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思考と技術の記録。besoft Blog

開発・設計・運用・プロダクトづくりのなかで得た知見を、読みやすくまとめて共有します。

記事一覧

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夏の午後の森の道にある蝉の抜け殻

森の蝉の抜け殻へ、三歩戻った

森の道を歩いていて、足元の少し先に蝉の抜け殻があるのを見つけた。午後二時二十五分で、夏の光は葉の間から細かく落ちている。通り過ぎてから、僕は三歩戻った。戻るほどのことではないのに、見なかったことにするのも妙だった。

抜け殻は細い枝の根元にしがみついていた。背中の割れ目がよく見え、脚の先だけが土に触れている。近づいて眺めると、殻なのに歩き出しそうに見える、という決まり文句が頭に浮かんだ。ただ、実際には歩き出しそうというより、置き場所を間違えた小さな部品に近かった。

僕はしゃがまず、立ったまま枝の向きを確かめた。風で揺れているのかと思ったが、動いていたのは上の葉だけだった。抜け殻の表面には薄い土がついていて、指で払えば取れそうに見える。けれど、触る理由はないので、靴先も手も出さなかった。

その横をもう一度通ると、今度は木の根が道へ出ている部分に目が移った。根を避けるために歩幅を変えたあと、蝉の抜け殻が見える位置まで首だけ戻した。さっきより小さく見えたのは、離れたからではなく、見つけた驚きが薄れたせいだと思う。

森を出る用事があったので、そこで立ち止まるのはやめた。三歩戻ったことだけが、歩いた距離よりはっきり残っている。抜け殻について考えながら進んだわけでもなく、次に聞こえた蝉の声の方向を見ただけだった。

歩道へ伸びた茎を避けて歩く街角の植木鉢

街角の植木鉢から伸びた茎を、避けて通った

街角の植木鉢から細い茎が歩道へ伸びていて、僕はその手前で足の向きを少し変えた。踏んでも折れないようには見えたけれど、靴の底で確かめる気にはならなかった。午後の強い光で鉢の縁は熱そうになり、茎だけが頼りなく、歩く人のほうへ出ていた。

大きく回り込むほどのことではないので、左足を先に出し、次の一歩を茎の外側へ置いた。歩幅をいつもより狭くしたせいで、通り過ぎる動作が少しぎこちなくなった。誰かに見られているわけでもないのに、僕は着地した靴の位置を一度だけ確認した。必要のない確認だと思いながら、茎の先を踏まなかったことだけは確かめておきたかった。

植木鉢は壁際に寄せられていて、葉の影が歩道へ小さく落ちていた。茎の先はどこにも固定されず、風がないのに横へ張っている。折れているのか、最初からその向きなのかは分からない。持ち主に知らせるほどではないし、見るためにしゃがんで触るのも違う気がした。僕は立ったまま目だけを動かして、その場を抜けた。

数歩進んだところで、今度は足元の白い線を踏まないように歩幅を調整した。線は舗装の継ぎ目だった。植木鉢の茎より、こちらのほうがずっと気にしなくていいものなのに、僕の足はそちらへ寄っていった。暑さのせいにしておけばいいと思いながら、街角の植木鉢を避けた一歩の幅だけは、妙に正確に思い出せた。

昼の湿地でぬかるみの縁にある葉を避ける風景

湿地の葉を一枚だけ避けた

昼の湿地を歩いていて、ぬかるみの縁に広がった葉の一枚へ靴先が近づいた。葉は水を含んだ土に半分だけ沈み、中央の筋だけが乾いて見えた。踏んでも破れるようなものではなさそうなのに、僕は足を横へずらした。避けるなら大きく回ればいいのに、その一枚の外側を靴の幅ぶんだけ通ることにした。

歩幅を小さくすると、泥の表面に残った細い水の筋まで目に入る。葉の先に靴底を置かないようにしていたら、今度は隣の草の根を踏みそうになり、膝を少し曲げた。こういうとき、僕は肝心の葉よりも、避けた後の足の置き場所を何度も確認する。慎重というより、決めたことを途中で変えるのが面倒なのだと思う。

湿地の葉は風に押されたのか、片側だけ泥から浮いていた。裏側に細かな土が付いていて、拾って見れば理由が分かるのかもしれない。ただ、手を伸ばすほどのことでもなく、葉の向きを直すのも違う気がした。近くでは水面が小さく揺れ、僕の影がその揺れに合わせて細く伸びていた。

通り過ぎてから、避けた距離が本当に必要だったか考えた。必要ではなかったはずだが、戻って踏む気にもならない。湿地の葉を一枚だけ避けた足は、次の柔らかい場所を探しながら、少し先の乾いた土へ進んだ。

夏の昼、歩道の縁石に沿って残る細い水の筋

歩道の縁石を一歩だけ回った

昼の歩道で、僕は歩道の縁石に沿って残った水の筋を見ながら、靴の向きを少し変えた。12時05分、雲の少ない空から日がまっすぐ落ちていて、乾いた舗装の中でそこだけ色が濃い。水たまりと呼ぶほど広くないので、避けるほどでもない。けれど踏んだら靴底の模様がどんなふうに残るかを考え、結局、縁石の外側を一歩だけ回った。

水は植え込みのほうから流れてきたらしく、歩道の縁石の継ぎ目で細く止まっていた。誰かが散水したのか、清掃のあとかは分からない。僕は通り過ぎてから二歩戻り、流れの先に小さな葉が一枚貼り付いているのを見た。拾うほどではないのに、靴先で押せば動くかどうかだけ確かめたくなり、触れて、葉が半回転したところでやめた。こういう確認には、たいてい用事がない。

その横には、縁石の角に詰まった黒い砂があった。水の通った跡を目で追っているうち、砂の中に白い粒が混じっているのが見え、僕はそれを小石だと思った。近づいて見ると、舗装の欠片だった。見分けがつかないまま、指で取ることもせず、歩道の端を三歩ほど眺めていた。

向かいのガラスに、白い照り返しが四角く映っていた。30度を超える暑さで、立ち止まった首筋だけが先に汗ばんだ。明日は雨になる予報らしいが、今ここで考えると、水の筋まで予報の一部に見えてくるのでやめた。横断歩道へ向かいかけ、信号の手前で、さっき回った一歩分だけ歩幅を戻してしまった。縁石の角に靴が当たり、乾いた音がした。

森の縁で地面から浮いた枝を避ける場面

森の縁で、浮いた枝の向きを確かめた

またごうとして、僕は足を止めた。森の縁に出たところで、細い枝が地面から少し浮いている。折れて落ちたというより、下に何かを挟んだまま持ち上がったような形で、片方の端だけが土に触れていた。午前十時二十六分、晴れた八月の空気は湿っていて、動かないでいるとシャツの背中が暑い。

靴先で枝を押すと、思ったより軽く跳ねた。乾いている音ではなく、内側にまだ水分があるような鈍い音がしたので、僕はまたいで進むのをやめた。枝の下に足を入れたら、靴底が滑るかもしれない。そんなに大げさな話ではないのに、こういう場面では転ぶ可能性より、転んだあとに自分が何を見落としたか考えるのが嫌になる。

しゃがみ込む代わりに、立ったまま向きを確かめた。枝の細い先は草の中へ入り、太い側には薄い樹皮が一枚だけめくれている。僕は跨ぐなら太い側を先に越す、と決めかけたが、決め方が妙に細かくなってきたので、いったん横へ一歩ずれた。

そこには、枝の影で押しつぶされた草が短く並んでいた。誰かが通った跡に見えなくもないが、僕が知りたいのは由来ではなく、今の足場だけだった。先に別の場所へ足を置き、枝を靴の先で端へ寄せると、土の表面が少しだけ崩れた。

それで通れる幅ができた。僕は枝を踏まずに進んだが、数歩先で振り返ることはしなかった。振り返ると、また向きや端のことを考え始めそうだったので、草の間に見える明るい地面だけを見て歩いた。

朝のハイビスカス、「勇ましさ」の札を見ていた

札の端を押さえながら、ハイビスカスの鉢を少しだけ回した。朝の七時五分、ベランダには湿った空気が残っていて、葉の先に昨夜の水が一粒ついている。花は思ったより横を向いていて、正面から見るには僕の立つ場所を変えなければならなかった。

鉢の脇に立てた札には、赤い花の名前と一緒に「勇ましさ」と書かれていた。花言葉を見たくて置いたのに、僕が先に見ていたのは札の角の丸まりだった。雨に濡れたわけでもないのに、紙の表面が少し波打っている。そこを爪で押し戻してから、花のほうへ目を移した。

赤い花びらは五枚とも開いていたが、中央の細い部分だけが妙に頼りなく見えた。勇ましいという言葉から、もっと立ち上がった形を想像していたらしい。昨日の朝も同じ鉢を見たはずなのに、花の付け根に小さな傷があることには気づかなかった。僕は傷を見つけると、必要以上に何度も確認してしまう。

水を足そうとしてじょうろを持ったところで、鉢土の色がまだ濃いことに気づいた。底の受け皿をのぞき、残った水を捨てるか迷っているうちに、隣の葉が手の甲に触れた。少しくすぐったくて腕を引き、札が傾いていないかまた見た。文字の最後の一画だけが、朝の光で薄く見えていた。

お盆休みの朝、空いた電車の向かいで乗客同士が目を合わせる風景

座席の間隔が広い朝、向かいの人と目が合った

ドアが閉まってから、今日は座席の数を数えそうになった。午前六時四十八分の電車なのに、いつもなら立っている人の肩が並ぶ場所まで空いている。お盆休みの影響だろうと考えたが、考えるまでもなく車内の静けさが答えを出していた。

僕は端の席に座り、向かい側を見た。いつも同じ車両で見かける男性が、二つ先の席にいる。顔を知っているだけで、名前も勤め先も知らない。それでも、平日の朝に同じ駅から乗り、同じあたりで降りる人なので、今日は妙に欠席者の少ない集まりへ来たような気分になった。

車内が空いているせいで、その人の靴のつま先や、少し折れたシャツの襟まで見えた。普段なら誰かの背中に隠れている部分ばかり覚えてしまい、肝心の顔は後回しになった。僕が見すぎたのか、相手が先に見ていたのかは分からないが、そこで目が合った。

二人とも一度だけ視線を外し、すぐに戻した。声をかけるほどではないので、口元だけで苦笑いを交わした。たぶん同じように、いつもの混み方を期待して来たわけではない。僕は次の駅名が表示される窓の上ではなく、向かいの空いた席を見ながら、出勤用の表情に戻った。

夜の部屋でニュース画面に映る魚のシャボン玉スティック

110円の魚が、夜のニュース画面で泳いでいた

ニュースの一覧を指で流していたら、魚のマスコットつきシャボン玉スティックという文字で止まった。時刻は20時40分、窓の外はまだ暑さが残っていて、室温の表示は27度だった。事件や大きな話題を探していたわけではないのに、110円という数字と魚の顔の組み合わせだけが、画面の端で妙に目に残った。

記事には、平成の水族館グッズみたいでかわいい、という趣旨の紹介があった。僕の中の平成の水族館は、入口近くの売店に並んだ小さなキーホルダーや、少し厚い透明プラスチックの置き物でできている。魚の種類を覚えるより、値札の下で同じ向きを向いていた商品を眺めていた時間のほうを覚えている。シャボン玉なのに、遊び道具より先に売店の棚を思い出した。

画面を閉じる前に、商品写真の魚がどちらを向いているかを確認した。右向きだったので、僕が普段描く魚とは反対だった。別に絵を描く予定もないのに、向きだけ確かめてから、もう一度ニュース一覧へ戻った。110円なら試してみてもいいと思ったが、夜に買う理由を考え始めると、近所の店でその棚を探している自分まで浮かんできて、そこで指が止まった。

夜の窓辺で少し浮いた網戸の留め具

夜の窓辺で網戸の留め具が少し浮いていた

窓を閉めようとして、網戸の留め具だけが少し浮いているのに気づいた。指先で押せば戻りそうな高さなのに、先に窓の取っ手を持った手を離した。こういう小さい部品は、触る順番を間違えると別のところまでずれそうで、僕は必要以上に慎重になる。

部屋の中は冷房の風が弱く回っていて、窓の外から車の音が一台だけ通った。網戸を動かすと、留め具の金属が枠に当たって小さく鳴った。浮いている原因を探そうとして、ねじの頭を覗き込んだが、暗くてよく見えない。スマートフォンの明かりを向けるほどでもないと思い、指の腹で左右に揺すってみた。動く幅はほんの少しだった。

そのとき、窓枠の下に細いほこりの筋があるのが目に入り、留め具よりそちらを先に拭きたくなった。ティッシュを一枚折って端をなぞると、灰色の粉が筋に沿って集まった。網戸を閉め直し、浮いた留め具を押すと、今度は乾いた音がして枠に収まった。念のため一度だけ窓を開けかけたところで、手を止めた。

夕方の川の浅瀬にある砂の線

浅瀬の砂の線を、今日はまたがなかった

川から上がろうとして、片足を砂の上に出したところで止まった。浅瀬の水際に、細い線が一本だけ横に伸びていた。誰かが棒で引いたようにも見えるし、水が引くときに残した跡にも見える。線の手前には小さな丸い石が三つ並び、向こう側の砂は少しだけ湿っていた。

またいでしまえば何も起きない幅だったのに、僕は足を戻した。線を消すのが嫌だったわけではない。むしろ、靴底で踏んだらどのくらい崩れるのか確かめたくなった。その確認を始めると、帰るまでに砂の模様を全部試すことになりそうで、やめておいた。

川面では、浅い流れが石の横だけ白くなっていた。音もそこだけ少し高く、線より目立つはずなのに、僕は水の速さではなく、線の端がどこで途切れているかを見ていた。右端は草の影に入り、左端は水に触れてぼやけている。

立ち上がると、足の裏に砂が張りついていた。岸へ向かう途中、さっきの三つの石を一つずつ避けたが、最後の一つだけは避ける方向を決められず、少し横にずれて歩いた。

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