買い物袋から透明な袋を取り出すと、水色の棒が六本、きちんと並んでいる。シャトレーゼで見つけたアイスキャンディーだ。昭和レトロなパッケージという触れ込みだったけれど、この透明な袋の素朴さは、確かに何かを思い出させる。
台所の窓辺で
袋の端を探りながら、切り口を見つける。ビニールの感触が指先に馴染む。台所の窓から差し込む光が、袋の中の水色を透かして見せる。一本三十三円。そう聞いて、つい手が伸びた。
切り口から袋を開けると、かすかにソーダの香りがした。いや、香りというより、そういう気がしただけかもしれない。水色という色が呼び起こす記憶なのか。一本取り出して、持ち手の木の棒を指でつまむ。
溶けはじめる前に
冷凍庫から出して、もう何分経っただろう。表面にうっすらと水滴が浮いている。急がなくても大丈夫だと思いながら、でも少し急いでしまう。この慌てかたも、どこかで覚えがある。
包装を剥がすと、つるりとした表面が現れる。窓の外では、向かいの家の洗濯物が風に揺れている。初夏の昼下がり、部屋の中は少し暑い。エアコンをつけるほどでもない、この時期特有の温度。
最初のひと口
舌先に触れた瞬間、思ったより甘くない。ソーダ味というのは、こんなにあっさりしていただろうか。でも、この物足りなさも含めて、確かに知っている味だ。氷の粒が舌の上で溶けていく。
立ったまま、もう一口。今度は少し大きく齧る。歯に沁みる冷たさと、かすかな甘み。台所の床に、自分の影が短く落ちている。あと五本、冷凍庫で待っている。次は誰かと分けてもいい。そう思いながら、手の中の水色を見つめる。木の棒が、少しずつ湿ってきた。
