
麦茶ポットの取っ手を、夜に一度だけ回した
冷蔵庫から麦茶ポットを出そうとして、取っ手に指をかけたところで止まった。取っ手がいつもの手前ではなく、壁側を向いていた。ポット自体は棚の端に寄っているわけでもなく、ふたも浮いていない。飲み物を取るだけなのに、まず向きを直すか、そのまま持つかで少し迷った。指先だけが取っ手に触れた状態で、僕は一度冷蔵庫の中を見回した。
結局、いったん取っ手から指を離して、麦茶ポットの胴を横から見た。冷蔵庫の白い光で、表面についた水滴がいくつか見える。さっき誰かが飲んだ記憶はないし、僕が戻したのなら、なぜこの向きにしたのかも分からない。考えているうちに、ふたの小さな出っ張りまで確認していた。そこを見ても向きの理由は出てこなかった。
取っ手を手前へ回すと、棚に当たる感じはなかった。回転は軽く、音もほとんどしない。それでも一度で終わらせず、手前に来た取っ手を正面から見て、左右どちらかに傾いていないかを確かめた。こういう確認だけは、必要かどうかより、途中で止めたままにするほうが落ち着かない。回した直後の位置を、少し横からも見てしまった。
時刻は21時45分。窓の外は晴れているようで、開けていた窓から入る空気には九月の湿り気がある。冷蔵庫の前に立っている間、足元の床が少し冷たく感じられた。ポットを持ち上げる前に、今度はふたを上から押した。きちんとはまっていたので、そのままコップへ注ごうとして、また取っ手の位置を見た。手を伸ばす角度まで変える必要はないのに、僕は一度だけ持ち方を考え直した。








