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思考と技術の記録。besoft Blog

開発・設計・運用・プロダクトづくりのなかで得た知見を、読みやすくまとめて共有します。

記事一覧

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朝の台所に置かれた炊飯器と蓋の内側に残った米粒

炊飯器の蓋の米粒を、朝の支度の途中で見逃した

炊飯器の蓋を閉めようとして、内側に米粒が一つ残っているのを見つけた。朝の八時十四分で、窓から入る光はもう白く、炊きたての湯気だけが蓋の縁に薄くたまっていた。指で取れば終わるのに、僕は閉じる動作をいったん止めたまま、米粒の位置を確認した。中央ではなく、蒸気の通り道らしい細い溝の横に張りついている。

しゃもじでよけたつもりが、最後の一粒だけ逃げたのだと思う。昨夜ならすぐに布巾を持ってきたはずなのに、朝はこういう小さな残り方を後回しにする。蓋を開けたままにして、先に茶碗を流しへ運んだ。蛇口の水音が始まると、米粒のことより、茶碗の底に残った薄いご飯の膜のほうが気になって、そこを親指でこすっていた。

戻ってきたとき、蓋の内側は少し乾いていた。米粒も白いというより、端だけ半透明になっている。僕は炊飯器の説明書に書いてあった手入れの順番を思い出そうとしたが、毎回そこまで正しくできているわけではない。結局、濡らした布巾を流しの端に置き、蓋を閉めずに朝の支度を続けた。

冷たい水で布巾を絞ると、米粒は思ったより簡単に外れた。布巾の上へ落ちたものを見て、取ったことより、取る前に何度も場所を見たことのほうを覚えている。炊飯器の蓋を閉める音を小さく聞いてから、僕はまだ片づけていない茶碗を一つ手にした。

夏の朝に開きかけた青い朝顔の鉢

朝顔の花言葉を、開ききる前の青で決めた

朝顔の花言葉を、開ききる前の青で決めた

朝顔の花びらを指で開こうとして、途中でやめた。七時四十分の東京はもう暑く、空気は湿っているのに、朝顔の青だけはまだ朝の顔をしていた。輪郭が少し折れたまま、花の中心が細く見えている。開いているかと聞かれたら、たぶん開いている。でも、僕の中ではまだ途中だった。

今日の花として朝顔の花言葉を調べるつもりで、画面に文字を入れかけた。よく知られているのは「愛情」や「結束」らしい。そこで手が止まった。朝顔はつるが伸びて支えに絡むから結束、という説明を見た覚えがあるが、今見えている花にまで、そんな立派な言葉を背負わせてよいのか分からなくなった。

青い花の前で、言葉を一つに絞る

僕は花言葉をいくつも並べて安心する癖がある。愛情、固い絆、はかない恋。どれも朝顔に似ているようで、どれも少し遠い。特に「はかない」と書かれると、花が咲いている時間より先に終わりを見ている感じがして、今日は採用したくなかった。

朝顔の花言葉を一つにするなら、僕は「愛情」にした。大げさな気持ちを言いたいわけではない。花びらの端を直さず、開ききるのを待つでもなく、ただそのまま見ている時間に、名前をつけるならそれだった。支えに絡んだ細いつるを見ていると、結束という言葉も捨てにくいのだが、そちらは少し説明が上手すぎる。

そのあと、花の向きを確かめるために鉢の反対側へ回った。青い面が少しだけ広く見えたので、さっきより開いたと思ったが、たぶん僕の立つ位置が変わっただけだ。こういう確認を何度もするから、朝の用事がなかなか進まない。葉の裏に小さな土がついているのを見つけ、花言葉よりそちらを先に覚えてしまいそうになった。

スマートフォンの画面には、まだ検索欄が残っていた。消すほどでもないので、そのまま伏せた。朝顔の花言葉を決めたというより、青い花の前で、今日はこれ以上増やさないと決めただけだと思う。開きかけの花は、見る角度を変えるたびに少し違って見えた。

鉢のそばを離れる前に、つるの先が支えの外へ出ていないかだけ確認した。戻すほどではなかったので、指を近づけて、やはり触らずに引っ込めた。花はまだ途中の形で、僕は検索欄を閉じるところまでしか進まなかった。

夜の部屋のテーブルに置かれたグラスとコースターの水滴

コースターの端の水滴を、すぐ拭かなかった

グラスを持ち上げたあと、コースターの水滴が端に一つ残っているのが見えた。八月の夜は部屋にも暑さが残り、表面は乾いているように見えたのに、そこだけ透明だった。僕はすぐ布を取らず、グラスを置いた位置を少し横から見た。水滴が底から流れたのか、最初から端にあったのか、見ても分からないことを確認していた。

布はテーブルの脇にあった。端へ寄せると簡単に消えそうだったが、コースターの表面まで擦ってしまいそうで、まず乾いた角を水滴の隣に置いた。押さえるだけでよいのに、僕は一度離し、濡れた跡が広がっていないかを見た。広がってはいなかった。こういうときだけ、拭くという動作に妙な順番を求めてしまう。

その間、グラスの中の水が少し揺れて、底に細い光が動いた。水滴よりそちらを見てしまい、飲むつもりだったことを思い出した。けれど口をつける前に、コースターの下へ染みていないか確かめたくなった。端を持ち上げるほどではないと決め、平らなまま、布の角だけをもう一度近づけた。

水滴は布に吸われ、丸い跡だけが薄く残った。消えたと言い切るには近づいて見なければならず、僕は距離を取ったまま、端の繊維が一本だけ立っているのに気づいた。そこを寝かせようとして布を裏返し、ついでにグラスの水を一口飲んだ。コースターはテーブルの上で、少しだけ乾き方が違っていた。

夏の夜の歩道橋と手すり

夜の歩道橋で、手すりの冷たさを確かめた

歩道橋の階段を上りきる前に、僕は手すりへ手を伸ばした。夜になっても暑さは残っていて、風もほとんどない。触れる前から、金属はまだ昼の熱を持っているだろうと思っていたのに、指先に来たのは思ったよりはっきりした冷たさだった。驚くほどではないが、予想と違うと一度離してしまう程度には冷たい。

そのまま通り過ぎればよかったのに、僕は二、三段戻って、同じ場所をもう一度触った。手のひら全体ではなく、指先だけを置いて、すぐに離す。確認としてはずいぶん頼りないやり方だけれど、長く触っていると、自分の手の熱で冷たさを消してしまいそうだった。手すりの表面には細かなざらつきがあり、指を横へ動かすと、塗装の継ぎ目らしい段差に引っかかった。

階段の脇には、靴底で運ばれた細かな砂が線になっていた。僕はそれを踏まないように歩こうとして、かえって足の置き場を狭くした。避けるほどのものでもないのに、白っぽい粒が一か所に寄っているのが見えると、そこだけ外したくなる。手すりを確かめていたはずが、今度は階段の端ばかり見ていた。

上からは車の音が続いていた。歩道橋の下を通るたび、音が少し膨らんで、遠ざかると薄くなる。僕はその変化を数えようとしたが、三台目で分からなくなった。代わりに、手すりの支柱が階段の線ときちんと重なっているかを見ていた。わざわざ確認することではないのに、一本だけ少し曲がって見えたからだ。

上りきったところで、もう一度だけ手すりを握った。さっきより冷たく感じたのは、手を離していた時間があったからかもしれない。そう思いながら、今度は確かめるために指を置く場所を選んでいた。選び終わる前に、足元の砂を避けた歩幅のまま、階段の先へ進んだ。

真夏の昼の渓谷で水音を返す石と浅い流れ

渓谷の水音を、石の裏側で確かめた

石の横を通り過ぎかけて、僕は足を戻した。渓谷の水音が、流れの見えている場所からではなく、少し外れたところで返ってきたからだ。音だけなら、上流から落ちてくる水が岩に当たっているだけにも聞こえる。けれど、耳を向けるたびに位置がずれるので、歩く方向を決められないまま立っていた。

13時05分の光は水面に強く当たっていて、石の表側だけが白く明るい。裏側は同じ石なのに、急に色が薄く見えた。僕は靴底が濡れない場所を選び、しゃがまずに体を少し横へずらして、石と岸の隙間をのぞいた。最初に見えたのは水ではなく、細い枝と、丸くなった茶色の葉だった。

音はそこで消えなかった。石の下をくぐった流れが、目に入らない狭い溝へ回り、別の面から出ているらしい。らしい、と書くのは、実際には水の通り道を最後まで見つけていないからだ。僕は一度だけ石の反対側へ回ったが、そちらでは音が低くなり、聞こえたことを確かめるための場所としては、かえって頼りなかった。

戻る途中、石の上に残った小さな砂の筋が目に入った。水が増えたときの跡なのか、誰かが靴でこすっただけなのか、見分けはつかない。指で触るほどのことでもないと思いながら、僕は靴先でその筋を避けた。避けたせいで、今度は流れの端にある白い小石を踏みそうになり、足を置く場所のほうへ注意が移った。

結局、石を動かすことはしなかった。動かせば水音の正体は分かるかもしれないが、分かったあとに置き場所を戻す自信がなかった。耳を近づける代わりに、少し離れて音の返る側を見た。渓谷の水音は、見えない流れの位置を教えるというより、僕が立つ場所を何度も選び直させていた。

夏の朝、明るい光の中で少し横を向いて咲くひまわり

ひまわりの花言葉を、朝の向きだけでは決められなかった

ひまわりの花の向きを、顔を近づけずに見ようとして、僕は一度しゃがみ、それから立ち上がった。朝の光はもう明るく、空気は少し湿っている。花は光のほうを向いていると思っていたのに、実際には正面から少し外れていて、黄色い花びらの片側だけがよく見えた。

ひまわりの花言葉を調べると、「あなただけを見つめる」という言葉が出てくる。前に読んだときは、花が太陽を追う印のように受け取っていた。けれど今朝の向きは、見る角度を変えるたびに違って見える。僕が半歩横へ動くと、花の中心がこちらを向いたようになり、戻るとまた朝の光からずれた。

それで、花言葉を決める前に、茎の途中にある小さな折れ目を見た。風のせいなのか、重さで曲がったのかは分からない。葉の一枚には乾いた土が細く付いていて、そこばかり覚えてしまった。花の大きな黄色より、見落としても困らない部分に目が止まるのは、僕のいつもの癖らしい。

スマートフォンで向きを記録するほどでもないので、頭の中で「右寄り」とだけ言った。誰かに聞かれたら、ずいぶん曖昧な観察だと思われそうだ。花言葉の「あなただけ」が、太陽なのか、見る人なのか、そもそも向きとは別の話なのかも決められないまま、僕は花の下の葉を一枚だけ避けた。

その隙間から見えた茎は、思っていたより細かった。大きな花を支えるには頼りなく感じたけれど、触って確かめることはしなかった。向きをもう一度見るために少し後ろへ下がると、今度は花びらの先ではなく、中心の茶色い部分が目に入った。ひまわりの花言葉を思い出しながら、僕はそこで足を止めた。

夜の部屋で首振り扇風機の風が届かない隅

扇風機の風を、部屋の隅で見失った

扇風機の風が頬に当たる位置で、僕は首を少し下へ向けた。今夜の部屋は湿気が残っていて、風のあるところだけが何とか普通の暑さに見える。首振りの端まで待ってみると、部屋の隅には空気が動かない幅があり、そこだけ別の場所のように感じた。

本体を動かすほどではないと思い、まず羽根の向きを一段だけ変えた。首振りが始まると、風は僕のところを通り過ぎてから隅へ進む。届いたかどうかを確かめたくて、目を細めたまま床の小さな紙くずが揺れるか見ていた。紙くずは動かなかった。

そこで首振りを止め、扇風機の顔を隅へ向けた。風は正面から来ると強いのに、少し横を向いただけで急に頼りなくなる。僕はリモコンの表示を見直したが、設定を変えたわけではない。表示を確認する必要もなかったのに、二度見してしまった。

もう一度だけ首振りを戻し、今度は隅に向く直前で止めた。風の音が一定になり、床の紙くずの端がほんの少し浮いた。届いたと決めるには弱く、届いていないと言うには動いている。僕はその中途半端な向きのまま、冷たい麦茶を一口飲んだ。

時計を見ると22時50分だった。扇風機の風は肩には届いているのに、足元はまだ熱い。首を伸ばして隅を見ようとしたら、風の向きがまた変わり始めた。

夜の机に置かれたノートと一本のペン

長く使う文房具の記事を読んで、僕のノートを閉じた

ノートを閉じる前に、ページの端から少し浮いていた紙を指で押さえた。料理家が30年以上使い続けている文房具と、レシピを書きためたノートの記事を読んでいたところだった。長く使う道具の話なのに、僕が見ていたのは内容より、ノートを閉じる動作のほうだった。

僕のノートは、まだ買ってからそれほど経っていない。表紙の角もきれいで、ペンの跡も少ない。なのに新しいものを見かけると、今のノートを使い切る前に替えたくなる。紙が余っていることを、使い続ける理由ではなく、買い足す余白にしてしまう。

記事に出てくる文房具が特別に高価なのかは、そこまで覚えていない。ただ、何年も同じ道具で書かれた料理の名前や分量が、ノートの中で増えていく感じは残った。僕は途中でページをめくるのをやめ、自分のノートに挟んでいた細い紙を抜いた。買い替え候補を書いたメモだった。

その紙を捨てるか迷って、裏返すと、先週の買い物の品が三つだけ並んでいた。必要かどうかを考える前に、ペンの持ち方を変えて書いたらしい字もある。僕は候補の上に線を引き、ノートを閉じた。今夜は新しい文房具を探さず、残ったページをもう少し使うことにした。

真夏の昼の草原の端で、斜めに傾きながら立つ一本の草

草原の端で、倒れきらない一本を見ていた

草原の端で、倒れかけた一本の草を見つけた。ほかの草はほぼ同じ向きに寝ているのに、それだけが斜めの姿勢で止まっている。折れているようにも見えるし、根元から押されているだけにも見えた。僕は通り過ぎかけてから、靴の向きを戻した。

昼の12時45分で、日差しはかなり強い。風が来るたび、茎の先だけが細かく揺れる。倒れきらない理由を考え始めると、根の深さや土の硬さまで想像しそうになったので、そこまではやめた。見えているのは、傾きと、先端が戻る速さだけだった。

近くの草の影が地面に細く落ちていて、僕は一本の影を数えようとした。途中でどれがどの草のものか分からなくなり、数える意味もなくなった。それでもしゃがまず、立ったまま少し首を傾けていた。正面から見るより、横から見たほうが倒れていない部分を確認しやすかった。

手で起こせば簡単なのだろうけれど、触るほどのことではないと思った。起こしたあとにまっすぐ立つのか、また同じ角度へ戻るのかも分からない。僕は風が止んだ隙にもう一度だけ先端を見て、それから歩き出した。草原の端は、足元の傾きまで見ようとすると案外長く立ち止まる場所だった。

歩道の目地に入り込んだ白い輪ゴムのミニチュア風景

白い輪ゴムを、歩道の目地から外した

歩道の目地に靴底を引っかけないように歩いていたら、白い輪ゴムが細い溝の中で半分だけ見えていた。午前九時三十五分、晴れているのに湿気がまとわりつき、歩道の表面も少し熱を持っている。輪ゴムは誰かの落とし物というより、目地の幅を測るために置かれた印みたいだった。もちろん、そんな用事はない。

通り過ぎてから二歩戻った。拾うほどのものか迷ったというより、白い部分が溝の線を途中で止めているのが嫌だった。しゃがむと、輪ゴムの一方は乾いて灰色になり、もう一方だけが元の白さを残していた。指でつまむ前に、靴先で軽く押してみた。動かなかったので、余計に本当に輪ゴムなのか確かめたくなった。

爪を端に入れると、輪は細く伸びて、目地の中からぱちんと戻った。音はほとんど聞こえなかったが、手に残った弾力だけは思ったよりはっきりしていた。外した輪ゴムをすぐ捨てる場所が見つからず、指先で持ったまま歩くことになった。歩道の先にある排水口まで行けばよいのに、そこへ向かう途中で、今度は目地に入り込んだ小さな砂粒の並びを見てしまった。

輪ゴムを丸めると、白い面が内側へ隠れた。捨てる前にもう一度伸ばす必要はないのに、どのくらい細くなるかだけ試して、途中でやめた。暑さで額をぬぐうほどではないが、立ち止まったぶんだけ背中にシャツが張りつき、僕は排水口の手前で歩く速度を戻した。

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