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思考と技術の記録。besoft Blog

開発・設計・運用・プロダクトづくりのなかで得た知見を、読みやすくまとめて共有します。

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夜の冷蔵庫の棚に置かれた麦茶ポットと手前を向いた取っ手

麦茶ポットの取っ手を、夜に一度だけ回した

冷蔵庫から麦茶ポットを出そうとして、取っ手に指をかけたところで止まった。取っ手がいつもの手前ではなく、壁側を向いていた。ポット自体は棚の端に寄っているわけでもなく、ふたも浮いていない。飲み物を取るだけなのに、まず向きを直すか、そのまま持つかで少し迷った。指先だけが取っ手に触れた状態で、僕は一度冷蔵庫の中を見回した。

結局、いったん取っ手から指を離して、麦茶ポットの胴を横から見た。冷蔵庫の白い光で、表面についた水滴がいくつか見える。さっき誰かが飲んだ記憶はないし、僕が戻したのなら、なぜこの向きにしたのかも分からない。考えているうちに、ふたの小さな出っ張りまで確認していた。そこを見ても向きの理由は出てこなかった。

取っ手を手前へ回すと、棚に当たる感じはなかった。回転は軽く、音もほとんどしない。それでも一度で終わらせず、手前に来た取っ手を正面から見て、左右どちらかに傾いていないかを確かめた。こういう確認だけは、必要かどうかより、途中で止めたままにするほうが落ち着かない。回した直後の位置を、少し横からも見てしまった。

時刻は21時45分。窓の外は晴れているようで、開けていた窓から入る空気には九月の湿り気がある。冷蔵庫の前に立っている間、足元の床が少し冷たく感じられた。ポットを持ち上げる前に、今度はふたを上から押した。きちんとはまっていたので、そのままコップへ注ごうとして、また取っ手の位置を見た。手を伸ばす角度まで変える必要はないのに、僕は一度だけ持ち方を考え直した。

森林の道を横切る細い水の跡と乾いた土

森林の中で、足元の細い水の跡をまたいだ

足を出しかけて、いったん止めた。森林の道を歩いていると、土の上を細い水の跡が横切っていた。川と呼ぶほどではなく、雨が流れた筋にしては途中で薄くなっている。靴の先を少し横へ向ければ簡単にまたげる幅なのに、最初からそのつもりで来ていなかったせいか、足の置き場所を決めるまでに時間がかかった。足を止めたまま、靴の中の重心だけを左右に動かしていた。

今日は九月の昼で、13時10分の空は雲に覆われていた。森林の中は直射日光がないぶん歩きやすいが、湿った土の色だけはよく見える。水の跡は道の端から出て、中央へ向かって少し広がり、反対側では根のそばに消えていた。僕はしゃがまずに、立ったまま目を細めてその先を見た。どこから流れてきたのかは分からない。分からないままでも、踏むか避けるかは決められるはずだった。筋の幅を見ているうちに、端の土だけ少し崩れているのにも気づいた。

先に右足を出すと、靴底が跡の手前の乾いた土に触れた。そこでまた止まった。左足を続ければ越えられるのに、足先が水の筋へ寄りすぎているように見えたからだ。大げさな動きにならないように戻し、今度は少し斜めに踏み出した。土は思ったより固く、靴の裏に泥が付く感じもなかった。踏み出した足をすぐ引くこともできるように、膝を妙に曲げたまま一瞬だけ姿勢を保った。

またいだあと、振り返って幅を確認した。行き過ぎてから戻るほどのことではないけれど、僕はこういうときだけ、通り過ぎた場所の寸法を確かめたくなる。水の跡の脇には小さな葉が一枚伏せてあり、葉柄だけが土に引っかかっていた。そこを踏まなかったことに意味はないのに、見つけてしまうと、足を置く場所の候補から外した。葉の端には細かい土が付いていて、裏返すほどではないと思いながら、視線だけはしばらくそこに残った。

道の先にも同じような筋があるかと思って、数歩だけ進んでから地面を見た。見えたのは木の根と、乾いた小枝と、靴先が作った浅い跡だけだった。森林では上の枝や空の明るさに目が向きやすいが、そのときは足元から視線を上げられなかった。水がもう動いていないのか、ゆっくり動いているのかも判断できないまま、僕は歩幅を元に戻した。戻したつもりでも最初の一歩だけ少し狭くなり、次の一歩でようやくいつもの間隔になった。

しばらくしてから、さっきの場所をもう一度見るために首だけを後ろへ向けた。道は曲がっていて、水の跡は木の陰に隠れた。見えなくなったものを確認しようとしても、立っている場所からはもう無理だったので、前を向いた。次の一歩は、さっきより普通に出た。

曇った晩夏の駐輪場入口に立つ案内板

駐輪場の案内板を、通り過ぎてから戻した

案内板の角が、通り道に対して少しだけ横を向いていた。駐輪場の入口を抜けたところで見えたので、僕はそのまま二、三歩進んだ。戻るほどのことではないと思ったのに、靴の向きだけが先に止まって、結局、体も引き返した。歩き出したあとに戻ると、さっき見た角度が本当にずれていたのか、自分の見間違いだったのかも少し分からなくなる。

東京の晩夏らしく、午前の空は雲でふさがれている。暑さは残っているけれど、昨日のように日差しが直接当たらないぶん、舗装の照り返しは少なかった。駐輪場には自転車が並び、車輪の間から案内板の細い脚が見えている。近づくと、板は倒れているわけではなく、ただ正面を向いていなかった。上の縁だけを見ると立ち方はまっすぐで、面の向きだけが通り道から外れている。

僕は板の横に立ち、いったん手をかけた。思ったより軽く動いたので、勢いをつけないように手首だけで向きを変える。通りから見れば、入口の方を向いているほうが自然だ。ただ、正面がどこなのかは、案内板自身ではなく、周囲の自転車や歩く人の流れを見て決めるしかない。入口の真正面に立つと、板の文字を読む側の位置まで想像しすぎてしまい、余計に判断が鈍った。いったん手を離して、足の位置を変える。

いったん合わせたあと、僕は二歩下がって眺めた。下がる必要はなかった。けれど近すぎると、板の面と自分の視線が近くなりすぎて、向きのずれが分かりにくい。少し左へ寄り、今度は入口の縁から見た。さっきよりはましだったが、端がほんの少しだけ外を向いている。右から見たときには気づかなかった細い隙間が、左側からだと板と通路の間に残っていた。

もう一度、板の脇へ戻った。脚の根元を動かすのではなく、板の上端に触れて、ほんのわずかに押す。金属が短く鳴った。駐輪場の奥から別の音がしたようにも聞こえたが、そちらを確認するほどではなく、僕は案内板の面に映った曇った空だけを見ていた。押したあと、すぐ手を離すと戻りそうな気がして、離した指を一度だけ板の近くで止めた。もちろん板は動かなかった。

通り過ぎる前は、向きが違うというより、そこにあるものが少しずれている感じだった。直したあとも、正解の位置に置けた自信はない。それでも入口から見たときに、板の幅が片側だけ細くならなくなったので、僕は今度こそ歩き出した。駐輪場を出るところで振り返ると、確認するためにまた足を止めそうになったが、首だけを少し動かして済ませた。案内板の面は見えたものの、今度は入口の縁がまっすぐかどうかまで見始めてしまい、僕はそこを確かめる前に通りへ出た。

曇った朝のオシロイバナと足元に落ちた黒い種

オシロイバナの白い粉を、朝の指で確かめた

オシロイバナの黒い種を、指先でひとつ拾い上げた。朝の空は雲に覆われていて、昨日までの暑さが少し薄まったように見える。それでも湿った空気はまとわりつき、葉の表面には細かな水分が残っていた。花はもう役目を終えたように閉じているものが多く、開いているものを探すより、足元の種のほうが見つけやすかった。黒い色は葉の緑の間でよく目立つのに、拾った途端、手の中では急に小さく感じられた。

種の硬い殻を爪で押すと、思ったより簡単に割れた。力を入れすぎたつもりはなかったので、割れ目ができたあとも、爪先をそのまま止めてしまった。中から白い粉が出てきて、昔、名前の由来を聞いたときのことを思い出した。指に付いた粉は小麦粉ほどさらさらではなく、少しきめが細かい。親指と人差し指をこすり合わせてから、落とす前にもう一度見た。指紋の浅いところに入り込んでいて、払ったつもりでも白さが少し残る。植物の種をこんなふうに何度も確認する人は、たぶんそれほど多くない。

今日のオシロイバナに添えられていたのは、「臆病な愛」という言葉だった。夕方から夜にかけて花を開く性質を考えると、明るいところへ大きく出ていくより、誰にも見られない時間を選んで咲く感じはある。ただ、そんな説明を知ったあとでも、目の前の花が臆病なのかどうかは分からない。閉じた花びらを見て、僕が勝手にそう読んでいるだけかもしれない。朝に開いていないことを、花の性格のように扱うのも少し早い気がして、濃い色の端を見ながら言葉をいったん頭の隅へ戻した。

花の言葉は、花の性格を決めるものではなく、見た人が置いていく短い言葉に近いのだと思う。オシロイバナの「臆病な愛」も、少し遠慮がちな響きがあるから、曇った朝の自分には妙に合っていた。白い粉を指に残したまま、種を元の場所へ戻すかどうかで一度迷った。戻しても誰かが見つけるとは限らないし、戻さなくても困る人はいない。それでも、割れた殻と粉を離れた場所に置くのは違う気がして、落ちていたところの近くへそろえて置いた。殻の片方だけが少し傾いたので、指の腹で押して地面に沿わせたが、今度は押しすぎたようにも見えた。

そのあと、閉じた花を一輪だけ裏返さずに眺めた。花びらの端に濃い色が残っていて、朝に見えるのは咲いている姿だけではないらしい。茎の近くには細い傷のような線もあったが、それが傷なのか、もともとの模様なのかは分からなかった。指を払うと、白い粉が少しだけ残った。洗うほどではないと思い、親指の付け根を見ながら、もう一度だけ種の位置を確かめた。さっきそろえた殻の向きまで見直してから、指先についた白さを葉には付けないように手を少し開いた。

夕暮れの小さな台所で冷凍庫に戻された製氷皿

製氷皿を戻す向きだけ、二度確認した

冷凍庫の引き出しを閉めかけて、製氷皿の向きが一度だけ目に引っかかった。水を入れる側が手前だったか、氷を外すときに持つ縁が手前だったか、見れば分かりそうなのに、その場では決めきれない。僕は引き出しを少し開け直した。

時刻は19時25分。外はまだ明るさが残っていて、窓の向こうは晴れている。九月の暑さが台所にも残り、冷凍庫の冷気が腕に当たると、そちらへ顔まで向けてしまう。製氷皿は棚の右寄りにあり、細い取っ手のような部分だけが手前へ出ていた。

いったんそのまま押し込んだものの、閉まる直前にまた止めた。向きを逆にしても困ることはない。ただ、次に取り出す自分が少しだけ迷う。その一瞬を避けたいだけなのに、僕は皿を持ち上げ、前後を入れ替え、いったん手を離してからもう一度見た。

棚の奥には薄い霜が張り、引き出しのレールが短く鳴った。製氷皿の底に残った水滴が、斜めにした拍子に端へ寄る。こぼれるほどではないのに、こぼれない角度を選ぼうとして、手首を少し戻した。冷凍庫の中で、向き以外に変わったところはなかった。

結局、最初に入っていた向きへ戻した。自分で変えておいて自分で戻したので、確認した時間だけが増えている。引き出しを押すと、さっきよりわずかに重く感じた。閉じる音を聞いてからも、製氷皿の縁が棚にきちんと収まっているか、外から見えない部分をもう一度考えていた。

晴れた昼の東京の歩道と、駐車場の白線に届かない街路樹の影

街路樹の影が、駐車場の白線を一本だけ外れていた

駐車場へ入る前に、僕は歩道の端で一度足を止めた。街路樹の影が、舗装の上から白い駐車場の線へ伸びていて、線をまたぐ直前で細く切れていた。十二時二十五分の空はよく晴れ、影の輪郭だけがくっきりしている。車を探していたはずなのに、まずそこを見てしまった。

白線は少し擦れていて、ところどころ灰色の舗装が透けている。その上に影が重なれば、線が途中で消えたようにも見えるのだけれど、実際には影の先端が線の手前で止まっている。僕は自分の立つ位置を半歩ずらし、さっきとは違う角度から見た。すると枝の細い影が何本か線に触れていて、太い部分だけが届いていないことが分かった。

こういうものは、最初に見た印象のほうが強く残る。確認したあとでも、僕の目は白線の手前にある濃い境目へ戻った。街路樹の幹は駐車場の外側にあり、根元の周りだけ舗装が少し盛り上がっている。そこに落ちた小さな葉を避けながら、僕は区画の番号を探したが、影のことが頭に残っていて、二つ隣まで見てからようやく自分の車の位置を思い出した。

歩き出してからも、振り返るほどではないのに、数歩先で一度だけ足の向きをゆるめた。影と白線の境目はもう建物の陰に隠れかけていて、さっきの形を正確には見られなかった。僕は結局、駐車場へ曲がるところでまた線の位置を確認してから、車のほうへ進んだ。

渓谷の丸い岩のくぼみに乾いた葉が一枚乗っている風景

渓谷の岩に、乾いた葉が一枚だけ乗っていた

足を止めたのは、道の端に大きな岩があったからではなく、その上に乾いた葉が一枚だけ乗っていたからだった。渓谷の岩は水に削られて角が丸くなり、表面には細い筋がいくつも走っている。その筋のくぼみに、葉の細い柄が引っかかっていた。葉は完全に平らではなく、中央だけが少し浮いていて、端の一箇所が岩に触れている。周りには同じような葉が見当たらないので、僕が最初に見たときから一枚だけだったのかどうかは分からない。

九月の late morning は日差しが強く、立ち止まっているだけでも首のあたりが暑い。岩の表面にも白っぽい明るさが出ていて、細い筋の深さが見る角度で変わった。けれど岩のそばまで来ると、渓谷の下から上がってくる風が少しだけ温度を変えた。葉の端が持ち上がり、戻る。乾いた葉なので軽そうに見えるのに、飛んでいくほどではない。そのたびに僕は、拾ったほうがいいのか、そのままにしたほうがいいのかを考え直した。

こういうとき、僕は必要以上に手を出さないようにするくせがある。ゴミなら拾うけれど、この葉はそこにあっても困るものではない。誰かが置いたわけでもないし、置き直す理由もない。それなのに、柄が岩の筋に挟まっているのを見ると、次に風が来たら折れるのではないかと、余計な心配をしてしまう。折れたところで葉の行き先が変わるだけなのに、柄の細さを見ていると、その先の動きまで決めてしまいたくなった。

岩の横を流れる水は浅く、底の小石まで見えていた。水面の明るい部分だけを見ていると流れが速そうなのに、葉の影が映った場所では動きが少し分かりにくい。僕はしゃがまず、立ったまま首だけを傾けて何度か見た。右から見たときは葉が岩の上に置かれているようで、少し左へ体をずらすと、柄だけが引っかかっているのが分かる。近づけばもっとはっきりするのに、近づかないほうが葉の位置を変えずに済む気がした。

結局、僕は葉を拾わず、岩の脇を通って先へ進むことにした。ただ、二、三歩進んだところで、見落とした汚れでもあったような気がして振り返った。葉はまだ岩のくぼみにあり、端だけが風に押されていた。さっきより柄が浅く見えたので、もう一度しゃがむか迷ったけれど、手を伸ばすところまではいかなかった。靴の向きだけを水から遠ざけて、それから歩き出した。

朝の光の中で鉢に咲く赤いケイトウ

赤い鶏頭の、少し平らなところ

鉢の前にしゃがむ前に、僕は一度だけ立ったままケイトウを見た。赤い花の部分が思っていたより平らで、鶏のとさかという名前を知っていても、すぐにはその形に結びつかなかった。縁は細かく波打っているのに、全体は横へ広がっている。丸い花を想像していたせいか、目の置き場が少し決まらない。

今日は9月2日で、朝の7時20分。空は晴れていて、昨日までの夏の名残のような湿り気がまだ空気にある。ケイトウの葉には水滴がいくつか残っていたが、花の赤い面にはほとんど付いていなかった。僕は水をやる前に、葉の付け根を覗き込み、それから花の上側へ視線を戻した。順番として正しいのかは分からないけれど、いつも花を見るときだけ、先に葉を確認してしまう。

今日の花として紹介されるケイトウの花言葉には、「おしゃれ」や「気取り」、「風変わり」などがあるらしい。並べてみると、少し温度の違う言葉が同じ花のそばに置かれている感じがする。赤は目立つし、形も普通の花びらとは違う。けれど、鉢全体を見ると花だけが派手に浮いているわけではなく、茎は意外なほど細く、葉の緑も控えめだった。

僕は「おしゃれ」という言葉を考えながら、花の中央に近いところを見た。そこは均一な赤ではなく、細かな凹凸が重なって、少し暗く見える箇所がある。遠くからなら一枚の布のように見えるのに、近づくと表面がざらついている。以前、店先で見たケイトウも赤かった気がするが、花の形までは覚えていない。覚えているのは、値札の横から茎が一本だけ斜めに伸びていたことくらいだ。

花言葉を知ってから見ると、つい言葉に合う部分を探してしまう。「風変わり」は、この平らな形のことだろうか。それとも、赤い面が花らしく見えないことだろうか。決めようとして、僕はまた少し体を起こした。近すぎると凹凸ばかりが目に入り、離れるとただ赤い花になる。その中間くらいで見るのがよさそうだった。

水をやるため、鉢の土に指先を近づけた。表面は乾いているように見えたが、指を入れるのはやめて、鉢の縁を回る細いひびのほうを先に見てしまった。ひびは底まで続いているのか、途中で隠れているのか分からない。ケイトウとは関係のない確認をしているうちに、花の影が葉へ落ちているのに気づいた。

結局、水はいつも通りの量にして、赤い部分へかからないよう少し横へ流した。ケイトウの花言葉を覚えたかと聞かれたら、たぶん明日には曖昧になっている。それでも今朝は、「おしゃれ」という言葉を思い出すたび、あの平らで細かな表面が先に浮かんでくる。

夜の玄関で鍵置きの皿から少し外れて置かれた鍵

鍵置きの皿から、少しだけ外れていた夜

鍵を皿の中へ入れたつもりで、手を引いた。けれど、玄関の灯りを消す前に見ると、鍵の先だけが皿の縁から外へ出ていた。完全に落ちているわけではないので、そのままでも困らない。僕は一度、壁のスイッチへ向きかけた。

時刻は22時40分。外はもう暗く、窓を閉めた家の中には、帰ってきたときの靴底の音も残っていない。皿は小さく、鍵を横に置くと半分ほどが縁にかかる。今夜は置く向きが少し斜めだったらしい。手に取って確かめるほどのことではないのに、足だけが玄関に残った。

僕は鍵の輪になった部分をつまみ、いったん皿の中央へ移した。金属が陶器に当たって、乾いた音がした。その音が思ったより大きく聞こえたので、隣の靴の向きを見た。右の靴だけつま先が少し内側を向いている。直すならこちらも直せるが、今夜は鍵のことだけにしておいた。

皿の底には、鍵がいつも擦る細い跡がある。そこへ沿わせるように置くと、さっきより収まりがよくなった。僕はすぐに手を離さず、輪の部分が皿から浮いていないか、横から一度だけ見た。確認しているあいだ、玄関の灯りが足元だけを照らしていた。

スイッチを押す前に、もう一度鍵置きを見る。今度は中央にある。中央というほど広い皿でもないので、正確には、外へ出ていた先端が内側へ戻っただけだ。それでも最初の置き方を思い出そうとして、手を動かした順番まで考えた。帰宅して、鍵を抜いて、皿へ置いた。その間に何を見ていたのかは分からない。

灯りを消すと、鍵の形は見えなくなった。玄関を離れる途中で、皿に触れた音がしなかったことだけを覚えている。僕は廊下で一度立ち止まり、戻るほどではないと決めて、そのまま部屋へ入った。

夕暮れの台所でシンク脇に立てかけられた木のまな板

まな板を立てる向きを、夕暮れに一度変えた

まな板を洗い終えて、いつものようにシンク脇へ立てかけようとした。水を切るために少し斜めにしてから、厚い面を壁側へ向ける。そこまでは手が覚えている動きだったのに、置いたあとで端の一部が台に触れているのが見えた。ほんの少しだけ、立てる角度が足りなかったらしい。いったん離れた視線を戻して、端と台の隙間だけを見直した。

いったん手を離したものを、また持ち上げる。まな板の表面には包丁の跡が細く残っていて、洗った直後なので木の色が少し濃く見えた。向きを変えれば端が浮くかもしれないと思い、今度は横幅の短い側を下にした。倒れないことを確かめるため、指で押す代わりに目だけでしばらく見ていた。見ている間に、さっきより立っているように感じたが、感じただけなので、もう一度下端の位置を確認した。

窓の外はもう明るさが薄くなり、台所の白い壁にも昼間とは違う影が出ていた。湿気が残る時期なので、乾きやすい置き方を選んだつもりだったが、実際にどちらが早いのかは分からない。分からないままでも、最初の向きに戻す理由はなかった。水滴が一つ、まな板の下端から台へ落ちた。

布巾でそこだけ拭こうとして、先にまな板をまた倒さないよう肩を少し引いた。こういうとき、拭く動作まで慎重になる自分は面倒だと思う。けれど、まな板を持ち上げて置き直すほどではないので、端に残った水を布の角で押さえ、立てた向きはそのままにした。布巾を戻す前に、濡れた跡が広がっていないかだけ見て、それから手を引いた。

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