
森の蝉の抜け殻へ、三歩戻った
森の道を歩いていて、足元の少し先に蝉の抜け殻があるのを見つけた。午後二時二十五分で、夏の光は葉の間から細かく落ちている。通り過ぎてから、僕は三歩戻った。戻るほどのことではないのに、見なかったことにするのも妙だった。
抜け殻は細い枝の根元にしがみついていた。背中の割れ目がよく見え、脚の先だけが土に触れている。近づいて眺めると、殻なのに歩き出しそうに見える、という決まり文句が頭に浮かんだ。ただ、実際には歩き出しそうというより、置き場所を間違えた小さな部品に近かった。
僕はしゃがまず、立ったまま枝の向きを確かめた。風で揺れているのかと思ったが、動いていたのは上の葉だけだった。抜け殻の表面には薄い土がついていて、指で払えば取れそうに見える。けれど、触る理由はないので、靴先も手も出さなかった。
その横をもう一度通ると、今度は木の根が道へ出ている部分に目が移った。根を避けるために歩幅を変えたあと、蝉の抜け殻が見える位置まで首だけ戻した。さっきより小さく見えたのは、離れたからではなく、見つけた驚きが薄れたせいだと思う。
森を出る用事があったので、そこで立ち止まるのはやめた。三歩戻ったことだけが、歩いた距離よりはっきり残っている。抜け殻について考えながら進んだわけでもなく、次に聞こえた蝉の声の方向を見ただけだった。








