洗面台に落ちる小さな影
ドアを閉じて、静かな空気が洗面所に満ちる。灯りのスイッチを押すと、温かなオレンジ色の光がぼわりと広がり、白いタイルの壁と黒ずんだ蛇口の金属が鏡のなかで揺れた。手を伸ばすと、水を使い込んだ跡がくっきりと残った洗面台の縁に触れ、指の腹にひんやり伝わる。でもその冷たさは、今はほっとしたような柔らかさが混じっているのがわかる。
置かれた小物の顔つき
洗面台の隅には青白い陶器の歯ブラシ立てが、古びて少し欠けた口元を見せていた。数本のブラシは色褪せ、夜用の化粧水の瓶はツヤを落とし、手に馴染んだ感触が逆に安心感を呼び起こす。湿り気とともに硬貨数枚が無造作に置かれていて、小さな光を幾層にも反射させている。水滴らしき跡も乾かずに残って、使用の痕跡が周囲に息づいている。
手の動きが織りなす間
洗顔フォームのポンプに指先をかければ、軋む感触ひとつだけが暗がりに響き、ゆっくりと手の中で泡がふくらんだ。鏡に映る自分の手元を追っていた視線が、一瞬止まる。灯りの下で揺れる指の影は、まるで離れがたい宙のカケラを掴むかのように細く伸びて、壁にじっと形を留めていた。吐く息が白く歯の間から零れそうになるのに気付いて、そっと唇を閉じる。何度か重ねた同じ動作の繰り返しの中で、手のひらに宿る欠片だけが静かにうごいていた。
