
横断歩道の白線を、欠けたところだけ避けて渡った
白線の上に足を置きかけて、僕は一度だけ靴先を横へずらした。横断歩道の途中で、白く塗られた部分が小さく欠けていて、そこだけ黒いアスファルトが見えていた。避けなければならない理由はない。段差があるわけでも、何か落ちているわけでもない。それでも、見つけてしまったあとでは、その欠けたところを踏むのが少し雑な気がした。
昼の街は明るく、雲の少ない空から光が落ちていた。九月に入ったとはいえ、歩いていると腕に暑さがまとわりつく。風はほとんどなく、信号を渡るあいだもシャツの背中が乾かないままだった。僕は急いでいたわけではないのに、最初の数歩だけは信号が変わる前に渡り切る人のような歩幅になっていた。
白線は何本か続いていて、欠けた部分はそのうちの一つの端にあった。塗料が薄くなったというより、角だけが削れているように見える。近づいたときには、右足を置く場所を変えるほどでもないと考えたのに、足はもう左側へ寄っていた。通り過ぎてから振り返ることはしなかった。振り返ると、今度は欠け方を確かめるために立ち止まりそうだったからだ。
次の白線へ移るとき、靴底がアスファルトの細かなざらつきを拾った。白いところは見た目ほど滑らかではなく、表面に細いひびがいくつか走っている。僕はそこで、白線なら全部同じように踏めると思っていた自分の歩き方を、急に細かく見てしまった。足の向きも、間隔も、普段は記憶していない。なのに一度ずらした右足だけは、妙に覚えている。
道路の反対側へ着いてからも、欠けた場所の大きさを頭の中で測ろうとした。指二本分くらいだったか、もっと狭かったか、はっきりしない。実際に測るものでもないので、すぐに考えるのをやめた。こういうとき僕は、重要ではない部分だけ正確に覚えようとして、肝心の用事を忘れそうになる。今日はまだ忘れていないが、横断歩道を渡っただけで少し余計な手間を使った。
そのまま歩き出して、数歩進んだところで、さっきの歩幅に戻っていることに気づいた。白線のない舗装の上では、足をどこへ置くかを決める必要もない。けれど僕は一度だけ足元を見て、靴の先に小さな砂が付いているのを確認した。取るほどではないので、そのまま次の角まで歩いた。








