耳かき棒の引き出しを閉めて

洗面台の引き出しに整然と並んだ綿棒と、その横に置かれた小さな容器

洗面台の前で手が止まる

洗面台の引き出しを開けると、白い綿棒が百本ほど、透明な容器に立っている。昼前の光が磨りガラスを通して入り込み、綿の先端がぼんやりと光る。

手を伸ばしかけて、止める。今朝読んだ記事の一節が頭をよぎる。綿棒も、耳かきも、全部だめだという。耳鼻科医が書いた文章だった。

容器の縁を指でなぞる。プラスチックのつるりとした感触。毎朝ここから一本抜き取る動作が、もう何年続いているだろう。

身体が覚えている儀式

洗面台の鏡に映る自分の耳を見る。右手が無意識に耳たぶに触れる。風呂上がりの水分を拭き取るあの感覚を、指先が探している。

綿棒を持たない朝は、何か大事な手順を飛ばしたような、落ち着かない気持ちになる。歯を磨いて、顔を洗って、そして耳を、という順番が身体に染みついている。

引き出しを閉めかけて、また開ける。綿棒たちは相変わらず整然と並んでいる。使われるのを待っているかのように。

小さな習慣の重み

洗面所の床に膝をつく。引き出しの奥に、使いかけの耳かきセットが転がっているのが見える。竹製の耳かきと、先端に白い綿毛がついた梵天。祖母の家にもこんなのがあった。

立ち上がると、腰のあたりがじんわりと重い。引き出しをゆっくりと押し込む。カチリと小さな音がして、綿棒たちは視界から消える。

鏡の前に立ち直す。耳の後ろを指でそっと押さえる。何もしないことが正解だというけれど、この手持ち無沙汰な感じは、しばらく続きそうだ。

洗面所を出る前に、もう一度引き出しを見る。開けない。ただ、取っ手に手を置いて、少しだけ力を込める。明日の朝も、きっとここで同じように迷うのだろう。