手すりの冷たさ
地下街の階段を上りかけて、途中で足を止めた。右手が触れている手すりがひんやりと冷たい。金属の表面には細かい傷がいくつも走っていて、指先でなぞると微かな凹凸を感じる。
階段の上からも下からも人が来る。革靴の硬い音、スニーカーの柔らかい音。それぞれが違うリズムを刻みながら、私の横をすり抜けていく。立ち止まっているのは私だけだ。
肩にかけたカバンの重みが、じわじわと食い込んでくる。ストラップをずらして位置を変えても、すぐにまた同じ場所に戻ってしまう。
蛍光灯の下で
頭上の蛍光灯が、タイル張りの壁に青白い光を投げかけている。壁の一部が剥がれかけていて、下地のコンクリートが覗いている箇所がある。そこだけ妙に暗い。
階段を駆け上がる若い女性が、私の脇をすり抜ける瞬間、かすかにシャンプーの香りが漂った。もう一度深く息を吸い込んでみたが、もう何も残っていない。地下街特有の、こもった空気だけが鼻腔を満たす。
左足に体重をかけ直す。靴底とコンクリートの階段が擦れて、小さく音を立てた。
誰かの落とし物
視線を落とすと、階段の隅に小さな紙切れが落ちている。レシートのようだ。インクが滲んでいて、何が書かれているのかは読み取れない。つま先で軽く押してみると、紙はひらりと一段下へ落ちていった。
また誰かが上ってくる。今度は複数人だ。話し声が反響して、何を話しているのかは聞き取れない。笑い声だけがはっきりと届く。
手すりから手を離し、もう一度カバンの位置を直す。階段を上り始めようとして、また立ち止まる。まだ上る気になれない。かといって、下りる理由もない。
蛍光灯がかすかに点滅した。一瞬、影が揺れて、すぐに元に戻る。地下街のどこかから、改札の電子音が微かに聞こえてきた。
