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思考と技術の記録。besoft Blog

開発・設計・運用・プロダクトづくりのなかで得た知見を、読みやすくまとめて共有します。

記事一覧

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薄暗いキッチンでコップの水を飲む手元

空腹の夜、検査を待つ

家の灯り

鍵を回す音が、いつもより大きく聞こえた。玄関の電灯をつけると、靴が一足だけ揃っている。今日は誰もいない。リビングの時計が夜の遅さを伝えているが、数字は見ない。

冷蔵庫の前で

習慣でキッチンへ向かい、冷蔵庫の取っ手に手をかける。そこで腕が止まった。中身を思い浮かべるまでもない。昨夜の残りの煮物。卵。ヨーグルト。どれも今夜は触れない。冷蔵庫のモーター音がやけに耳につく。手を引き、代わりに蛇口をひねる。水道水をグラスに一杯。喉を冷たい水が通っていく。空腹感が一瞬和らぐが、すぐにまた戻る。

横たわる時間

布団を敷く。枕に頭を乗せると、天井の染みが目に入る。場所も知っている染みだ。今夜は特に目でなぞってしまう。胃のあたりが軽く重い。食べていないのに重いのは変な話だ。明日のことを考えそうになるが、考えるとますます腹が減る気がする。目を閉じる。まぶたの裏に、今日見た曇り空が広がる。風呂にも入らずそのまま横になる。動かなければ、時間は過ぎる。知らないうちに眠れているかもしれない。そう願いながら、暗さに身を任せる。

夕暮れの住宅街に咲く紫陽花

紫陽花と暮れる道

日が暮れかけた住宅街の道。昨日の雨の名残か、路面はところどころ湿っている。足を止めたのは、角の紫陽花が目に入ったからだ。

花の咲く場所

塀と舗道の隙間に、青と紫の塊がうずくまっている。夕闇が色を飲みかけて、花の輪郭がぼやける。近づいてしゃがみ込むと、花弁の縁に小さな水滴が並んでいるのが見えた。光の加減で、一つ一つがほのかに輝いている。葉も濡れていて、指先で触れたくなるのをこらえる。

指先の記憶

触らないまま、立ち上がる。何かを思い出そうとしたが、浮かばない。かわりに、この道を誰かと歩いたことがあったかもしれない、という考えがよぎる。具体的な顔も声も出てこないまま、ただ湿った空気が肌にまとわりつく。酔っぱらったような重さだ。

薄暮のなかで

そのまましばらく見ている。風がなく、空気は動かない。遠くで自転車のブレーキ音がして、消える。帰ろうと思うが、動き出せない。紫陽花の葉が、水滴をひとつ、地面に落とした。ぽつり、と小さな音がした気がした。

階段の踊り場に置かれた植木鉢の苔

踊り場の苔

階段の踊り場で、ふと足を止めた。手すりのすぐ横に置かれた植木鉢に、苔がびっしりと生えている。薄曇りの夕暮れの光が、その表面を柔らかく撫でている。昨日まではこんなに濃い緑だっただろうか。

ふとした気づき

しゃがみ込んで間近で見る。苔の先端が少し枯れかけたものと、新しい芽のようなものとが混じっている。先週の霧雨が効いたのかもしれない。今日は雨は降らなかったが、湿度はまだ高い。植木鉢の土はしっとりと湿り気を帯びていた。

記憶のにおい

指先でそっと触れてみる。柔らかい感触が、なぜか昔の台所を思い出させる。母が育てていた小さな観葉植物の鉢にも、よく苔が生えていたっけ。水やりのたびに、ぷんと立ち上る土の香り。あの頃は気にも留めなかったのに、今になってこんなにも鮮やかに蘇るのは、何のせいだろう。

そのままにしておく

立ち上がって、もう一度だけ苔を見下ろす。抜いてしまおうかと思ったが、やめた。このままにしておくことにした。誰かが植えたわけでもないのに、ここで生きている。それだけで、十分に理由になる。階段を上がりかけて、もう一度振り返る。踊り場の影が、少し伸びていた。

ハンズ渋谷店の閉店告知を見つめる夕暮れの風景

ハンズ渋谷店の灯りを見ながら

夕方の渋谷は、まだ人の流れが途切れない。街路樹の緑が濃くなり始めたばかりの5月末、空は曇っている。湿度がやや高く、肌にまとわりつくような空気だ。

シャッターに貼られた紙

ハンズ渋谷店のシャッターは半分ほど下りていた。入口脇のガラスに、閉店のお知らせが貼ってある。11月で営業を終えるという。1978年から48年、と書かれている。自分が生まれるずっと前からここにあった店だ。

立ち止まってその紙を読む。中はまだ明かりがついていて、商品棚の影が覗く。何度かここで文房具やキッチン用品を買った。店の奥にあった工具売り場で、ネジを探してもらったこともある。

思い出の厚み

「あと何ヶ月か」。そう思うと、また来たい気持ちと、もう来ない気持ちが同時に浮かぶ。何かを買いに来る理由は、特にない。ただ、その場所がなくなるという事実が、胸のどこかに引っかかっている。

通り過ぎる人の足音が、舗道に響く。誰もこの張り紙を見ていないように見える。自分だけが立ち止まって、時間を止めているような感覚になる。

閉店まであと半年弱。その間に、もう一度くらいは足を運ぶかもしれない。それも、今日みたいな曇りの夕方に。

曇りの夕方、信号待ちの交差点から見上げた空。低い雲と街灯のシルエット。

信号待ちの空

信号の前で

横断歩道の手前で足を止めた。信号はまだ赤のまま、時計の針を気にするでもなく、何となくその場に立っている。靴の先に、アスファルトのひび割れが伸びている。昨日の雨はもう乾いて、路面は薄く曇ったように白っぽい。風はほとんどなく、湿度が肌にまとわりつく。

雲の切れ間

<pふと顔を上げると、空一面が同じような灰色の雲に覆われている。ところどころにわずかな切れ間があって、そこだけがほんの少し明るい。その明るさは夕方の光で、橙色というよりは、白っぽい黄に近い。切れ間の形は、ゆっくりと変わる。数秒見ていると、雲の端がぼやけて、光の帯が細くなる。それを見ているうちに、信号が変わったのかどうか、わからなくなった。

立ち尽くす理由

横断歩道の向こう側から、自転車のベルが短く鳴った。はっとして前を向く。信号は青になっていた。一歩踏み出しかけて、また止まる。別に急ぐ用事はない。もう一度だけ空を見上げる。雲はさっきよりやや厚くなった気がする。足を踏み出しながら、ポケットに手を入れた。ひやりとした指先の感触が、ようやく現実に戻してくれた。

夕方のバス停の屋根とアスファルトの水たまり

バス停の屋根のした

湿ったアスファルト

夕方のバス停は、思ったより人の気配が少ない。屋根の影がアスファルトにのびて、その境目をぼんやりと眺めていた。昨日の小雨が残した湿り気が、まだ路面にうっすらと息づいている。靴の先で、小さな水たまりをそっと押してみる。水の表面がぐにゃりと動いて、曇り空を映したまま、また静まる。ああ、あなたもこういうこと、やったことがあるかもしれない。子どもの頃から変わらない、意味のない仕草だ。

風と葉

風が吹くと、背後にある街路樹の葉がざわついた。音が先に届いて、それから冷えた空気が肌を撫でていく。湿度が高いせいか、風は重く感じられる。ふと顔を上げると、向かい側の商店のシャッターが半分ほど閉まりかけていた。夕方の時間が、ゆっくりと夜に向かって動いているのがわかる。

待つことの輪郭

バス停のベンチに腰掛けている人が、足元のバッグを整えている。その人の手の動きが、どこか疲れたようにゆっくりとしていた。私も同じように、気づけばため息をひとつ、押し出すようにして出していた。ふと見ると、ベンチの端に、小さな葉っぱが落ちている。どこから飛ばされてきたのか、形はきれいなままだった。手に取ってみる。表面はひんやりと湿っていて、指に土の匂いがうつった。空を見上げる。雲の切れ間から、わずかに青い色が見えていた。もうすぐ暗くなる。夜になると、また冷え込むかもしれない。

時刻表のガラス面に、拭き跡が幾重にも残っている。誰かの指のあとが、丸く広がっていた。それを見て、同じように指を伸ばしてみる。ガラスは冷たく、つるりとしている。遠くからエンジン音が近づいてくる。けれども、それは私の待つバスではなかった。音が通り過ぎていき、また静けさが戻る。バス停の屋根の下だけ、空気が沈んでいるようだった。

夕方の路地裏、電線に数羽の鳥が止まっている様子

路地裏の夕暮れ鳥

電線に残る影

路地裏に入ると、急に静かになる。表通りから少し曲がっただけなのに、車の音も人の声も遠くなる。電線が空を横切っていて、そこに何羽かの鳥が止まっていた。スズメだろうか。胸のあたりが白っぽいから、もしかすると違う種類かもしれない。

立ち止まって見上げる。鳥たちはほとんど動かない。ときどき首を傾げる程度で、羽をばたつかせることもない。薄曇りの空はまだ明るくて、電線の黒い線がくっきりと浮かんでいる。

ひと羽、またひと羽

しばらく見ていると、一羽が飛び立った。音もなく、すっと東の方へ消える。残りの鳥は気にした様子もない。だが、そのあとすぐにまた一羽が飛び立つ。次第に鳥の数が減っていく。最初は五羽いた。今は三羽。

何か合図でもしているのだろうか。順番に飛び立っていくのが、決められたことのように見えた。

空っぽの電線

最後の一羽が残った。小さな影が電線の上にぽつんとある。その鳥は辺りを見回すように首を動かして、やがて翼を広げた。羽ばたきの音がかすかに聞こえて、すぐに消えた。電線には何もいなくなった。何かを待っていたような気がする。それが何かはわからないけれど、代わりに、空っぽになった電線だけが薄暗い空に伸びている。

真っ黒なバナナの皮をむく手元

冷蔵庫の隅で

むく前

曇り空の昼下がり、何となく冷蔵庫を開ける。奥の野菜入れに、黒くなったバナナが一本横たわっていた。買ってから十日近く経つ。皮は黒く縮み、細かいしわが寄っている。触ると冷たく、弾力を失っている。なぜかそのまま閉める気になれず、取り出してまな板の上に置く。

窓の外の光は弱く、バナナの輪郭をぼんやりと浮かび上がらせる。指で皮をなぞると、ざらついた表面がかすかに指紋に引っかかる。時間が過ぎた証拠だ。

むいた後

包丁で先端を切り落とす。中の果肉は驚くほど白い。腐敗の兆候はなく、甘い匂いがほのかに立つ。親指を皮に差し込み、一気に剥く。黒い皮の内側は、まだ薄いクリーム色を保っていた。つるっとむけた果肉は、傷一つなく滑らかだ。

むき終えたバナナをしばらく見つめる。食べる気がしない。台所の窓の外は依然として曇ったままだ。ラップをかけて冷蔵庫に戻す。指先に残った感触の名残を、無意識になぞっていた。何かを待っているような、それとも諦めているような、中途半端な昼下がりだった。

曇りの午後、公園のベンチに座る人の手と低木の葉

ベンチに腰を下ろして

ベンチに腰を下ろして

曇りの午後、公園のベンチに腰を下ろした。先週末の霧雨がうそのように、地面は乾いている。ただ、空一面を曇りが覆っていて、影が薄い。日差しがないぶん、すべての色が均一に見える。

手すりに手を置く。鉄の冷たさはもうなくて、気温に馴染んだ温度になっている。指先で少し叩いてみる。かたい音が二度、響いた。その音が小さく消えるまで待ってから、手を離す。

視線の先にあるもの

目の前の低木の葉は、五月の緑としては落ち着いた色をしている。一枚、裏返った葉があって、白っぽい裏側が目に入る。風が通るたびに、その葉がゆっくり揺れる。あなたが同じ場所に立ったとしたら、この葉をどう見るだろうか。そんなことを考える。

遠くから、自転車のブレーキ音が聞こえる。一瞬、耳をそばだてるが、続かない。また静けさが戻る。かわりに、鳥の声が聞こえた。どこにいるのか見渡すが、見つからない。声だけが何度か繰り返される。

身体の重さと軽さ

体重を少し前にずらすと、ベンチの木の継ぎ目が腿に当たる。座面の位置を変えずに、もう一度体重を預ける。背もたれがないベンチだから、自然と背筋が伸びる。無意識にため息が漏れた。その息が、目の前の空気をほんの少し動かしたような気がする。

かばんの中のペットボトルを取り出して、一口だけ飲む。ぬるい。予想通りの温度に少しだけ笑ってしまった。蓋を閉めて、またかばんにしまう。手のひらに、ペットボトルの結露が少しついた。それをズボンの膝のあたりで拭く。

ベンチの座面は、日差しがないのに温かい。気温の高さがじわじわと伝わってくる。靴の先で、地面の砂を少し描いてみる。乾いた砂が、かすれた音を立てた。

このままもう少しだけ、ここにいようと思う。理由はないけれど、立ち上がるにはまだ早い気がする。空を見上げる。雲の切れ間はない。明日もまた曇りらしい。

曇り空の窓辺に置かれた水滴のついたコップ

昼下がりの静けさに

窓辺のコップ

陽の光が届かない分、部屋の中は落ち着いている。冷蔵庫から出したばかりの水を注いだガラスのコップが、手触りのいい汗をかいている。指先で表面をそっとなでると、水滴がいくつかつながって細い筋になった。

窓の外は一面の曇り。空の色は一様で、雲の形もぼんやりとしている。どこかに切れ間があるわけでもなく、かといって今にも雨が降りそうな重さもない。ただじっと、薄い灰色の膜が広がっている。

テーブルの上に肘をついて、目を落とす。コップの底に水滴がたまって、少しずつ輪を広げている。それを指で拭うと、紙ナプキンが湿ってしっとりと柔らかくなった。皆さんも、こういう昼下がりに、ふと手元を見ることがあるだろうか。気づけば何をするでもなく、同じ場所に座っている。

かすかな風

窓が少し開いているらしい。カーテンの裾が、ごくゆっくりと揺れては戻る。風といっても、空気の重さが変わっただけのような、かすかな動きだ。その動きに合わせて、室内の温度がほんのわずかに変わる。肌でそれを感じるたび、今ここにいるということが、やわらかく確かめられるような気がする。

コップの中の水は、もうぬるくなりかけている。一口含むと、温度のない液体が喉を通っていく。外の道からは、遠くで車が通る音がかすかに聞こえるだけだ。

立ち上がる気にもならず、もう少しだけ、このままでいようと思う。視界の端で、水滴がまたひとつ、コップの縁を伝って落ちた。

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