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思考と技術の記録。besoft Blog

開発・設計・運用・プロダクトづくりのなかで得た知見を、読みやすくまとめて共有します。

記事一覧

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夏の夕方のバス停と時刻表

バス停の時刻表を一段だけ見上げた

時刻表の下から二段目だけを見上げて、僕は首を止めた。17時15分のバス停は、昼の熱をまだ舗装に残していて、日陰に入っても靴の裏からぬるさが返ってくる。次の便を知りたくて立ったはずなのに、目は出発時刻の数字より、紙の右端にできた小さな折れ目を追っていた。

その折れ目は上向きに三角形になっていて、誰かが急いで貼り直した跡のようにも見えた。時刻表は透明な板の奥に収まっているから、触れることはできない。僕は意味もなく、板の左下にたまった細い砂を靴先で一度だけなぞった。

道路では車が一台通り、停留所の金属製の柱が短く鳴った。向かいの信号が青になったので、そちらを見ているうちに、さっきまで読めていた行が分からなくなった。上から数えるか、下から数えるかを決めていなかったせいで、同じ時刻を二度確認してしまう。

結局、次の便までの分数は覚えないまま、僕は一段だけ視線を下げた。そこには休日の運行について細い文字が並んでいたが、読む気になれず、時刻表を囲う黒い枠の角だけを見ていた。背後で自転車のベルが鳴り、僕は少し横へ寄って、まだ来ていない道路の方を向いた。

八月の商店街の角で折り直されたレシート

商店街の角で、レシートを折り直した

レシートを財布に入れようとして、商店街の角で一度ひらいた。買ったものは麦茶と電池だけなのに、紙は財布の幅より少し長く、端が三ミリほど出てしまう。八月の遅い午前で、アーケードの外から入る光が歩道のタイルに白く落ちていた。

最初は二つ折りで押し込んだが、電池の箱に当たって財布が膨らむ。三つ折りにすると今度はレシートの店名が内側へ隠れた。必要になって見返す予定などないのに、買った店くらいは読める向きにしておきたいと思い、角を合わせて折り直した。折り目の少し下に、レジの人がつけた小さな黒い点も見えた。

通りを自転車が一台抜け、僕は邪魔にならないよう柱の脇へ寄った。財布を閉じてから、さっき買った電池の向きまで確認した。袋の中で横になっていたので立て直し、結局またレシートがずれた。もう一度だけ折れば済む話なのに、指先で紙をなぞる順番を変えると、うまく収まる気がして試していた。

夏の朝のベランダから見える向日葵

向日葵の花言葉「あこがれ」を見ていた

向日葵の花を見上げたまま、僕はスマートフォンの画面を消した。午前九時二十二分、八月の空はよく晴れていて、ベランダの手すりがもう少し熱くなり始めている。花の中心は思ったより濃く、黄色い花びらには一枚だけ外側へ折れたものがあった。

今日の花言葉を調べるつもりで画面を開いたのに、先に「あこがれ」という文字が目に入った。向日葵にはいくつかの花言葉があるらしいが、僕は一番最初に出てきた言葉だけを覚えてしまう。後から別の意味を見つけると、最初のものを訂正したくなるのに、今回はそのままにした。

花は隣の建物の塀際にあり、こちらへ向いているようで、実際には少し南東へ傾いている。僕は首を左右に動かして、正面から見えているかを何度も確かめた。向日葵のためというより、自分の立ち位置を決めたいだけだったと思う。足元には、昨日取り込まなかった洗濯ばさみが二つ転がっていた。

写真を撮ろうとして、画面の端に電線が入るのでやめた。きれいに切り取れば花だけ残せるけれど、塀も電線もない向日葵は、僕が見たものとは少し違う。スマートフォンを下げると、花びらの折れた一枚がまた目に入り、そこから視線を外せないまま立っていた。

夏の朝に咲く百日紅を見上げる道ばたの風景

百日紅の花言葉「雄弁」を見上げた

百日紅の枝を見上げたところで、足が止まった。朝の七時五分、まだ道の熱はそれほどでもないのに、湿った空気がシャツの背中に張りついている。昨日まで花の数だけを見ていた木に、今日は一つずつの花びらの縮れが見えた。

百日紅の花言葉は「雄弁」だと、以前どこかで読んだ。たしかに、枝先にまとまった桃色の花は遠くからでもよく目立つ。ただ、僕には話し上手というより、同じ場所で何度も身ぶりを繰り返している人のように見える。声は聞こえないのに、見上げるたび内容が少し変わる。

幹のそばには、昨日の風で落ちたらしい花が二つあった。拾うほどではないと思いながら、靴先で踏まない位置へ寄せた。花びらを数えようとして三枚目でやめ、代わりに枝の先端が隣の電柱よりどちらへ傾いているかを確認していた。自分でも、見る場所が細かすぎると思う。

通りの向こうで自転車のブレーキが鳴り、僕は一度そちらを見た。戻ると、百日紅の花はさっきと同じようで、まとまりの中に白っぽい一輪だけが混じっていた。花言葉を思い出したのはそのあとで、雄弁という言葉を木に当てはめるより、僕が黙って見ていた時間のほうを覚えている。

夜の玄関に置かれた不在票と鍵

夜の玄関で不在票を裏返した

玄関の床から不在票を拾い上げた。午後に出かけた覚えはないのに、配達の人とはすれ違ったらしい。時刻を見ると二十時五十五分で、外はもう真っ暗だった。湿った八月の空気が、開けたドアの隙間から少しだけ入ってきた。

紙は三つ折りになっていて、端に靴の跡のような灰色の汚れがついていた。僕は再配達の受付番号を確認する前に、なぜか不在票を裏返した。裏面には何も書かれていない。ただ、印刷のない白い面に、折り目の影だけが斜めに残っている。

そのまま電話をかけるつもりだったが、鍵を置くための小皿が目に入った。昨日から小銭が二枚と、使い終えた電池が一つ入っている。電池を捨てようとして、玄関にゴミ箱がないことに気づき、いったん廊下の端へ持っていった。持ったまま戻ると、不在票の角が少し浮いていた。

僕は紙を押さえてから、スマートフォンに番号を打ち込んだ。明日の午前中に指定できる欄があったので、そこを選んだが、荷物の中身は思い出せなかった。注文履歴を開けば分かるのに、画面を暗くして、不在票を小皿の下へ差し込んだ。

夜の台所に置かれた麦茶の容器

夜の台所で、麦茶の容器を少し傾けた

冷蔵庫から麦茶の容器を出したとき、僕はすぐにはコップへ注がず、底のほうを少しだけ持ち上げた。時刻は二十時四十二分で、窓の外は晴れているらしいのに、台所には昼の暑さがまだ残っていた。容器の中身は半分より少し多い。傾けると、底に沈んでいた細かな茶色い粒が一緒に動いた。

粒が浮いたままになるのかと思って、いったん水平に戻し、三秒待った。三秒という数字に意味はない。ただ、いつも僕はこういうところで妙に待つ。コップを持ったまま、冷蔵庫の扉に貼った買い物メモの端がめくれているのも見えた。牛乳の文字だけが途中で切れていて、明日買うのか今日だったのか分からない。

もう一度容器を傾けると、今度は粒が底の隅に細く集まった。麦茶を振るつもりはなかったので、手首を動かさないようにして注いだが、最初の一杯は思ったより濃い色になった。コップの縁に小さな泡が二つ残り、僕はそれを指で消そうとして、指では触れないほうがいいと途中でやめた。

容器を冷蔵庫へ戻す前に、蓋が斜めになっていないかだけ確認した。閉まっているのに、白い蓋の取っ手が正面から少しずれている。直そうとして回したら、今度は容器全体が滑り、底が棚に軽く当たった。音を聞いてから、買い物メモの牛乳を明日の欄へ移すため、ペンを探している。

薄暗いベランダでアサガオのつぼみに水をやる様子

薄暗がりのベランダで、アサガオのつぼみに水をやった

夕方の水やりをしようとベランダへ出たら、暗くなるのが少し早くなっていた。八月に入ってから、昼間の暑さはまだ残っているのに、七時を過ぎると風が涼しい。アサガオの鉢は、昼間の陽を浴びたコンクリートの壁に寄り添うように置いてある。葉っぱが少ししおれているから、今日一日、ずっとあの照り返しに耐えていたんだなと思う。

じょうろを傾けて、土の表面にゆっくり水を注ぐ。土は乾いていて、最初の水を弾くようにして吸い込んでいく。そのうちに、鉢の縁から透明な水が滲み出て、下の受け皿に溜まっていく。僕は水が溢れないように、じょうろの角度を少しずつ変えながら、根元にまんべんなくかかるように気をつけた。葉っぱにかかった水滴が、薄暗い中でも光っている。

ふと、つぼみの数を数え始めていた。明日の朝、咲くつぼみは固く閉じていて、てっぺんの紐がほんの少し緩んでいる。指で触ると、固いのに、中に水が詰まっているような張りがある。昨日の朝も同じように咲いていた。今日はまだ小さくて、青い色がほんの先っぽに見えている。このつぼみが明日開くかどうかは分からないけど、夜の間に膨らんで、朝には花びらを広げているんだろう。

水をやり終えて、じょうろを蛇口のそばに戻した。受け皿の水を捨てようとしたら、中に小さな枯れ葉が一枚浮かんでいた。昨晩の風で飛んできたのか、それともアサガオ自身が落としたのか。そこに手を入れて取るのも面倒で、そのまま流しっぱなしにした。アサガオは明日、また新しいつぼみを上に伸ばしていく。僕は水をやるだけで、それ以上は知らない。

夜のベランダに置かれた白いビニール袋とプランター

台風13号の夜、ベランダで買い物袋の音を聞いていた

夕方、風がいつの間にか強くなっていた。ベランダに出ると、何かがカサカサと鳴っている。洗濯物は取り込んだはずなのに、音の正体が分からず、しばらく立ち尽くしてしまった。

見ると、二日前にスーパーから持ち帰った白いビニール袋が、手すりの近くで風に煽られていた。中身は空だ。捨てるのを忘れて、そのまま雨ざらしにしていたらしい。袋は小さな生き物みたいに震えていて、破れた口からヒューと音が漏れていた。

ニュースでは、台風13号が沖縄の西にあると報じていた。東京はまだ晴れているのに、その影響で風が強まっているのだろう。袋を拾おうと手を伸ばして、やめた。風が強いと、触った拍子に舞い上がりそうだったからだ。

結局、袋はそのまま置いておくことにした。明日の朝に片付ければいい。ただし、夜のうちに風で飛ばされたら、ご近所のベランダに落ちているかもしれない。そう考えると、少しだけ気が重い。

台風の進路はまだはっきりしないという。買い物袋を放置していたのは僕だけかもしれないが、ベランダの端に積んだ植木鉢を動かしておくべきだったかな、と今さら思う。風の音を聞きながら、今夜は眠れない夜になる気がしている。

真昼の踏切で遮断機の影がアスファルトに伸びる様子

真昼の踏切で、遮断機の影を数えていた

遮断機が下りてから、まだ電車が来ない。昼過ぎの踏切で、僕はアスファルトに伸びる影を数えていた。遮断機の影は二本、横木の影がもう一本。合わせて三本。数え終わっても、まだ通過音は聞こえない。

この踏切は遮断時間が長いことで有名で、地元の人たちは文庫本を取り出して待つ。僕はポケットの中で鍵を回して、時間を潰す。普段なら気にしない警報音が、今日はかぐや姫の音楽に聞こえてくる。昔、学校の近くの踏切で同じ音を聞いた。あの時は夏休みで、ラジオ体操の帰り道だった。

ふと見ると、遮断機の影が動いている。風で少し揺れているようだった。影を動かす風が、踏切の周りの草を揺らしている。その草の青さが、真昼の光で透けて見える。僕は影の先端がどこに落ちるのか、目で追った。白い線の少し手前。電車が通れば、その線も踏まれる。

どこかの家の犬が吠えた。遮断機の音に驚いたのかもしれない。犬の声で、僕は影から意識が外れた。時刻はまだ午後三時を過ぎたばかりで、日差しは強い。踏切の向こうの信号が変わり、車が動き出した。それでも遮断機は上がらない。

僕はもう一度影を数えた。三本のまま。結局、遮断機が上がったのは、それから三分後だった。僕は鍵をポケットに戻して、歩き出した。影のことは、そこまで考えていたのに、もう忘れかけている。

夏の昼下がり、街角の自動販売機の前でボタンを眺める男性

昼下がりの自販機、ボタンの色を数えていた

自動販売機の前で、僕はボタンの数を数えていた。五列に並んだ色とりどりのボタンが、夏の光を受けて妙に鮮やかに見える。この時間、日陰はまだ半分手前で、指先に汗が滲んできた。

飲み物を買うだけなのに、なぜか一番下の段の右から二つ目を押す気にならない。色のバランスが悪いからだ。赤、青、緑、そしてまた赤。僕はこの並びをずっと見つめて、結局一番左のオレンジにした。

隣の自販機には、若い女の子が二人いた。一人が小銭を入れながら、もう一人に「どれにする?」と聞いている。僕は遠くから、彼女たちの指がボタンに触れる瞬間を待っていた。けれど、二人はすぐに決めて、スポーツドリンクとレモン水を持って歩き出した。あの指の動きには、迷いがなかった。

缶が出てくる音がして、僕は我に返る。手に取ると、思いの外冷たくて、指の付け根が少し痛んだ。そのまま蓋を開けずに、自販機の脇にある歩道橋の影まで移動した。

影の中に立つと、さっきまで見ていたボタンの色が頭に残っている。あの並びは、僕がいつも押す場所と、なぜか一つだけ違う気がした。どうでもいいことなのに、それが気になって、もう一度自販機の方を見た。

缶の結露が手のひらに広がって、僕はようやく一口飲んだ。炭酸の音が喉の奥で弾けて、それから自分が朝から何も食べていなかったことを思い出した。

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