日が暮れかけた住宅街の道。昨日の雨の名残か、路面はところどころ湿っている。足を止めたのは、角の紫陽花が目に入ったからだ。
花の咲く場所
塀と舗道の隙間に、青と紫の塊がうずくまっている。夕闇が色を飲みかけて、花の輪郭がぼやける。近づいてしゃがみ込むと、花弁の縁に小さな水滴が並んでいるのが見えた。光の加減で、一つ一つがほのかに輝いている。葉も濡れていて、指先で触れたくなるのをこらえる。
指先の記憶
触らないまま、立ち上がる。何かを思い出そうとしたが、浮かばない。かわりに、この道を誰かと歩いたことがあったかもしれない、という考えがよぎる。具体的な顔も声も出てこないまま、ただ湿った空気が肌にまとわりつく。酔っぱらったような重さだ。
薄暮のなかで
そのまましばらく見ている。風がなく、空気は動かない。遠くで自転車のブレーキ音がして、消える。帰ろうと思うが、動き出せない。紫陽花の葉が、水滴をひとつ、地面に落とした。ぽつり、と小さな音がした気がした。
