金属の重さ
玄関の扉を閉めて、壁のスイッチに手を伸ばした。蛍光灯がチカチカと二度瞬いてから点く。靴箱の上に置いた鍵が、陶器の皿の中でカチャリと音を立てた。
右足のかかとを左足のつま先で押さえて、靴を脱ぐ。革が足から離れるときの、湿った音がする。靴下の裏が、ひんやりとした床に触れた。
靴べらは、いつもの場所にあった。傘立ての横、壁に立てかけてある。銀色の金属製で、持ち手の部分だけ黒い樹脂で覆われている。
手を伸ばして握ると、思ったより冷たかった。親指が樹脂の境目に触れる。ざらついた表面と、つるりとした金属の違いが、指の腹に伝わってくる。
床に落ちる音
脱いだ靴を揃えようと、しゃがみかけた。膝が曲がりきる前に、靴べらが手から滑った。
金属が床を打つ音が、玄関の狭い空間に響いた。カンと高い音がして、それから小さく転がる音が続く。靴べらは斜めに傾いたまま、靴箱の下の隙間で止まった。
肩の力が抜けた。そのまましゃがみ込んで、落ちた靴べらを見つめる。蛍光灯の光が、金属の表面で細く反射していた。
拾い上げようと手を伸ばしたが、途中でやめた。代わりに、脱いだままの靴に視線を移す。つま先が外を向いて、かかとの部分が少しつぶれている。中敷きの文字が、薄く擦れて読めなくなっていた。
立ち上がるまで
しゃがんだまま、壁に手をついた。ひんやりとした壁紙の感触が、手のひらに広がる。
靴べらは、まだ床に転がっている。拾わなければと思いながら、動けずにいる。玄関マットの端が、少しめくれ上がっているのが目に入った。
深く息を吸い込むと、外から持ち帰った空気の匂いがまだ髪や服に残っているのがわかる。鼻の奥で、夜の湿度を感じた。
ようやく靴べらを拾い上げる。今度は両手で包むように持った。金属の重さが、手のひらにしっかりと伝わってくる。元の場所に立てかけて、ゆっくりと立ち上がった。
