森の中で蜘蛛の糸に息を止めて

朝の森の中で蜘蛛の糸に付いた水滴

森の中で蜘蛛の糸に息を止めて

杉の幹に手をついた。樹皮がざらりと掌に食い込む。湿った土の匂いが鼻の奥まで入ってくる。朝の森は音が少ない。遠くで鳥が一声鳴いて、また静かになった。

目の前に蜘蛛の糸が一本、枝から枝へ渡っている。糸には小さな水滴がいくつも連なっていた。息をすると糸が揺れそうで、呼吸が浅くなる。水滴は完璧な球体をしていて、その中に森の緑が逆さまに映っている。

樹皮に預けた重さ

手のひらに樹皮の跡がついた。赤くなった皮膚を見つめる。いつからこうして寄りかかっていたのか。肩に力が入っていたことに気づいて、ゆっくりと息を吐く。

蜘蛛の糸はまだそこにある。風もないのに、わずかに震えている。あなたにも見えるだろうか、この細い糸の震え。近づきすぎると自分の息で壊してしまいそうで、少し体を引く。

足元の落ち葉が湿っていて、靴の先が少し沈む。苔の生えた石が転がっている。触ってみると、思ったより冷たい。指先にその冷たさが残る。

水滴の中の世界

もう一度蜘蛛の糸を見る。水滴がひとつ、糸を伝って落ちそうになっている。落ちるか落ちないか、その境目でとどまっている。見ていると首が痛くなってきた。

森の中は薄暗いけれど、糸だけが妙に明るく見える。どこかから差し込む光を受けているのだろう。糸の向こうに、ぼんやりと別の木が見える。焦点を変えると、糸が消えて向こうの木がはっきりする。また糸に焦点を合わせる。この繰り返しをしていると、目の奥がじんとしてくる。

杉の幹から手を離した。掌に樹皮の模様が赤く残っている。それをじっと見つめてから、ゆっくりと森の奥へ歩き始めた。蜘蛛の糸は、まだあそこで震えているだろう。