油こし器の網目を見つめる
台所の窓から入る光が、昨日とは違う。雨雲のせいか、いつもより青みがかって見える。スマートフォンの画面には、94歳のおばあちゃんがアジフライを揚げる動画が映っている。
揚げ油の前で、私の手が止まった。
棚から出した油こし器の網目に、前回の揚げかすがひとつ、引っかかったまま残っている。指先でそれを取ろうとして、やめた。油こし器をそのまま流しに置く。
動画の中のおばあちゃんは、軽やかに衣をつけている。小麦粉、卵、パン粉。その手つきに迷いがない。私は自分の手のひらを見る。まだ何もついていない、ただの手。
揚げ油の温度
鍋に油を注ぐ。透明な液体が、鍋底でゆらゆらと形を変える。菜箸の先を入れてみる。まだ冷たい。
動画では、おばあちゃんが菜箸から立ち上る小さな泡を見ている。私も同じように箸先を見つめる。泡はまだ出ない。
冷蔵庫を開けて、アジを取り出す。スーパーで買ってきたまま、トレイに並んでいる。三枚おろしの切り口が、蛍光灯の下で鈍く光る。
窓の外で、雨粒がガラスを打つ音がする。規則正しくない、ばらばらなリズム。油の温度計を探すけれど、見つからない。引き出しを三つ開けて、諦める。
パン粉の感触
バットに小麦粉を広げる。白い粉が、少し舞い上がる。隣に卵を溶いた皿、その隣にパン粉。この並びだけは、動画と同じにできた。
アジに塩を振る。指先についた塩の粒を、エプロンで拭う。動画のおばあちゃんは、そんなことはしない。次の動作にもう移っている。
最初の一枚に小麦粉をまぶす。裏返すとき、身が少し崩れた。卵液にくぐらせる。黄色い液体が、魚の表面を覆っていく。パン粉の中に沈める。
指先にパン粉がまとわりつく。ざらざらとした感触。子供の頃、母の隣でこの感触を覚えた。あの時は、これが楽しかった。
今は、ただ指先が重い。
油の音が変わった。かすかに、しゅわしゅわと鳴っている。あなたなら、この音をどう表現する? 私には、小さな命が呼吸しているように聞こえた。
