木材の感触を辿る
広場の隅に置かれたベンチは、昨夜の雨の名残をたっぷりと含んでいた。腰を下ろすと、わずかに沈み込む木の感触とともに、湿った冷たさが衣服を通して伝わってくる。指先をゆっくりと表面に這わせると、表面の荒れた繊維がかすかに皮膚を捉える。深い焦げ茶色の塗装は剥げ落ち、その下から木肌そのものの色が顔を覗かせていた。時折吹く風が、額に張り付いた髪を揺らす。暗闇がゆっくりと街を塗りつぶし、人工の灯りが遠くで点滅を繰り返す。座面についた水滴の一つが、わずかに形を変えて木目に吸い込まれていく様子を凝視した。
時間の輪郭
このベンチに身を預けていると、周囲の雑踏がまるで水の中に沈んだように遠のいていく。誰かが通り過ぎる足音、低く響くエンジンの駆動音、それらすべてが輪郭を失い、断片的な音の粒子となって空中に漂う。左手の指先でベンチの縁の鋭角な部分をなぞる。昨日の出来事が頭の中で混濁し、言葉にならない重みとなって胸の奥に澱んでいた。けれど、この冷たい感触に集中している間だけは、その重苦しさが少しだけ薄まっていくように思える。空を見上げると、群青色の空が街の輪郭を曖昧に切り取っていた。
手元に漂う静寂
隣にある街灯が、唐突に青白い光を投げかける。ベンチの上の水滴がその光を反射し、銀色に輝き始めた。私はただ、その小さな光の粒が消えるのを見届ける。時計を見る必要はない。空の色と、指先から伝わる湿り気の感覚だけで、夜の帳が下りたことは十分に理解できる。立ち上がろうとして、重い腰に力を込める。ベンチに残した自分の体温が、数秒後には周囲の湿気に飲み込まれ、また冷たいだけの木片に戻ることを知っている。私は何も言わずに、暗くなった路地へと歩き出した。
