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思考と技術の記録。besoft Blog

開発・設計・運用・プロダクトづくりのなかで得た知見を、読みやすくまとめて共有します。

記事一覧

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午後の湿地で乾いた土と草の境目を見つめる水際の風景

湿地の水際で、足を置く場所を選んだ午後

湿地の水際で、足元を見た

草の間から出たところで、僕は足を止めた。湿地の水際は、道のように見える部分が続いているのに、土の色が少しずつ違っていた。乾いて白っぽい場所の隣に、靴底を受け止めそうで受け止めない暗い土がある。先に進むだけなら、どこでも踏めそうだった。

昨日の雨が残っているのか、水面に近い草は根元から寝ていた。水は濁ってはいないが、岸との境目がはっきりしない。僕は靴先を浮かせたまま、まず細い草の倒れ方を見た。踏まれた跡に見えるものもあったけれど、人のものか、ただ風で押されたものかは分からない。

乾いた土の隣で迷う

右足を置く候補を三つに絞った。白い土の上は固そうで、少し先の平らな草は沈みそうだった。その間にある細長い場所には、折れた茎が一本横たわっている。こういうとき僕は、進みやすさより、戻るときに見失わないかを先に考えてしまう。自分でも面倒な基準だと思う。

試しに靴の先だけを乾いた場所へ出し、体重は移さずに引いた。土は崩れなかったが、安心できるほどの確認でもない。湿地の縁では、固いところが広いとは限らないらしい。分かったようなことを考えた直後、僕は水面に浮いた小さな葉の向きを見ていた。足場とは関係がないのに、同じ方向へそろっているのが気になった。

そのあいだに、背中へ回った日差しでシャツが少し張りついた。午後の湿地は明るく、草の影が水際へ細く伸びている。遠くまで見渡せるせいで、目の前の十数センチだけを選ぶ自分が余計に細かく感じられた。けれど、広さを見て歩けるわけではない。

一歩だけ、土の上へ

折れた茎を避け、白っぽい土の中央へ足を置いた。靴底の下で小石が二つ動いたので、すぐには次の足を出さなかった。沈まないことを確かめるというより、動いた小石の位置を覚えようとしていた。覚えても仕方がないのに、そういう細部だけは残る。

水際から離れる方向には、草の間にもう少し乾いた帯が続いている。僕はそちらへ向きを変えたが、二歩目の前でまた止まった。先ほどより平らに見える場所の端が、薄く割れている。そこを避けるために足を横へずらし、折れた茎の先だけを靴で押さえないようにした。まだ進んだとは言いにくいところで、文章を閉じることにする。

午後の光を受ける赤いサルビアの鉢植え

サルビアの花言葉は、咲き方のばらつきから考えた

サルビアの花言葉を考えた午後

赤いサルビアの前で、僕は花の名前を確認するように、同じ列を二度見た。午後四時三十六分の光はまだ強く、花びらの赤が濃く見える。最初は、その色だけでサルビアの花言葉を決めてしまいそうになった。赤なら情熱、という短い連想がすぐ出てきたからだ。

けれど、手前の一輪は鮮やかな赤なのに、隣の花は少し黒みを含んでいた。茎の上のほうだけ咲いているものもあれば、下側の花を残したまま先端が細くなっているものもある。同じ株の中でここまで揃わないと、色を代表者にするのが急に雑な気がしてきた。

赤の濃さ以外に見えたもの

僕は花びらではなく、花の向きを見ていた。まっすぐ上を向く花の横で、ひとつだけ重さに負けたように斜めへ傾いている。葉には昨日の雨の名残らしい小さな土の粒があり、乾いた縁が少し丸まっていた。花言葉を調べるなら、こういう部分は邪魔になるのだろうが、僕にはこちらのほうが目から離れなかった。

以前、赤い花を見て「強そう」と書いたことがある。そのときも、花の強さを色に押しつけただけだった気がする。今回も同じことをしそうになり、スマートフォンを取り出す前に、咲いていないつぼみの数を数えた。数は途中で分からなくなり、三つ目あたりでやめた。

サルビアの花言葉には、燃えるような印象に近い言葉が並ぶことがあるらしい。そういう由来を一文だけ読んでから、また目の前の株へ戻った。赤い花が並んでいても、開く順番も傾きもばらばらで、ひとつの意味に押し込めるには少し細部が多い。

結局、僕の中のサルビアの花言葉は、濃い赤そのものではなく、赤いまま揃いきらずに咲いていることになった。そう書きかけて、鉢の端に落ちた花びらを拾うかどうか迷い、指を伸ばしかけたところで止めた。

午後の歩道に続く点字ブロックと継ぎ目の前で止まる靴

点字ブロックの継ぎ目で、靴先を止めた午後

歩道を進んでいた靴先が、点字ブロックの継ぎ目の手前で止まった。止めるつもりはなかったので、右足だけが少し前に出た格好になり、左足の置き場が妙に中途半端だった。昨日の雨が乾いた歩道には薄い汚れが残り、黄色いブロックの端にも細かな砂が寄っている。継ぎ目は大きくずれているわけではないのに、靴底から伝わる感触が一度途切れた。

僕はそのまままたげばよかったのだが、靴先を数センチ戻した。点字ブロックの上を歩いていたわけではない。横を通るつもりで、たまたま端に近づいただけだ。それでも、足を出す順番を決め直すまで動けなかった。こういうとき、僕は段差の高さより、段差を見たあとに自分がどちらへ避けるかを先に考えてしまう。

顔を上げると、少し先のブロックが建物の前で折れていた。曲がり角の部分だけ、直線の黄色が短く切れている。そこを目で追っていたら、横から自転車が通り過ぎ、僕は歩道の外側へ半歩寄った。自転車が去ったあとも、足はすぐ元の位置へ戻らず、靴のかかとが舗装の小さなざらつきを拾っていた。

継ぎ目を避けるなら、右へ寄るほうが簡単だった。けれど右側には植え込みの縁があり、左へ寄れば歩道の中央に近くなる。迷うほどのことではないのに、僕はブロックの幅を目で測るように見ていた。正確に測れるわけでもなく、黄色い四角が靴の横に何枚並ぶかを数えかけて、二枚目でやめた。

結局、靴先を少し左へ向けて継ぎ目を越えた。越えたあとに振り返ることはしなかったが、足裏には段差の形が残っていた。午後の明るさで路面はよく見えていたのに、見えているから歩きやすいとは限らないらしい、などと考えながら、次の角まで歩いたところで、今度はブロックの外側にある小さな砂の筋を避けた。

夏の朝の光を受けるサルスベリの咲き残った一房

サルスベリの花言葉を、咲き残った一房で考えた

サルスベリの枝を見上げたところで、咲き残った一房だけが目に入った。周りの花はもう少なく、葉の緑のほうが広く見える。その一房も、花びらが全部そろっているわけではなく、薄い紙を小さく丸めたような部分がいくつか残っているだけだった。朝の七時半は雲が切れたり戻ったりしていて、夜明け前の雨を含んだ葉がまだ乾ききっていない。僕は出かける支度の途中だったのに、靴を履く前の中途半端な姿勢で、しばらく枝の先を見ていた。

サルスベリの花言葉を思い浮かべると、最初に出てくるのは「雄弁」だった。花が長く咲くことから「愛嬌」や「不滅」と書かれているのも見たことがある。ただ、今日の一房に雄弁という言葉を置くのは少し大げさに感じた。盛んに咲いている時期なら、枝いっぱいの花に押されて何も考えなかったかもしれない。残った数輪だけを見ていると、言葉のほうが先に立って、花を隠してしまうようだった。

近くまで寄る代わりに、僕は首を少し傾けた。正面から見ると花房の隙間が目立つのに、横から見ると細い枝と葉の間にまだ色がある。花言葉を調べ直そうとして、画面を開きかけたが、候補を増やすだけになりそうでやめた。以前なら、いちばんきれいに聞こえる言葉を選んで記事の題にしていたと思う。今回は「雄弁」と書いてから、すぐに消した。花が話しているというより、僕が勝手に言わせようとしている感じがしたからだ。

それでも何も決めずに離れるのも落ち着かず、結局、メモには「サルスベリの花言葉、保留」とだけ書いた。保留という字が花の名前の横に並ぶと、記録というより買い物の忘れ物に近い。葉の先から水滴が一つ落ち、足元ではなく少し離れたところに当たった音を聞いた。僕はその音の場所を探してから、玄関のほうへ体を向けた。途中でまた花房を見ようとして、首だけが戻りかけたところで、靴ひもがほどけているのに気づいた。

雨の夜、窓辺に置かれたスマートフォンと外の暗い景色

離岸流のニュースを読んで、海に入る前の判断を考えた

ニュース欄で、離岸流に流されたときの対処を扱った記事を開いた。海の映像より先に、画面に出てきた「戻ろうとして泳ぎ続けない」という趣旨の言葉で指が止まった。短い説明なのに、僕はそこを二度読んだ。海へ行く予定があるわけでもないのに、泳げるかどうかより、やめる判断のほうが難しそうだと思った。

20時05分の東京は湿った空気で、窓の外では細い雨が続いている。記事を読みながら、夏の海を頭に浮かべたが、きれいな水面ではなく、沖へ向かう流れを見分けられずに立っている自分が出てきた。波が穏やかに見えたら、たぶん「少しくらい」と言って入ってしまう。そういう自分の軽さを、記事の文章に先回りされている気がした。

ライフセーバーが救助に向かう場面にも触れられていた。助けを呼ぶ人がいると分かっていても、そこへ任せるまでには声を出し、浮いて待つ必要がある。僕なら岸へ戻ろうとして、余計に体力を使いそうだ。泳ぎの練習をしていた頃も、苦しくなると水を強くかいてしまった。力を抜くという言葉だけ、妙に実行しにくい。

スマートフォンを伏せて、海水浴の予定がないことを確認した。確認してから、そんな確認をする必要はなかったと少し笑った。それでも、遊びに行った先で周りが水に入っていたら、自分も断りにくい場面はありそうだ。泳がないと決めるのは、臆病さを隠すことではなく、流れを見た人の指示を聞くことまで含めておきたい。雨音が途切れたので、記事の画面をもう一度だけ開いた。

夜の台所に置かれた半分のレモンと小皿に拾われた種

レモンの種を、流しへ流さなかった

レモンを半分に切って、流しの上で果汁を絞っていた。種がいくつか落ち、ひとつだけ排水口の縁で止まった。水を出せば、そのまま見えなくなる位置だったけれど、僕は蛇口をひねる前に指で拾った。濡れた種は思ったより滑りやすく、二度つまみ直した。

拾ったものをどこへ置くかで、少し手が止まった。まな板に戻すのも違う気がして、流しの脇にあった小さな皿へ入れた。皿には何も乗っていなかったので、種の白っぽい表面だけが妙にはっきり見えた。捨てるつもりのものに、置き場所を用意している自分が少しおかしい。

窓の外では、細い雨が続いている。台所の換気扇を回すと、雨の音はほとんど聞こえなくなり、代わりに皿へ種を落とした音が残った。レモンの種を植える予定はないし、育て方を調べる気もない。それでも水で押し流すより、いったん見える場所に置くほうを選んだ。

果汁のついたまな板を洗い、半分になったレモンはラップで包んだ。皿の種を見て、これは明日の自分が忘れそうだと思ったが、忘れても困らない。流しの水を止めると、皿の内側に小さな水滴がひとつだけ残っていた。

窓のレールの葉を、掃除機で吸う前に止まった

掃除機の先を窓のレールへ向けたところで、僕はスイッチを入れずに止まった。細い溝の端に、茶色くなった葉が一枚だけ入り込んでいる。外から飛んできたのか、窓を開けたときに室内へ落ちたのかは分からない。19時の空は曇っていて、ガラスの向こうがいつもより近く見えた。

その葉は乾いているようで、角だけ少し湿っていた。掃除機なら音を立ててすぐ消せるのに、吸い込まれたあと何も残らないと思うと、先を近づけるのが妙に雑な作業に感じられた。僕は一度、レールの奥行きを目で測るように見た。測ったところで数字は出ない。

掃除を始めた理由は、葉よりも溝にたまった細かな砂だった。そちらを吸うつもりで窓際へ来たのに、葉の周りだけ避けるのも変な話だと思う。けれど、吸う前に窓を少し動かしたらどうなるかを試し、数センチだけ横へ滑らせた。葉は動かず、代わりにレールの黒い汚れが伸びて見えた。

僕は掃除機の先を戻し、床に置いたまま、ティッシュを細く折って溝へ差し込んだ。葉をつまむほど深くは入らず、端が軽く触れただけで折れた。折れた部分を見ているうち、葉を残す理由も、取る理由も薄くなってきた。窓の外から湿った空気が入り、カーテンの裾が少し揺れた。

結局、折れた葉の片側だけをティッシュで拾い、残った小さな欠片に掃除機の先を近づけた。今度はスイッチを入れたが、音が思ったより大きく、僕はすぐに窓を閉めることにした。

夏の朝に咲くホウセンカと、まだ弾けずに残る実

ホウセンカの花言葉を、触れずに読んだ朝

花のすぐそばまで顔を寄せたのに、指は伸ばさなかった。ホウセンカの花言葉を調べようとして、画面を見たまま、葉の間にある細い実を避けるように立っていた。八月の朝はもう明るく、空気は湿っている。風はほとんどなく、葉の先に残った水気が落ちる気配もなかった。

ホウセンカの花言葉として、真っ先に出てきたのは「私に触れないで」だった。少し強い言い方に見えたので、検索結果を閉じてから、もう一度同じ言葉を読んだ。花ではなく、弾ける実の性質から来たものらしい。そこまで分かると、赤い花よりも、その下に隠れた実のほうへ目が移った。

実は細長く、葉の影に紛れていた。見つけたからといって、触って確かめる必要はないのに、僕は一度だけ、どれがいちばん弾けそうかを目で選ぼうとした。表面の張りも、熟しているかどうかも、遠くからでは判断できない。判断できないまま見ているのが、少し落ち着かなかった。

以前なら、花言葉を読んだあとに、花びらの色と意味を結びつけようとしていたと思う。赤なら情熱、白なら純粋、といった具合に、こちらで花を分類してしまう。けれど今日は、赤い花の横に薄い桃色があり、そのどちらにも同じ実が付いていることのほうが気になった。色で決める話ではないらしい。

葉をめくれば実が見えるかもしれない。そう考えて、実際に少し身をかがめたところでやめた。見えないものを見える位置まで動かすと、観察というより確認の作業になる気がしたからだ。僕は花の名前を覚えるために来たわけでもないのに、検索画面の綴りまで頭の中で確かめていた。

ホウセンカの花言葉を、花そのものへの感想として読むと、ずいぶん拒まれているように感じる。でも、今朝の僕は拒まれたというより、近づき方を指定されたようだった。実に触れない距離のまま、花の重なりと葉の隙間を見ている。駅へ向かう前なので、そろそろ画面を閉じることにした。

夜の台所に置かれた電子レンジと温めた皿

電子レンジの終了音が、台所に残っている間

電子レンジの終了音が鳴ったあとも、僕はすぐに台所へ行かなかった。夜の八月は窓を開けていても空気が重く、冷蔵庫の低い音に、さっきの電子音だけが細く重なって聞こえた。温めたものを忘れたわけではない。皿を出すだけなのに、音が消えるまでの数秒を確かめるように、椅子の横で立ったままになった。

台所へ向かう途中、床に落ちた米粒が目に入った。拾うほどではないと思いながら、電子レンジの前を通り過ぎてから戻り、つま先で避ける位置を変えた。こういうとき僕は用事よりも、用事の周りにある小さな乱れのほうを先に処理してしまう。米粒は指で拾わず、ティッシュの角に押しつけた。

ようやく扉を開けると、皿の縁だけが少し熱かった。中身を混ぜるために箸を入れ、中央がまだ冷たいかどうかを、必要以上に一度だけ確かめた。電子レンジの庫内灯が消えると、扉の黒い面に台所の明かりがぼんやり映った。そこに自分の顔が出ない角度を選んで、皿を手前へ引いた。

食べる場所へ戻る前に、床のティッシュを捨てようとして、ゴミ箱の蓋を足で押した。思ったより音が大きく、さっきの終了音の残りを自分で追い払ったような感じがした。窓の外から車の音が一度だけ入り、僕は皿を持ったまま、冷めないうちに戻るか、もう少し台所にいるかで迷った。結局、箸を置く向きだけ直してから歩いた。

戻ったあとも、電子レンジの終了音が聞こえた気がして、テレビの音量を上げる代わりに一度だけ振り返った。庫内の扉は閉じていて、床の米粒も見えない。箸の先が皿の端に触れ、僕は最初に何を温めたのかを思い出せないまま、ひと口目を口に運んだ。

夜の台所で開いた引き出しと計量スプーン、奥にたまった粉

計量スプーンの柄を戻す前、引き出しの粉を払った

計量スプーンを洗って、いつもの引き出しへ戻そうとした。柄をつまんだまま、奥の角に白っぽい粉が細くたまっているのが見えた。料理の途中なら見なかったことにする量なのに、もう片づけるだけのつもりだったので、そこだけ妙に目についた。

引き出しを全部抜くほどではないと思い、手前の道具を少しずつ横へ寄せた。小さな泡立て器の先が計量カップに当たり、金属の音が夜の台所で一度だけ響く。音を立てたことより、カップを先に戻すべきか、スプーンを先に置くべきかで迷っている自分のほうが面倒だった。

粉は固まっておらず、乾いた布を折った端でなぞると、引き出しの木目に沿ってまとまった。布を往復させると奥からもう少し出てきたので、最初に見えた分だけで終わらせなくてよかったと思う。とはいえ、掃除を始めた理由を大げさに考えるほどのことでもない。

寄せた道具を戻すとき、計量スプーンだけ置き場所の手前に残った。そこへ戻すと次に取りやすい気もしたが、普段の位置からずれるのが落ち着かず、結局いちばん奥の細い隙間へ柄を向けた。粉の付いた布は流しの脇に置いたまま、引き出しを閉めた。

水を止めたあと、布を捨てるか洗うかを決める前に、さっき鳴ったカップの音がまだ耳に残っていた。

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