岩の上の小さな住人
山道の途中で立ち止まり、そのまま岩場にしゃがみ込んだ。膝が地面につきそうになって、慌てて体勢を整える。湿った土の匂いが鼻をかすめた。
岩の表面を這う小さな虫を見つけた。黒い体が苔の緑の上を進んでいく。触角を左右に振りながら、何かを探しているようだった。指先がむずむずして、つい岩の端を撫でてしまう。ざらついた感触が指紋に残った。
虫は苔の隙間で立ち止まり、しばらくじっとしていた。それから急に向きを変えて、岩の裏側へ消えていった。追いかけようとして体を傾けたが、太ももの筋肉が張って、結局そのままの姿勢でいることにした。
苔の森を覗き込む
目の前の岩には、びっしりと苔が生えていた。よく見ると、一つ一つが小さな森のようだった。緑の中に、さらに濃い緑や黄緑が混じっている。水滴が苔の先端で震えていた。
息を吸うと、胸の奥で何かがつかえた。咳をしそうになって、口を手で覆う。苔の表面がかすかに揺れた。自分の息がかかったのかもしれない。
別の虫が苔の上を横切った。今度は羽のある小さなものだった。透明な羽が光を反射して、一瞬きらりと光る。すぐに見失ってしまったが、まだどこかにいるような気がして、目だけで岩の上を探した。
動かない時間
太ももが痺れ始めていた。でも、まだ立ち上がりたくなかった。岩の冷たさが、ズボンを通して伝わってくる。手のひらで別の岩を押さえると、湿り気がじわりと染みてきた。
頭上で風が通り過ぎる音がした。木々がざわめいて、光の加減が変わる。岩の上の影が動いた。自分の影も一緒に揺れているのが見えた。
ふと、昨日の朝のことを思い出した。洗面所で顔を洗ったとき、鏡に映った目が赤かった。今も同じ目をしているのだろうか。確かめる術はない。ただ、岩の上の虫たちを見つめ続けた。
もう一匹、違う種類の虫が現れた。足が長くて、体は小さい。岩から岩へと器用に渡っていく。その動きを目で追いながら、いつの間にか口が半開きになっていることに気づいた。唇が乾いていた。
