自転車のかごの花

自転車のかごに挿されたしおれかけた花

足が止まった

駅前の駐輪場を通りかかった。曇りの昼下がり、空気は少し湿っていて、肌にまとわりつく感じがする。空を見上げると、一面に灰色の雲が広がっている。太陽の位置はわからない。それでも、思ったより外は明るかった。自転車がずらりと並ぶ中で、一際目を引くものがある。かごの端に、一輪の花が挿してある。

誰が、なぜ置いたのか。考えてもわからない。けれど、その存在に誘われるように足が止まった。

しおれかけの花

近づいて見ると、花はかなりしおれていた。花びらの縁が内側に丸まり、茶色く変色している。元は紫色だったのか。中心の部分だけ、わずかに青みが残っていた。生きている証拠のように見える。茎の先は折れており、切り口が白っぽくなっていた。取れたてではないことがわかる。

自転車はごく普通のシティサイクル。ハンドルは黒く、サドルの革にはひび割れがある。少し黒ずんでいて、長く使われている様子だ。タイヤの空気は少し抜けているようだ。前の所有者の暮らしが想像できるような、そうでもないような。

風の通り道

ふと、風が吹いた。断続的に吹く風に、花がかごの金網に触れてかすかに動く。音はしない。ただ、その動きだけが視界の端で繰り返される。

駐輪場の奥には古びたブロック塀がある。ところどころに苔が生え、湿った匂いが混じっている。私はそこに立ったまま、花を見続けていた。何かを待っているわけではない。ただ、この花が誰かの手によってここに置かれたという事実が、なぜか頭から離れなかった。

やがて、後ろから自転車のベルが聞こえた。振り返ると、スーツを着た男がすれ違いざまに軽く会釈をした。私も会釈を返し、歩き出した。振り返りはしなかったが、あの花がまだ風に揺れているのだろうと思った。私はそのずっと前から、どこかでこの花を見たような気がした。いや、初めて見るはずだ。