道具のせいかもしれない細切りキャベツの喜び

まな板の上にキャベツとキャベツ用ピーラーが置かれているキッチンの風景

細くふわりと切れるという贅沢

曇り空に包まれた朝、流しの前で手にしたあの小さな道具が、こんなにも日常のうるおいになるとは思わなかった。無印良品の「キャベツ用ピーラー」。軽く握ってキャベツにひとすべりすれば、自然と細く長い千切りが生まれてくる。手応えはまるで消えて、けれど確かに削り落としている感触だけが残った。

手が疲れない、だから続く

料理の時間は、そのときの気分や体調でずいぶん変わる。慣れ親しんだ包丁でも、疲れた日は最後まで続かない。そんなとき、このピーラーは違う。手にかかる力はほんのわずかで、キャベツの葉が切れ落ちる音は小さく、途切れがない。つい、もう少しもう少しと繰り返してしまう。

台所にこぼれ聞こえる小さな満足

シャキシャキとした千切りのキャベツは、食卓の脇役とは思えない。家にいる時間が長くなった最近、昼の簡単なサラダに重宝している。それに、形の整わない日々のなか、無造作に盛った白い皿の上の繊細な線が、何かをほんの少し癒してくれる。下ごしらえの味気なさから少し遠ざけてくれるようだ。

この道具を知って、たしかに千切りキャベツの出番が増えた。これはちょっとした贅沢なのかもしれない。ふと立ち止まって繊維の一つひとつに目を留められる時間が、いつのまにか増えていた。