階段の踊り場で、ふと足を止めた。手すりのすぐ横に置かれた植木鉢に、苔がびっしりと生えている。薄曇りの夕暮れの光が、その表面を柔らかく撫でている。昨日まではこんなに濃い緑だっただろうか。
ふとした気づき
しゃがみ込んで間近で見る。苔の先端が少し枯れかけたものと、新しい芽のようなものとが混じっている。先週の霧雨が効いたのかもしれない。今日は雨は降らなかったが、湿度はまだ高い。植木鉢の土はしっとりと湿り気を帯びていた。
記憶のにおい
指先でそっと触れてみる。柔らかい感触が、なぜか昔の台所を思い出させる。母が育てていた小さな観葉植物の鉢にも、よく苔が生えていたっけ。水やりのたびに、ぷんと立ち上る土の香り。あの頃は気にも留めなかったのに、今になってこんなにも鮮やかに蘇るのは、何のせいだろう。
そのままにしておく
立ち上がって、もう一度だけ苔を見下ろす。抜いてしまおうかと思ったが、やめた。このままにしておくことにした。誰かが植えたわけでもないのに、ここで生きている。それだけで、十分に理由になる。階段を上がりかけて、もう一度振り返る。踊り場の影が、少し伸びていた。
