窓の外の霧雨と指先
お昼時の薄暗い室内で、窓ガラスに細かな雨粒が這うのを眺めている。梅雨の冷気と湿り気が、肌にまとわりつく。
机の上のスマートフォンが静かに光り、方言を巡る診断の画面を表示していた。
「ノートを使い切ったとき、『ノートが詰まった』と言いますか?」
画面に並ぶ問いかけを指でなぞるたび、スマートフォンのガラスが手の熱でわずかに曇る。
こうした質問に答えていくだけで、自分が生まれ育った場所が言い当てられるらしい。
画面をスクロールする指先は、どことなく湿っていて重い。
あなたにも、子供の頃に当たり前のように使っていたけれど、いつの間にか引き出しの奥にしまい込んでしまった言葉があるだろうか。
喉の奥でつぶやく言葉
いくつかの言葉を小さな声で実際に発音してみる。
口の中で転がした響きは、今のこの静かな部屋の空気にひどく不釣り合いで、少しだけ胸の奥がむず痒くなる。
今の言葉に慣れてしまった喉の奥が、かつてのイントネーションを思い出すように、かすかに震えた。
窓の外では、白い霧雨が音もなく街を濡らし続けている。
生まれ故郷の雨の日の匂いや、通学路の水たまりの深さが、ふっと脳裏をよぎる。
あの頃、自分にとっての世界はもっと狭く、そしてその狭い言葉だけで何もかもが足りていた。
引き出しの奥の温度
結果のボタンを押すと、画面には見慣れた故郷の県名が表示された。
当たっている。不思議と見透かされたような気恥ずかしさがあり、スマートフォンの画面を伏せた。
机の端に置いた冷たいお茶のグラスの表面に、水滴がゆっくりと滑り落ちていく。
言葉は、使わなくなっても消えてしまうわけではない。
ただ、心の奥の薄暗い場所に、当時の記憶とともに静かに眠っているだけだ。
指先に残るスマートフォンの温もりを感じながら、もう一度だけ、窓の外の白い雨に目をやった。
誰もいない昼下がりの部屋で、かつて呼んでいた雨の呼び名を、もう一度だけ口の中で小さく形にしてみる。
