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思考と技術の記録。besoft Blog

開発・設計・運用・プロダクトづくりのなかで得た知見を、読みやすくまとめて共有します。

記事一覧

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支柱の間から見た朝の歩道と途切れた線

支柱の間を選んだあと、歩道の線を見失った

支柱の間を通ると決めて、僕は歩道の端から少しだけ進む向きを変えた。朝の九時、晴れた空の下で気温は二十八度を超えていて、風はほとんどない。支柱の影が舗装の上に細く伸びていたので、その影を避けるつもりで足を置いたら、いつも見ている歩道の線が急に分からなくなった。

線は消えたわけではなく、支柱の根元で途切れたあと、少し斜めの位置から続いていた。僕は進行方向より先に、線の終わり方を確認しようとして立ち止まった。白っぽい部分の横に、靴底で擦れたような灰色があり、そこだけ舗装の粒が目立っている。こういうとき、道を選ぶより線を見つけるほうに時間を使う。

一度、支柱の間を振り返った。こちらから見ると線は思ったよりまっすぐで、見失ったのは支柱を抜けるときに足元を見なかったせいらしい。けれど、そう判断したあとも、線の上を歩く気にはならなかった。線のすぐ内側に小さな砂が寄っていて、そこを踏むと靴の裏に残りそうだった。

結局、線から少し離れた舗装の継ぎ目を目印にして歩いた。支柱の間を選んだこと自体はもう忘れかけていたのに、次の継ぎ目がどちらへ曲がるかだけは見ていた。

曇り空の朝、鉢に咲く赤いケイトウ

ケイトウの花言葉、赤を決めきれなかった

鉢の前で、赤いケイトウの花言葉を決めようとして、結局しばらく立ったままになった。赤というだけなら情熱とか愛情とか、すぐにそれらしい言葉が出てくる。でも今日の花は、毛羽立った花の先が少しつぶれていて、勢いのある赤より、手入れの途中で見つけた赤に近く見えた。

昨日の曇り空が残ったような朝で、空気は湿っている。鉢の縁に水滴が並び、花の根元に近い葉には細い傷があった。僕は花言葉を調べる前に、赤い部分を上からではなく横から見た。盛り上がり方が思ったより不揃いで、そこを見ていると「情熱」と書くのが急に大げさに感じられた。

それでも、ケイトウの花言葉として知られている言葉を一つも選べないままにするのも落ち着かず、スマートフォンの画面を開いて、候補を二つだけ確認した。愛情という言葉のほうが近い気はしたが、花に向けたものなのか、僕が赤に勝手に足したものなのか分からない。画面を閉じると、鉢の受け皿にたまった水の薄い輪が目に入り、そこを布で拭くかどうかでまた迷った。

花を見た時間より、名前を決めるのにかかった時間のほうが長かったかもしれない。結局、今日のケイトウには「情熱」とも「愛情」とも書かず、赤い花、とだけメモした。花の先に残った小さな水滴が気になって、指では触らず、鉢を少しだけ日陰側へ寄せた。

夜の静かな部屋に置かれた小さな冷蔵庫

冷蔵庫の音が一度だけ途切れた夜

冷蔵庫の音を聞きながら、コップを流しに置こうとしていた。いつもの低い振動が、そこで一度だけ途切れた。止まった、と書くほど長くはなく、耳が勝手に拾っていた音の隙間が急に広がった感じだった。8月の夜らしく部屋は蒸していて、窓の外から入る風もほとんどない。冷蔵庫のない家を想像するほどではないのに、音が消えると置き場所まで少し遠く感じた。

僕はコップを置いたあと、冷蔵庫の扉を見た。閉まっている。取っ手の下に指を入れて、開いていないことを確かめたくなったけれど、そこまでするのも大げさで、結局は扉の端の黒い隙間だけを見た。いつもなら見ない部分なので、汚れが一本ついているのに気づいた。音の確認に来たのに、先にそこを拭くべきかどうかで少し迷った。

その間に、冷蔵庫の音が戻った。低い振動が床から伝わったというより、部屋の奥に置き忘れていたものを拾ったように聞こえた。僕はすぐに安心するでもなく、壁側の電源まで目を動かした。抜けているはずはないのに、コードの根元が見えていないと落ち着かない。しゃがむほどではないと判断して、立ったまま首だけを傾けた。

明日の暑さを考えると、今夜も冷蔵庫は働いているのだろう。そんなことを考えながら、僕はコップの水を飲み、流しの前から離れた。振り返ると扉の端の汚れがまだ見えたので、布を探しかけたが、何をしに来たのか分からなくなり、そのまま冷蔵庫の横を通り過ぎた。

夜の部屋で窓辺のカーテン留め具を直したミニチュア風景

夜のカーテン留め具を、窓を閉める前に直した

カーテンを閉めようとして、留め具の輪が少し斜めになっているのに気づいた。窓を閉めるだけなら、そのままでも困らない。けれど布を寄せたとき、輪の端が壁から浮いて見えたので、指先でいったん外し、金具の向きを確かめた。今夜の21時25分、窓の外は晴れていて、湿気だけが部屋の中に残っている。

留め具は同じ場所へ戻したつもりなのに、布を通すと片側だけ細くなる。カーテンの重なり方を変えたのか、金具が曲がったのか、そこまでは分からない。僕は窓を閉める前に、左右の高さを一度ずつ見た。こういう確認はたいてい役に立たないのに、片方だけを見て終えるのが嫌だった。

直すために布を引くと、窓ガラスに部屋の明かりがぼんやり返った。外を見ようとしたわけではないが、反射の中で留め具が前より正面を向いていることだけは分かった。そこで満足して窓の鍵へ手を伸ばしたものの、今度はカーテンの裾が床に触れていないかを見てしまう。

裾を少し持ち上げ、留め具の輪をもう一度押し込んだ。窓は閉まり、布も動かなくなったが、僕は鍵を回す順番を一瞬忘れた。

池の水面と岸辺の草を少し離れた位置から眺める夏の夕方の風景

池の水面から岸の草へ、目線が戻るまで

池の水面を見ていた目が、岸の草の先で止まった。午後五時五分、雲の切れ目からの明るさはあるのに、池は空をそのまま映さず、細い揺れを何本も重ねていた。水面に何かあるか確かめようとしていたはずなのに、いつの間にか、岸から伸びた草の葉先を数えていた。

草はきれいに並んでいなくて、一本だけ水の方へ倒れ、その隣は途中で折れたまま残っている。僕はその倒れた葉を、池に浮かぶ細い枝だと思って少し身を乗り出した。見間違いと分かっても、戻って水面を見直すより、葉の根元に付いた小さな泥の跡を見ていた。そこを見つけた自分が少し可笑しい。

昨日の雨のせいか、岸の土は乾ききっていない。靴を近づけるのはやめて、草を避けるように一歩横へずれた。すると水面の揺れが広く見え、さっきまで見落としていた丸い波紋が、岸から少し離れたところで消えた。何が作った波紋かは分からないし、確かめるほどのことでもないので、僕はまた草の高さに目を戻した。

一番高い葉だけを基準にすると、ほかが全部短く見える。そんな役に立たない比べ方をしているうち、池の向こう側はぼやけて、手前の草だけが妙に具体的になった。水面を見るために立ち止まったのに、最後は草を踏まない位置を探している。足元を決めるのに時間がかかり、歩き出す方向もまだ決めていない。

街角の舗道にある排水溝と、その左右に続く道

街角の排水溝で、靴音が軽く返る側を選んだ

排水溝をまたぐ前で、僕は一度だけ歩く速さを落とした。街角の舗道に細い金属の溝が横切っていて、左右の縁には同じような灰色の地面が続いている。急いでいたわけではないのに、靴底をどちらへ置くかで足が止まった。

左側を先に踏むと、靴音が少し乾いて返ってきた。右側は音がこもるというほどではないが、足の中で一拍遅れる感じがある。音の違いを確かめるため、僕は溝の手前で爪先だけを左右に振った。たぶん、通り過ぎれば忘れる程度の差だった。

雲の切れ間から日が出て、舗道の一部だけが明るくなっていた。水が残っている場所を避けようとしたのに、見ているうちに濡れ具合より音のほうが判断材料になっていた。こういうときの僕は、歩きやすさを決めるのに、ずいぶん役に立たない確認を挟む。

結局、左の縁に靴を置いた。軽い音が一度返り、そのまま数歩進んだところで、後ろから自転車の気配がしたので端へ寄った。排水溝の向こう側に出たあとも、靴音を聞くために歩幅を変えたことだけは覚えている。

駅前ベンチの端に引っかかった買い物袋

駅前ベンチの端で、買い物袋を外す順番に迷った

駅前のベンチを通り過ぎかけたとき、端に買い物袋が引っかかっているのが見えた。袋は座面に置かれたというより、持ち手の片方だけが外側の角に絡み、底が舗道から少し浮いていた。中身が重いのか軽いのか、見ただけでは判断できない。昼前の空は雲が途切れ、湿った暑さがベンチの周りにも残っていた。

僕はまず、袋を取るより先に、持ち手がどちら向きにねじれているかを見た。こういうとき、引けば外れるものを余計に固くすることがある。買い物袋の口はきちんと閉じていて、透明な部分から何かが見えるわけでもない。持ち主がすぐ戻る可能性もあるし、置き忘れならベンチの上へ移すだけでいいのかもしれなかった。

通路側へ回ると、袋の影がベンチの脚の近くまで細く伸びていた。僕はその影を避けるように立ったあと、避ける必要はないなと思って、また端へ戻った。持ち手を一度持ち上げると、絡んでいた部分は外れたが、袋をどこへ置くかで手が止まった。座面の中央に置くのも、足元へ下ろすのも、勝手に決めている感じがした。

結局、引っかかっていた角から袋を外し、ベンチの端に倒れない向きで寄せた。袋の底が舗道についた音は小さく、思ったより中身が入っているらしかった。僕は持ち手のねじれだけ直して、袋の口には触れなかった。そのまま立ち上がると、目線だけがベンチの板の傷へ残った。

朝の光を受けるサルスベリの枝先

サルスベリの花言葉を、朝の枝先で読み違えた

サルスベリの枝先を見上げたまま、僕は花言葉を一度決めかけて、すぐにやめた。朝の光の中で、まとまって咲いている花より、少し下を向いた一輪のほうが目に入ったからだ。花びらは薄く縮れていて、昨日の雨が残した水滴が、葉の付け根に一つだけ乗っていた。

サルスベリの花言葉には「雄弁」や「愛嬌」があるらしい。以前なら、枝いっぱいに花をつける姿を見て、よくしゃべる花なのだろうと簡単に結びつけていたと思う。けれど今朝は、目立つ場所から少し外れた花が、こちらを向かずに咲いている。そのせいで、知っている意味が急に頼りなくなった。

僕は花の数を数えようとして、途中でやめた。数えるなら咲き方を比べるべきなのに、なぜか枝の先端から二つ目の葉ばかり見ていた。葉の縁が少し丸まっていて、そこだけ朝の明るさを細く返している。花言葉より、そんな部分のほうが先に記憶に残りそうだった。

サルスベリは、華やかに咲くものという読み方だけでは足りないのかもしれない。そう書きかけて、それも言い過ぎに思えて消した。僕が読み違えたのは花言葉そのものではなく、花を見る順番だったらしい。枝先から視線を下ろしたとき、足元の濡れた葉が一枚だけ靴のそばにあった。

夜の部屋に置かれたスマートフォンとスヌーピーのアイスクリーム柄ステッカー

スヌーピーステッカーを選ぶとき、僕は最後の一枚を残した

スヌーピーステッカーがもらえるイベントの記事を、僕は画面を閉じずに読んでいた。梅田で始まった「SNOOPY STICKER CLUB」は、アイスクリームがテーマで、無料で持ち帰れるオリジナル品らしい。最大4枚という数字より、どれを先に選ぶかのほうが僕には引っかかった。たくさんもらえる話なのに、最初に好きなものを決めると、残りが急におまけのように見えそうだった。

東京の窓の外は、8月の夜にしては少しだけ風があり、湿気は残っている。20時30分、スマートフォンの画面にはステッカーの写真が並んでいた。僕はスヌーピーの表情ではなく、アイスクリームの部分の傾きばかり見ていた。丸いものを先に選ぶか、少し形の違うものを最後まで取っておくか。自分でも、そこを比べる必要があるのかは分からない。

記事には最大4枚もらえる方法も書かれていたけれど、僕ならたぶん一枚目で止まる。好きなものを最初に取ると、そのあとの選択が作業になりそうだからだ。反対に、いちばん迷う一枚を後ろへ残しておけば、帰るまで楽しめる気がする。無料という言葉にも、少し身構えてしまう。得をする順番まで考え始めると、ステッカーなのに買い物の反省会みたいになる。

画面をスクロールすると、アイスクリームの色が一度だけ暗く見えた。夜の照明が映り込んだだけなのに、僕はその一枚を候補から外しかけ、すぐに戻した。結局、好きな順番はまだ決まっていない。最大4枚というところまで読んで、僕は指を止めたまま、次の写真を開こうとしている。

夏の午後、自動販売機の取り出し口に置かれたボトル

自動販売機の取り出し口で、ボトルの向きを直した

取り出し口のふたを上げたら、買ったばかりのボトルが横向きに転がっていた。自動販売機の前でしゃがむほどではないと思い、指先だけを差し入れて引き寄せたけれど、ラベルの向きがこちらを向いていない。飲むときには関係ないのに、そこだけ直したくなった。東京の暑い夏、14時30分の空気は熱く、冷たい容器の水滴が指にまとわりついた。買うときはボタンと金額しか見ていなかったのに、出てきた後の向きだけを確かめている。

最初は底をつまんで回そうとした。ところが取り出し口の縁にボトルが当たり、ころりと反対へ戻った。自動販売機の中で鳴る冷却の低い音を聞きながら、僕はもう一度、今度はキャップ側を押した。きれいに正面へ向けるより、せめて転がらない置き方にすればいいのに、こういうところで妙に手間を惜しまない。ボトルを出すだけの動作なのに、取り出し口の黒いゴムの切れ目まで見ていた。

ようやくラベルが見える向きになったので、ふたを閉めた。閉まる音が思ったより軽く、直したことまで機械に知られたようで少し気まずい。立ち上がる前に、足元の舗道に落ちた水滴を一つ見つけた。自分のボトルから落ちたのか、昨日の雨の名残なのかは分からない。拭くほどでもなく、靴で避けて歩き出した。手の中では、向きを直したボトルが少し回ったので、僕は持ち替えずにそのまま歩いた。

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