玄関から三歩
靴を脱いで、鍵を棚に置いて、そのまま廊下の電気をつけた。蛍光灯がジジッと小さく音を立てて、白い光が広がる。玄関から三歩入ったところで、なぜか足が止まった。
右手にはリビングへの扉、左手には洗面所。どちらも閉まっている。廊下の突き当たりには寝室があって、その手前に小さな物入れがある。毎日通る場所なのに、今夜はここで立ち止まってしまった。
壁にもたれる。冷たい。肩甲骨のあたりがぴったりと壁につく。頭も預けてみる。天井の照明が真上にあって、自分の影が足元に落ちている。短い影だ。
壁紙の継ぎ目
目の前の壁を見る。クリーム色の壁紙に、よく見ると細かい凹凸がある。左から右へ、規則的な模様が続いている。途中で継ぎ目があった。上から下まで、まっすぐな線。
手を伸ばして、その継ぎ目をなぞる。かすかな段差。爪の先でカリカリと音を立ててみる。小さな音が廊下に響いて、すぐに消えた。
腕を下ろす。また壁にもたれ直す。今度は右の肩から預ける。さっきとは違う場所が冷たい。シャツ越しに冷気が伝わってくる。
荷物を置いたまま
足元を見ると、玄関に置いてきたはずの鞄が見える。扉は開けっ放しだった。暗い玄関に、鞄だけがぽつんと置かれている。持ってくればよかったと思うけれど、取りに行く気にならない。
廊下の電気は、つけたままでいい。このまましばらく、ここに立っていてもいい。リビングに入れば、きっとテレビをつけて、何か飲み物を作って、いつもの夜が始まる。
でも今は、この廊下で、壁の冷たさを背中に感じながら、ただ立っている。蛍光灯がかすかに震えているのが、視界の端でわかる。もう一度、壁の継ぎ目を爪でなぞった。
