルのままリュックに突っ込んだ。汗拭きタオルも忘れずに。玄関で靴を履いていると、妻が「保冷剤、入れた?」と声をかけてきた。入れた、と返したけど、本当は冷凍庫に置いたままだったかもしれない。確認しに行くのは面倒で、そのまま車に乗った。

車のエンジンをかけて、ガソリンのメーターを見ると、半分くらいしか残っていない。次のサービスエリアで入ればいいかと思った。渋滞に巻き込まれたら、どうなるか分からないのに。

深夜のベランダの手すりに洗濯バサミが一つ挟まったままのミニチュア模型

深夜のベランダで、洗濯バサミを一つだけ外した

目が覚めたのは、午前三時を少し回った頃だった。エアコンが効きすぎていて、喉が乾いていた。台所で水を飲んで、リビングのカーテンを開けたら、ベランダの物干し竿にタオルが一枚だけ残っていた。

昨夜、取り込むのを忘れたらしい。触ってみると、すっかり乾いていた。昼間の暑さで、パリパリに固まっていた。朝まで置いておくのも変な話だ。夜中に洗濯物を取り込むのは、近所から見れば少し不気味に見えるかもしれない。でも、このまま朝まで干しておくほうが、よっぽど落ち着かない。

タオルを外そうとして、洗濯バサミを一つだけ外した。残りのバサミは、タオルが乾いて縮んだせいで、布をしっかり挟んだまま動かない。指先でグリップを押して、布を引っ張り出そうとしたけど、うまくいかなかった。プラスチックの劣化で、バサミの開きが浅くなっているような気がした。それでも、一つ外したおかげで、タオルが垂れ下がって、重みで少しずつ布が抜けていく。

バサミは全部で四つ。タオルの角に、それぞれ挟んであった。三つ目のバサミを外したとき、隣の部屋の窓が、少しだけ開いているのが見えた。カーテンが風で揺れていた。うちのベランダは道路に面していて、遠くの街灯がオレンジ色に光っていた。

タオルを抱えて部屋に戻った。洗濯物を畳む前に、外したバサミを、物干し竿に一つだけ戻した。理由は特にない。明日の朝、取り込むときに、あれがあったほうが、竿が安定する気がした。そのまま洗面所へ行って、タオルを洗濯機の中に入れた。

深夜の寝室でエアコンのリモコンを手にする男性

深夜のエアコン、風向きを変えたら止まらなかった

深夜二時過ぎ、目が覚めてしまった。寝汗が気持ち悪くて、エアコンのリモコンを手に取った。風向きが下向きのままだと、冷気が直接体に当たる。設定温度はそのままに、風向きボタンを押した。

リモコンの小さな表示が、下向きの矢印から横向きに変わった。それだけのはずだった。ところが、エアコン本体から出る風の音が、急に大きくなった。風量を変えたわけでもないのに、冷気が部屋の中をぐるぐる回り始めた。

何度もリモコンを押して、風向きを戻そうとした。表示は元に戻ったのに、風の音はおさまらない。首を傾げながら、本体のランプを見つめた。オレンジ色の小さなランプが、何かの合図のように点滅している。

そういえば、先週も似たことがあった。風向きを変えたとき、少し変な音がした。あのときはすぐに直ったから、気に留めなかった。今夜は、どうも様子が違うみたいだ。

迷った末、電源ボタンを押した。エアコンは静かになったが、部屋の空気がむっとする。窓を開けると、夜の風が入ってきた。外は思いのほか涼しい。エアコン止めたままでも、大丈夫かもしれない。

リモコンを置いて、もう一度横になった。天井のシミが暗闇に浮かんで見える。あのランプの点滅は、何だったんだろう。朝になったら、説明書を見てみよう。そんなことを考えているうちに、眠気が戻ってきた。

深夜のキッチンで冷蔵庫を開けたまま、中に卵のケースが見える様子

深夜の冷蔵庫、卵のケースを開けたままにした

冷蔵庫を開けたまま、卵のケースをじっと見ていた。深夜二時過ぎ、暑さで目が覚めて、麦茶でも飲もうとキッチンへ来たのに、なぜか卵を取り出してしまった。ケースには半分だけ卵が残っている。賞味期限のシールが斜めに貼ってあって、それが気になって剥がそうとしたけど、指先でつまんだら千切れて余計に汚くなった。

ケースを開けたのは、たぶん明日の朝に目玉焼きを作ろうと思ったからだ。でも、卵が何個あるか確認しただけで、結局また冷蔵庫に戻す。そのまま閉めればいいのに、右手でケースを持ったまま、左手で冷蔵庫の温度設定を触っていた。何度も触るところでもないのに、つい指が動いてしまう。

冷たい空気が足元に流れてくる。夏の夜でも、冷蔵庫を開けているとひんやりする。麦茶のボトルは棚の奥にあって、手前の牛乳パックの向こう側。取るために腕を伸ばしたら、卵のケースが少し傾いて、中の卵が二個、転がってぶつかった。カチッと小さな音がした。

その音でようやく我に返って、麦茶をコップに注いだ。冷蔵庫を閉めようとしたとき、卵のケースのフタが閉まりきっていないのに気づく。出し入れのとき、指で押し込む位置がちょっとずれていたみたいだ。フタを押そうとしたけど、閉める前にもう一度卵の数を数えたくなる。五個。それでいいはずなのに、もう一回数えても五個だ。

キッチンの時計を見ると、二時四十三分。まだ夜だ。麦茶を飲みながら、卵のことは明日考えようと思う。ケースのフタは、ちゃんと閉めたかどうか覚えていない。

夜の洗面所で曇った鏡に指を触れる若い男性の手

夜の洗面所で、鏡の曇りを指でなぞった

クーラーを二十八度に設定してから二時間あまり、リビングで読んでいた本が途切れて、ふと洗面所へ向かった。ドアを開けると、風呂上がりのような湯気とは違う、線香みたいな湿り気が立ちこめている。鏡をのぞき込むと、全面がうっすらと曇っていて、自分の顔がぼやけた輪郭しか結ばない。

指先をあてがって、ゆっくりと縦になぞった。曇りを払うと、その下の自分の目が現れる。線一本分だけの鮮明な視界が妙に新鮮で、もう一度、今度は横に一本なぞってみる。十字の向こうで、充血した目がこちらを見ていた。

鏡の曇りは、窓の結露とは少し勝手が違う。窓では、外と内の温度差が生む冷たい水滴だが、洗面所の鏡は、部屋全体の湿度が直接表面に乗るようだ。確かめようがないが、風呂を使っていないのに鏡が曇るのは、今夜の湿度と関係しているのだろう。

指の腹には、少しひんやりした液体の膜が残った。ん、と指先をこすり合わせると、水というより薄い油の感触がある。化粧水や洗顔料の飛沫が湯気に混じって、鏡の表面に溜まったのかもしれない。もう一度鼻を近づけても、特に匂いはしなかった。

キッチンの蛇口をひねって、ぬるま湯で指だけ洗い、タオルで拭いた。戻って鏡をのぞくと、さっきの十字の線はもう薄れて、あとは横線のほうがかすかに残るだけだった。曇りは時間とともに厚みを増すらしい。まだ乾かそうとはせず、そのままにしておいた。

夕暮れの池のほとりで、水草の葉に触れる手

夕暮れの池で、水草の葉を一枚だけ触った

池の縁にしゃがんだのは、帰り道の途中だった。夕暮れの光が水面に薄く張っていて、その下に水草の葉が数枚、動かずに浮かんでいた。飴色というより、焦げ茶に近い色だった。僕は手を伸ばして、いちばん手前にある葉を一枚だけ、そっと触った。

葉は想像よりもしっとりしていて、表面に細かな気泡がついていた。指先でなぞると、ぷつり、ぷつりと弾ける。湿った音がしそうで、実際にはしなかった。ただ、ぬるい感触だけが残った。真夏の夜の手前という感じの温度だった。

気がつくと、もう一枚の葉を触ろうとしていた。それで思いとどまったのは、全部触ったら何かが決まってしまいそうな気がしたからだ。一枚だけ、というのがよかった。

立ち上がって、手のひらに残った水気を拭わずにいた。水草の葉の上の気泡が、まだいくつか見えていた。空はまだ明るく、西の低いところだけ、桃色みたいな色が混じっていた。池の向こうで、人が自転車を押して歩いていた。

その人の後ろ姿を見たとき、高校の生物準備室のことを思い出した。標本の水草が、ホルマリンの瓶に押し込められていた。あれも葉っぱ一枚ずつ、誰かが触って瓶に入れたのかもしれない。だけど、そんなことを考えても、答えは何も出なかった。

僕は小さく息をついて、帰り道を歩き出した。指先にはまだ、あのぬるさが薄く残っていた。それだけの話だ。

歩道の舗装の隙間から伸びるユキノシタの葉先。奥に夕暮れの住宅街がぼやけて見える。

十八時半、歩道の舗装を跨いで伸びていたユキノシタ

十八時半、買い物の帰り道、いつも同じ角を曲がったところで足が止まった。

歩道の舗装の隙間から、ユキノシタが何本も顔を出していた。夏の終わりでも、この辺りは陽当たりが良くなくて、日中もどこか薄暗い。さっきまで小雨が降っていたせいで、葉っぱに水滴がいくつか残っていて、薄暗がりの中で妙に目立っていた。

しゃがみこんで葉の一枚を指でめくると、裏側に赤紫色のまだら模様があった。店で売っている園芸種より色が淡くて、模様も不揃いだった。この模様、どこかで見たことがある気がして、しばらく考えてしまった。小学生のとき、文房具屋で買った消しゴムの柄に似ていたんだと思う。あの頃、表は真っ白で裏だけカラフルな模様がついた消しゴムを集めていた。使うのがもったいなくて、筆箱の中でずっと隅に置いたままだった。

立ち上がるとき、少しだけ左膝が鳴った。舗装を跨ぐように伸びた茎が、もう歩道の半分近くまで達していて、誰かに踏まれたのか、一箇所だけ折れ曲がっていた。折れた先の葉はまだ萎れておらず、表面に水滴が三つ、並んで乗っていた。数日前にこの道を通ったときは、こんなに伸びていなかったはずなのに。

スーパーのレジ台に置かれた、少し破れたもやしの袋のミニチュア風イラスト

スーパーのレジで、もやしの袋が少しだけ破れていた

スーパーのレジで、かごからもやしを取り上げたとき、袋の端が少しだけ破れているのに気づいた。かごの底に、水滴がたまっていた。レジのおばさんは何も言わず、新しい袋に取り替えましょうかと手を伸ばした。僕は、いえ、これで、と言って、そのままカゴに戻した。

もやしの袋の破れ。それくらいで交換してもらうのは、なんだか申し訳なかった。というか、自分が破ったかもしれないし、そもそも破れていても、家に着くまでの数分だ。袋の端から、ほんの少し水分がにじんでいる。透明な袋の内側が、うっすら曇っていた。

会計を済ませ、レシートを受け取ると、かごの水滴でレシートの端が少し濡れていた。インクがにじんで、数字の一部がぼやけている。それを見て、なぜか、息子が小さかった頃、もやしを「白いひげみたい」と言っていたのを思い出した。あの頃は、買い物に行くたびに、もやしの袋をふりまわして、よく破らせたものだ。

レジ袋に商品を詰めながら、もやしを一番上に置いた。ぬれた指先を、持っていたハンカチで拭いた。ハンカチは昨日のものだ。薄い水色がくたびれている。

外に出ると、細かい雨が降り出していた。今日は一日、こんな天気が続くらしい。もやしの袋の小さな破れから、水滴がぽつりと落ちた。僕はそれを、なんだか大事なもののように、しばらく見ていた。

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