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思考と技術の記録。besoft Blog

開発・設計・運用・プロダクトづくりのなかで得た知見を、読みやすくまとめて共有します。

記事一覧

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台風の雨の中で出勤前に交通情報を確認する朝の玄関

台風直撃の出勤で、交通情報を閉じられなかった

「台風が来る。しかも直撃」と聞いたとき、少しだけ期待した。学校が休みになる日のような、いつもの予定が急に消える感じを想像したからだ。けれど、窓の外では雨が続いているだけで、僕の出勤予定は消えていない。ワクワクは、思ったより早く普通の心配に戻った。

出かける前に交通情報を開くと、台風15号による新幹線や首都圏の鉄道への影響が案内されていた。空の便は平常通りらしい。平常という言葉を見て、台風の中心がどこにあるのかより、自分が乗る路線はどうなのかを先に探してしまう。大きな天気の話なのに、画面の中で僕が見ているのは細い一行だけだった。

雨は弱くなったり強くなったりして、玄関を出る判断も妙に細かくなる。傘を持つ、靴を選ぶ、駅まで行けるか考える。そのたびに、さっきまでの「直撃なら何か起きるかも」という気分が薄まっていった。危険がないとは思っていないのに、出勤する人の列に自分も混ざると考えると、台風は急に勤務表の端へ押し込まれる。

ニュースの更新をもう一度見て、僕は画面を閉じた。閉じたあとで、閉じるのが早かった気もして、また開いた。運行情報を確認したというより、出勤してよい理由を探していたのかもしれない。結局、傘を手にして玄関を出る。雨の音を聞きながら、ワクワクしていた自分のほうを少しだけ置いていく。

夜の雨の合間に家の音を聞き分ける部屋

家の音を、雨の途切れ目で聞き分けた

雨の音が少し細くなったので、僕はテレビを消した。窓を閉めたままでも、家の中には外の気配が薄く入り込んでくる。最初に聞こえたのは、ベランダのどこかで水が一滴ずつ落ちる音だった。続いて冷蔵庫の低い唸りが戻り、僕はその二つを聞き分けようとして、座ったまま首だけを傾けた。家の音を聞くために、こんな姿勢になる必要はないのに、戻すきっかけがなかった。

雨が強い間は、全部がひとつの音に混ざっていたらしい。今は壁の向こうではなく、窓の近く、床のほう、少し離れた電気製品のほうへ、音の場所がばらけている。僕は念のため冷蔵庫の扉を見た。閉まっている。確認したかったのは扉ではなく、音の正体のほうだったのだと思う。けれど見たあとで、確認の順番が逆だったような気がしてきた。

また雨脚が太くなり、ベランダの一滴はすぐに聞こえなくなった。今度は屋根か窓か分からない細かな連打が、部屋の奥まで続いている。僕はテレビのリモコンをテーブルの端から中央へ寄せた。音とは関係のない動作なのに、そこが少し斜めになっているのが急に目についた。寄せ終わると、冷蔵庫の唸りだけが妙に近く感じられた。

家の音は、雨が止んだときにだけ聞こえるものではなかった。大きな音の隙間で、僕が聞こうとしている間だけ輪郭を持つらしい。そんな言い方をすると大げさなので、ここではやめておく。窓の外でまた水がまとまって落ち、僕は冷蔵庫の音と取り違えないよう、しばらく何もせずにいた。

雨の降る薄暗い部屋でニュースを読む男性と小さな贈り物

初給料のプレゼントを、僕ならすぐ渡せない

雨の音を聞きながら、初給料のプレゼントが話題になったニュースを読んだ。高校生が働いて、自分で得たお金から母親へ何かを渡したらしい。何を選んだのかは記事の見出しだけでは全部分からないのに、「これ好きやろ!」という言葉だけが妙に残った。贈り物の中身より、相手の好みを知っているつもりで差し出す、その少し照れた感じが見える。

僕が初めて給料をもらったときは、使い道を決める前に財布の中で何度も金額を確かめていた。誰かに何かを買う発想はなかったと思う。自分で稼いだという実感が、紙幣の枚数にくっついているようで、減らすのが惜しかった。今でも必要のない買い物を前にすると、値札より先に残高を思い浮かべるので、あまり成長していない。

19時35分、窓の外は薄暗く、東京の細い雨がガラスを曇らせている。ニュースの投稿に寄せられた「これだけで子育て成功です」という反応を見て、僕は一度画面を閉じ、それからまた開いた。大げさな言い方だと思ったのに、閉じたあとに残ったのは、プレゼントを受け取った母親の表情を勝手に想像している自分だった。

初給料のプレゼントは、金額の話だけではない。働いて得たものを、最初に自分以外へ向けたという順番が、たぶん人の胸を動かす。僕なら照れ隠しに紙袋を机へ置いて、何も言わず離れる気がする。「これ好きやろ!」とは、なかなか言えない。

雨の午後、スマートフォンで救急車利用の啓発動画を再生する前の机

救急車利用の呼びかけを、再生ボタンの前で止めた

雨の音が少し強くなった午後、スマートフォンに流れてきた「こんな救急隊は嫌ですか?」という見出しで手が止まった。日置市消防本部が、緊急性のない救急車利用を考えてもらうため、人気曲に乗せた啓発動画を公開したという記事だった。救急車の話なのに、入口がずいぶん軽い。

僕は動画を見る前に、見出しをもう一度読んだ。「嫌ですか?」と聞かれると、こちらが救急隊を品定めする側になったようで、少し居心地が悪い。けれど、重い注意書きだけでは目を止めない人に届かせるなら、この変な引っかかりは役に立つのだろう。たぶん僕も、普通の啓発文なら読み飛ばしていた。

曲名を確認してから動画を開こうとして、先に音量を下げた。午後の雨に歌が混ざると、隣の部屋まで聞こえそうだったからだ。こういうところだけ妙に慎重で、肝心の動画はまだ再生していない。画面には消防本部の名前と、短い紹介文が出たままになっている。

救急車を呼ぶか迷う場面では、本人も周囲も切羽詰まっていて、正しい判断をすぐに出せるとは限らない。一方で、緊急ではない要請が重なると、本当に必要な人のもとへ向かう時間に影響する。その距離の話を、ふざけすぎず、説教くさくもせず伝えるのは難しい。

結局、僕は音量を一段だけ戻して、再生ボタンの上に指を置いた。曲に乗せた救急車利用の呼びかけがどんな調子なのか、そこだけは自分の耳で確かめたくなった。窓の外では雨が続き、再生前の小さな三角形だけが、画面の中央に残っている。

雨に濡れた傘を傘立ての奥へ入れた場面

濡れた傘を、傘立ての奥へ入れた

傘の先を傘立ての底に入れたところで、手を止めた。午後の細い雨に濡れた傘は、閉じたあとも布の端から水を落としている。傘立ての手前には浅い水たまりができていて、持ち手を離すと、その水が傘の先に触れそうだった。

僕は一度、傘を抜いた。水を切るなら外で少し振ったほうがいい気もしたけれど、もう戻ってきたあとで、入口の床をこれ以上濡らすのも嫌だった。結局、傘の先を傘立ての底に戻し、持ち手が隣の縁に当たらない向きへ回した。回した角度は、たぶんほとんど意味がない。

そのとき、傘の内側に残った雨粒が一本だけ筋になって流れた。拭くものを探すほどではないのに、目で追ってしまい、床へ落ちる前に傘の布を指で少し押さえた。指先が冷たくなったので、濡れた傘を持つときはいつも同じ場所を握っていることにも気づいた。

傘立ての奥は手前より暗く、そこへ入れると傘全体が見えにくくなった。それでも僕は、手前に置いたままだと誰かの通り道に近い気がして、もう一度だけ持ち直した。奥へ差し込むと先端が底に当たり、小さな音がした。僕はその音を確認してから、濡れた手をズボンで拭いた。

雨に濡れた川辺で動かされずに残る石

川辺の石が動かないことを、もう一度確かめた

川辺の石に指をかけたまま、僕はしばらく動かさずにいた。午後の細い雨で表面は濡れていて、触ったところだけが少し明るく見える。持ち上げようと思えば持ち上げられる大きさなのに、最初の力をどこから出すかで手が止まった。

石の下には細かな砂が入り込み、横から見ると片側だけが浅く沈んでいた。僕は一度、指を一本ずつ置き直した。こういう確認に意味があるのかは分からないけれど、いきなりつかむと、石ではなく自分の手の置き方を失敗したような気がする。

川の水は雨粒を受けて、石のすぐ先だけ細かく震えていた。流れに押されているわけではないのに、そこにあるものが動かない理由を考え始めると、足元の砂の粒まで見たくなる。僕は石の周りを半歩だけ回り、反対側の縁に親指を当てた。

そのとき、石の上に張りついた薄い葉の切れ端が目に入った。雨で重くなったのか、角だけが水面の方へ垂れている。葉を先に取るべきか迷い、結局、指先で端を押さえたまま石の重さをもう一度確かめた。

少し力を入れると、石は砂をこすって数ミリだけずれた。動いたことより、動かないと思っていた時間の方が長く残りそうで、僕はそこで手を離した。葉の切れ端を拾うかどうかだけ決められず、濡れた指を見ている。

雨の午後、紙袋と外された輪ゴムが置かれた机

紙袋の輪ゴムを、外す前に二度数えた

紙袋の輪ゴムを外そうとして、僕は指を止めた。持ち手の片側に黒い輪ゴムが二本、もう片側にも二本ある。見れば分かることなのに、いきなり引っぱると数え方を忘れそうで、左から一、二と声に出さずに追った。午後二時十四分、窓の外では細い雨が続いている。

一度数えたあと、紙袋を少し回して、同じ二本を別の二本として数えていないか確かめた。輪ゴムは重なっていて、下の一本の端だけが短く見える。そこを指先で持ち上げると、ゴムの戻る力で紙袋の口が小さく震えた。外すだけなのに、確認のほうが手間になっている。

僕はまず手前の一本を外した。残った三本を数えようとして、外した一本を机の脇へ置く。いや、置いた場所を覚えている必要はないと思いながら、輪になった黒い線が紙袋の茶色に妙に合っているのを見てしまった。袋の底には折り目があり、そこだけ少し白く擦れていた。

その折り目を見ていたら、紙袋をたたむ向きが気になり、口を平らにする前に左右の角を合わせた。輪ゴムはあと三本。今度は二度数えなかった。一本ずつ外すたび、紙の表面を爪で傷つけないように指の腹へ持ち替えた。雨の音が少し強くなり、僕は袋を開いたままにしていることを思い出した。

二本目はすぐ外れたが、三本目だけ持ち手の根元に食い込んでいた。引けば済むのに、そこだけ先に輪を広げ、紙を押さえてから抜いた。外した輪ゴムをまとめると三本に見え、最初に数えた四本との差が合わない気がした。机の脇を見ると、一本目がまだ丸いまま転がっていた。

雨の街で排水溝へ流れていく白いレシート

街の排水溝へ流れたレシートを、最後まで見なかった

雨の細い線が歩道を濡らしていた13時20分、僕は街の排水溝のそばで足を止めた。白いレシートが一枚、縁石からゆっくり滑り、黒い金属の格子へ向かっている。拾うほどでもない、と一度は通り過ぎかけたのに、紙の角だけが水面から何度も浮くので、結局その動きを目で追ってしまった。

レシートには細かな印字が並んでいたが、雨で端から灰色になり、何を買った紙なのかはもう分からない。僕は靴の先を少し横へ向け、排水溝の入口をふさがない位置に立った。手を伸ばす気はないのに、濡れた紙が格子のどの隙間へ入るかだけは確認したくなった。

一度、レシートが格子の手前で引っかかった。これなら取れるかもしれないと思ったが、次の水の流れで細長く折れ、隙間の下へ沈んだ。僕はしゃがまず、立ったまま少し身をかがめた。見えるのは白い裏側と、紙に張りついた小さな黒い砂だけだった。

その先まで見届けようとして、格子の奥を覗く姿勢になってから、僕は急にやめた。排水溝の中でレシートがどうなるかを知っても、拾えない紙が拾えないままになるだけだ。歩き出す前に、靴底についた水を二度こすった。

反った札のそばで朝に開く朝顔

朝顔の花言葉「愛情」を、反った札の角から読んだ朝

朝顔の札を立て直そうとして、指先が角で止まった。札は少し反っていて、土に近い側だけが戻りきらず、朝の明るさを受けても白い面がきれいに見えない。そこに「愛情」と書かれているのを読んで、僕は札を抜くより先に、反った角を親指で何度か押した。押せば平らになると思ったが、手を離すとまた少し浮く。

花はもう開いていた。青みのある花びらの奥に、細い白が残っている。札の言葉と花を一緒に見ようとすると、どうしても札の端へ目が戻る。肝心の花より、文字の下にできた影のほうを長く見ていた気がする。朝顔に愛情という花言葉があることは知っていたのに、今日はその意味より、札を雑に扱わなかったかが気になった。

角を押す力を少し弱め、今度は札の向きを変えた。正面を向けると、反りが目立つ。少し斜めにすると文字は読みにくくなるが、花の横に置かれたものとしては落ち着いて見える。僕は読みやすさを選ぶべきか迷い、結局、最初の向きに戻した。こういう判断だけは、朝から妙に時間がかかる。

遠くで車の音が一度して、空の明るさが少し変わった。雨はまだなく、湿った空気だけが葉の近くに残っている。札を完全にまっすぐにするのは諦めて、土へ戻すときに角が花の茎へ当たらないようにした。愛情という言葉は、そのまま読んだのに、最後まで札の角から離れなかった。

8月の朝、開きかけた赤いカンナの花と花言葉の札

カンナの花言葉「情熱」を、開く途中の花びらで考えた

開ききっていないカンナの前で、僕は足を止めた。花びらは赤く、先のほうだけがほどけていて、咲いていると言うには少し早い。札にあった「情熱」という花言葉を見てから、完成した姿より、この途中の形のほうを長く見ていた。朝の光は雲に薄められ、赤だけが妙にはっきりしていた。

カンナの花言葉は、もっと勢いのある開花に似合う言葉だと思っていた。けれど、実際に目の前にあるのは、花びらが一枚ずつ別の方向を向き、内側を隠したままの姿だった。僕は札の文字をもう一度読んだあと、花ではなく茎の付け根を見た。そこに小さな傷のような茶色い跡があったからだ。

傷が花の具合と関係あるのかは分からない。指で触る気にはならず、少し体を横へずらして、開きかけた隙間から奥をのぞいた。赤い花びらの重なりは、思ったより厚く見えた。情熱という言葉を当てはめるなら、燃えている感じより、まだ外へ出る場所を決めていない熱のほうが近いのかもしれない。

その考えを文章にできそうでできず、僕は札の端が少し反っていることばかり覚えている。花を撮るなら全開になってからのほうが親切なのだろうが、今日は途中のまま、どこまで開くのかを決めずに離れた。

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